十一.心確かなるを選びて(6)
「なんで俺なんだよ!」
地上数メートルの高さにあるウォータースライダーの出発点。俺はミヨに怒鳴っていた。
「だって誰もお供に来なかったのよ。仕方ないじゃない」
「それはお前が桃太郎よりも人望が無いリーダーなのが悪いんだ。俺だって来たかったわけじゃない。誰も行かないから、しゃあなしにだ」
ミヨは誰かと一緒にウォータースライダーを滑りたいと言ったのだが、皆上手く逃れ、俺が拉致されるという事態である。知っているヤツもいるだろうが、俺は高所恐怖症だ。
「さ、いよいよ次ね。シュータは私の後ろ!」
このスライダーは二人で大きな浮き輪に座って滑り下りる、もとい滑り落ちるものらしい。見た感じではコースはグルグルと渦巻いて、ずいぶん長いようだけれども、果たして俺の精神は保つかな。
「お、順番きたわ」
ミヨは楽しげに浮き輪に乗り込む。俺はその元気な背中を見て後ろに乗った。
「さあシュータ。アー・ユー・メン?」
メン? 面食いの面か? それともラーメンか。俺は確かに男性だが。
「あの、発進の合図はこちらで出しますんで……」
若い日焼けした男性の係員はちょっと困惑しながら、今にも飛び出そうとするミヨを諫めていた。
「はい、それじゃ——」と係員が言うと、
「行くわよ、シュータ! 3、2——」
「おい、待てコラ!」
「1、ゼロッ。ひゃっほー」
ミヨの独断専行で飛び出して行った。ちょっと待ってくれ。全然心の準備ができてない。浮き輪はスピードを増してきて、もう何がなんだか。水しぶきが顔に掛かり、ミヨの白い背中も見える。プール内の景色も見えたり、トンネル内側の赤や黄色が見えたりもする。
こんな目まぐるしいものを設計できたヤツ、おい殴ってやるよ。そう言えば「アー・ユー・レディー」の「レディー」は、「女性」って意味じゃなくて「準備」って意味だ。つまり「準備はできてるかい?」ってことで、「女かい?」って訊くもんじゃないんだぜっ。
「ぷわっふ!」
俺は急に終着点のプールに突っ込んだ。本来なら浮き輪によってふわりと着水するはずが、ミヨが暴れん坊なせいでバランスが崩れて入水と同時に転覆したらしい。が、当然これは後にノエルから聞いたもので、そのときの俺はワケもわからず水から這い出た。
「し、死んだ……!」
プールサイドに横たわると、下で見ていた美月が駆け寄って来た。
「大丈夫ですかあっ? メディカルチェックします!」
美月はしゃがんで、仰向けに寝る俺を見下ろした。そして頬をペチペチ叩いてくる。
「お、死んだ? ウケる」
片瀬の声も聞こえる。おのれ、おのーれ。俺は目が回ったようで、まぶたを開けられないってのに。
「息も脈拍もありますし、生きていらっしゃるようですが、起きられないようですね」
「あのな、竹本ちゃん。こういうとき、どう行動するのが定番か知ってる?」
冨田が美月に話し掛けたようだ。お前は余計なことを言うんじゃない。
「知りません。教えてください」
なあ美月。君は一度だって冨田から有用な発言を聞き出したことがあるのかい?
「人工呼吸だよ」
「ジンコウコキュウですか?」
「知らない? マウス・トゥー・マウスで呼吸を肺に送り込むのさ。溺れた人には大体そうする」
あくまでお前の観てきた都合のいい漫画やアニメではな。
「息は自力でできそうですけど……わかりました。私、します」
え? 目を開けると美月の唇が目と鼻の先にあった。
「うわっ。大丈夫だよ、俺は起きられる!」
俺はすぐに美月から逃げて上半身を起こした。
「え、でもシュータさんが心配で……」と美月が寄って来る。
「いいって、いいって」
慌てて立ち上がってプールサイドからコンクリートに退くと、
「ぐあ、あっちいな!」
地面が鉄板のように熱されていた。絶対、足裏、火傷した!
「シュータ先輩。ちゃんとビーサン履いてください」
ノエルが預かっていたサンダルを俺に渡してくれた。サンキュ。だが、美月も含めて全員に笑われた。
「おい、アイ。焦りすぎ」と泣き笑いの冨田。
「そうですよ。冗談じゃないですか」と美月。
ぐぬぬ。美月まで加担するなんて。でもこのお嬢様は楽しく皆とつるめるようになってきたようだし、俺で良ければいつでも笑い者になろう。
「何してんのよ、ばかシュータ。どうやって生きていたらそんなマヌケになるんだか」
ミヨはさっさと移動を始めていた。お前が元凶だろうが。俺だって、どうしたらミヨみたいに横暴で身勝手な協調性の無い人間になれるのか知りたいぜ。
最初のツッコミは、さまぁ~ずの三村さん風で。




