十一.心確かなるを選びて(7)
「私はチュロス」
「あ、俺はホットドッグで」
昼食のためにレストランに行くのだが、その前にミヨが売店で軽食を買いたいと言い出した。つくづく単独行動の好きなやつだ。ちなみに俺までがウナギ文でホットドッグを頼んだのは、何となく食欲がそそられたからだ。こういう所だと何でも美味そうに見えるよな。
「お金は私が払うわ。さっきはごめん」
ミヨが俺の顔を見ずに言った。なぜいきなり優しくするんだ。ツンデレ狙ってんのか? 古いぜ。だっせ。
「耳障りね! 私のお財布はシュータのもの。シュータのお財布は私のものなの!」
そんな理屈がまかり通るなら、国庫だって俺のお財布にならないものかね。
「でも今はキャッシュ持ってないから、アンタが肩代わりして」
なんだこいつ。仕方なく上着のポケットから小銭入れを取り出し、小銭を女性店員に手渡す。すぐに所望していた食べ物が出て来る。俺の前にチュロス。ミヨの前にホットドッグが差し出された。
反対だ。だけど、わざわざ手を交差させて受け取る必要も無いよな。俺がちょっと躊躇しながら手を伸ばすと、店員も気が付いたみたいだ。
「あっ、すみません。今入れ替えますねー」
そう言って、二つの商品の位置を入れ替えてくれた。俺たちは礼を言い、受け取る。ミヨは女性店員に背を向けるとすぐにかぶり付いた。
「うんまいわ。おいしー」
そりゃ良かったね。俺はちょいとホットドッグにセルフでケチャップやマスタードをかけないといけないんだ。ミヨに遅れて行くと、日陰に集まる美月たちと合流する直前だった。ミヨは立ったまま見返り美人図の恰好を取る。
「遅いわよー」
「ちょっと待て。今行く」
俺は駆けて行く。ホットドッグを早く食いたいぜ。
と思ったのだが——
まあいつも通り。
何も起きないわけないよな。
「……ちょっと、待てよ。ちょ、ちょっと待て!」
あれ、走りをやめようとしてるのに止まらない。全然止まらん。足が動いたまま、ミヨに向かって突き進んで行く。ミヨも三メートル以内に入ったのにスピードを緩めない俺を見て、目ん玉を丸くし、顔を引きつらせた。
「な、いやっ」
「うわ、スマン!」
俺はそのままミヨに激突した。ゴチーンと頭同士がぶつかる。頭蓋骨がかち割れる音がした。それとともに激痛が走り、尻もちを盛大についた。食べ物は紙袋を下にして置いた。
「シュータさん、みよりんさん!」
「先輩、大丈夫っすか⁉」
すぐさま美月とノエルが近付いて来る。遠くで冨田や片瀬の笑い声も聞こえる。
「みよりんさん!」
美月は俺の上半身を抱え起こして揺らした。駄目だ。視界に火花が散って上手く再起できない。
「ええと、こういうときは、どうしたら良いのでしたっけ? 人工呼吸? ああ、どうしましょう」
美月は軽くパニックになっていた。ノエルは冷静で、
「先輩、健康状態のチェックお願いします」
「あ、そうですよね」
美月は俺の顔をまじまじ見てきた。美月は視界にデジタル画面が見えていて、それを使ってメモや投薬もできるらしいのだが、健康検査もできるようだ。
「脳に異常は無いようですが、頭に腫れが確認できます」
げ。たんこぶができたのか。美月は俺の前髪を持ち上げて頭を触った。近くてドキドキする。
「早く治癒できるように努力しますから、少しの間、我慢してくださいね」
美月はそう言った。こんなナースがいたらいいのに(仮定法過去で)。
「いや、俺は平気だから。ミヨを診てやってくれ」
ノエルも美月もキョトンとした。
「ふふ、みよりんさん。お上手です」
美月に微笑まれた。ミヨの何が上手だったんだ? ぶつかり方? それをなぜ俺に言うんだ?
「ともかく、シュータ先輩を」
ノエルが支えているのは、目を瞑ったミヨ——じゃなかった。
「はい、シュータさん。お待ちを」
美月はそっちに行く。待て待て。俺が見る限りそれは偽物の俺だ。ノエルの元にはどこからどう見ても俺の姿をしたヤツがいる。
「おい、それは俺じゃない! シュータはこっちだ!」
すると、美月とノエルはまたしても不思議な顔をした。
「んん。何よ、うっさいわね」
言葉だけを見たらミヨの科白だろう? でもこれは偽物の俺が言った科白だった。
「あれ、私、確かシュータに当たられて……。そうよ、シュータ絶対許さないんだから」
そう言うのは、やはり偽物の俺。何言ってんだ、お前。
「って、あれ? なんで私がいるのよ」
偽物は驚いていた。そこでノエルの表情が凍り付いた。
「え、嘘でしょ。やだやだやだやだ!」
偽物は立ち上がると、顔を触り、腕を見て、胸や腹を確認し、海パンの中を覗いた。
「きゃあああああああああああああああああああああああ!」
おい、偽物。俺の体で変な声出すな。周りに見られてるだろ。頭打っておかしくなったのか?
「どうして私がシュータの体なのよ! 私の体、返しなさいよ!」
偽物は俺の体を前後に揺さぶる。ノエルは頭を抱え、美月は困惑して止めに入った。
「ちょっとシュータさん。お怪我をしているみよりんさんにそんなことしちゃいけません」
俺もなんとなーく思うところが出て来た。くっ付いて来る偽物を美月に任せ、立ち上がって自分の身体を見る。
なんだこの布地面積の少ない水着は? 頭を触ると、長い髪が後頭部で邪魔にならないよう結ばれていて、頭皮がピンと張っている。胸を見ると、いつもよりずっと膨らんでいる。黒のビキニで支えられているが、重力が前より一・五倍だった。そしてしなやかなくびれ。さらに下の水着の中には、当然あってしかるべきものが無いような感覚がする。周囲を見渡してみるが、目線が十センチほど低い。
「おい、誰か。鏡をくれ」
俺の声を聞いたノエルが、スマホを差し出す。カメラ画面で自分を覗く。そこに映っていたのは、紛れもなく蘭実代、その人だった。
「なんで俺の見た目が、ミヨになってるんだよ!」
そういうことらしい。つまり、俺とミヨは……
「ねえ、シュータなの? 私の体を使ってるのは」
「ああ、そうみたいだな。お前、ミヨだろ?」
俺の偽物の正体はミヨだった。ってことは、とどのつまり俺たちは、
『入れ替わってる⁉』
はい、中身が入れ替わったヤツらの定番の決まり文句。マジか。本当にマジか。




