十一.心確かなるを選びて(8)
「あの、確認させてもらってもいいっすか? 状況を整理させてもらっても?」
ノエルは努めて平静を装って尋ねる。俺の見かけをしたミヨと、ミヨの見かけをした俺は、アイコンタクトを取る。じゃあ俺が。
「今のところなんだが、まず俺はミヨの体をしているけど、記憶も人格も相田周太郎だ」
俺はミヨの声で言う。美月はちなみにまだ何も理解できていない。
「私はシュータの体だけど確実に蘭実代よ」
想像しにくいだろうが、ミヨは俺の声で言った。ノエルは溜息を吐く。こっちが吐きたい。
「いつから入れ替わったんですか?」
「絶対にぶつかったときだ。目を開けたら自分がコイツだった」
俺は、俺の見た目のミヨを指差した。表記が面倒だな。悪いが、次からミヨが中身の方は「ミヨ(男)」ってことにさせてくれ。
「もしかして、これはいつもの事件ってことっすか?」
だろうね。じゃなけりゃ、ぶつかって入れ替わるなんてことは起きようもない。
「あのー。皆さんさっきから何をしていらっしゃるのです? 中身が入れ替わったとか、そういう即興のお芝居をする風習がこの時代の日本にはあるのですか? すみません。私はここの風習には疎いので上手くリアクションをとれず……」
美月は全然わかってないみたいだな。とりあえずさ、伊部を呼んでくれ。あのいけ好かない、未来人科学者をさ。
「みよりんさんの口調、とてもシュータさんに似ていますよ。素敵です」
いいから呼んで。美月は俺たちが立って集まる円の中心に、五センチ四方の小さいスクリーンを浮かべた。
「あの、伊部くん。お願いだから何とかして!」とミヨ(男)。
伊部はワッフルを食べていたが、コーヒーを飲んで話し出した。暢気なヤローだ。
『あのさ、呼んでもらって悪いんだけど、俺も何がなんだか把握できない』
いや、いきなりそんな投げやりにされてもな。ピンチなんだぞ。
『二人が入れ替わったのが事実だってことはわかった。さっきからの行動や思考パターン、口調を分析にかけてみたんだが、二人はぶつかった後に全てが置き換わっている』
やっぱり。ぶつかった後に俺とミヨは身体を交換しちまったんだ。
「へえ。お二人とも、物まねがお上手なんですね」
美月は何も理解していない。伊部、まずは美月に教示してくれ。
『あのな、ルナ。これはいつもの事件だ。今回は、シュータとみよりんの人格が交換された。理屈も理由もわからないって感じだ』
美月は呆然と伊部の言葉を聞いていた。そして「……」と大人しくしている。結構冷静じゃないか。頼もしくなったものだ——んなワケないよな。
「えええ! 大変じゃないですか⁉ どうするんですか? どうしたら戻るんですか? 誰の仕業ですか? いつまでこのままなんですか?」
今更驚きすぎだ。だけど本当に伊部の力を借りないとマズい。
「理屈がわからないってのは、どういう意味なんだ?」
俺は半ば諦めている伊部に訊いた。伊部にとっては他人事かもしれないけど、体を入れ替えられてしまった本人にとってみれば、人生最大の一大事だ。ミヨ(男)も暑さなんか忘れてかなり焦っている。
『理屈がわからないのは当然だ。君たちは何が入れ替わった? 中身の人格だろ? つまり物質として無いものが入れ替わってる。臓器が入れ替わったなら対処のしようがあるが、無いものを元に戻せと言われてもできないんだ』
なるほど。別に脳みそを取り換えっこしたわけでもないようだ。じゃあ、どうやったんだろう。
「伊部くんは頑張るにも何を頑張ればいいかわからないってことなのね」
ミヨ(男)は尋ねる。伊部は渋い顔で頷く。
『うん。せめて原因や入れ替える方法がわかれば、糸口は見つかるだろうが……』
未来の科学力をもってしてもお手上げか。美月の顔を窺うが、あたふたするだけで何も妙案や隠し事があるようには見えない。
「ちょっと待って。じゃあ私は一生シュータの見た目なの? イナゴの佃煮を食べるくらい嫌よ!」
そんなに嫌がられると傷付く。俺もミヨの体でいたいとは微塵も思わないが。
「ねえ、誰か名案をちょうだいよ。私このままじゃ無理い」とミヨ(男)
あのさ、俺の声でそんな科白吐くな。むずがゆいだろ。
「いや、そんなに難しく考えなくていいんじゃないっすか?」
助け舟をさっと出したのはノエルだった。ヘラヘラしている。夏でプールだが、緊張感は持て。
「時間を『遡れ』ばいいんです。みよりん先輩とシュータ先輩がぶつかる以前に。そしたら事件を避けることが可能です」
ノエルは余裕綽々に言う。まあ確かにな。ずいぶん簡単な話じゃねえか。美月の持つ、ある意味チートの時間を巻き戻す技術。これを使えばいつでも何でも万事解決。
いやあ、未来人って本当に便利だ。今回は夏休み中の事件だから、ちょっと難易度低めに調整してくれたのかな? ありがとう、神様。
「じゃあ、美月。『遡ろう』ぜ」
「はい。良かったですね。解決して」——瞬き。




