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みらいひめ  作者: 日野
二章/庫持篇 アリス・イン・ワンダーランド
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九.言の葉を飾れる珠の枝(19)

 次の瞬間、俺は夕暮れの歩道にいた。ここは例のファストフード店の前の道路だ。腕時計は午後三時四十五分を指している。この場にはアリス以外の全員がいた。ノエルもルリもミヨも。そして美月。美月は目が合うと走り寄って来た。


「シュータさん! お怪我は無いですか?」

 そんな必死な顔をしなくても。時間を「遡った」んだから、怪我があっても元通りだろ。


「美月こそ大丈夫だったか」

「それは、えっと、はい」


 美月はアリスに首を括られたから。何とか生きていて良かった。


「頑張ったよ、美月も」

 そう言ったのだが、不意に周りの目が気になった。ノエルとルリはニヤニヤして、ミヨはキレる寸前の顔だ。悪かったな。仲良くってさ。


 ミヨが胸の前で手の平を下にして横に動かした。何だそのジェスチャーは。中くらいってことか? 俺に何か指図しているのか? ああ、そういうこと。


「え、ちょ、シュータさん⁉」

 部長さんの指示通り、美月の頭を撫でた。おい、ミヨ、ノエル、ルリ。これで満足か? 腹がちぎれるくらい笑ってるけど。美月は顔を真っ赤に変えて、オドオドしている。


「往来の真ん中で、は、恥ずかしいですよ……」


 俺だってそうだ。そもそも美月は痛い思いをしたが、何か特別成し遂げたことはあったっけ。今回のMVPは実は俺なんじゃないかと思うのは、俺だけ——だろうね。


「シュータさんが一番頑張りましたよ」


 美月はつま先を伸ばして、俺の頭頂をポンと触った。う。息が詰まって死にそうだ。美月のためなら、たとえ火の中水の中、地球の中心部だろうが月の裏側だろうが馳せ参じることだろう。


 こういう和やかな空気で、アリスが登場した。美月は俺の背中に隠れる。美月は何されるかわからないから隠れていた方がいい。アリスが今更攻撃を敢行するなんて思わないけど。


「よ、アリス。来たか」

「うん。死にに来たよ」


 アリスはこちらに歩いて来た。ルリが一番前に出る。


「アリスちゃん。自殺用の薬は用意します。錠剤で服用したい?」

「うん。できれば実物がいいな」


 アリスの言葉を聞くや否や、ルリは谷間から(いちいち気にするな)錠剤を出した。


「はいコレ」

 何で実物で自殺用の薬を持っているんだよ。


「自分用です。拷問に掛けられたときに自白しないように。他にも〈ピー〉されたり〈ピー〉されたときにも。強制退去するために使うんです。こっちで肉体を殺して、精神情報だけを元の時代に帰すんです」


 コイツ、本格的に捕まったら自殺する予定だったのか。こういうところはきちんとスパイ教育されている。あと、いつも〈ピー〉を出すな。


「ふーん。これを飲めば苦しまずに死ぬんだ」

「そ。マズいんだけど、死ねるよ。眠るようにね」


 アリスはまじまじと小さな薬を眺めていた。もしそれを食い物に混ぜられたら危険だったな。いや、混入に気付けるように不味いのか。


「そっか。じゃあサヨナラだね。その前に実代。さっきはゴメン」

「いいわよ。お互い様だったし。もう全部許すわ」


 アリスはミヨに抱き付いた。最後くらい、好きにさせてやろう。俺の背中にしがみ付く美月と共に二人のことを眺めた。


「私、実代のこと大好き。ずっと忘れない」

「私もよ。もっちーのこと覚えてるわ。それと、SF研のことだけど——」


「それはいいよ。もう平気。忘れていいから」

 SF研は潰していいってことなのか? アリスはニコリと笑う。


「ああ、あと私は実代のこと大嫌いだよ」


 嫌い? 聞き間違いか?


「実代はズルいんだもん。明るくて推進力があって強くてさ。いつも輪の中心にいるから。それなのに、死ぬのは実代じゃなくて私。どうして私は駄目なんだろう」


 ミヨは何も返さなかった。アリスはミヨに憧れていたのかな。


「アリス」


 俺はアリスに声を掛ける。


「アリスは代えがたいものを持ってるよ。どちらかと言うと、俺と同じで縁の下の力持ちかもしれないけど、アリスがいなくちゃ皆はバラバラだったんだ。この一カ月半、一緒にいてくれてありがとう。アリスがいなくなっても、アリスはずっと俺たちの傍にいる。こんな結末は良くないとわかってる。だけど……」


 アリスは俺を見て、にっこり笑った。


「ありがとう、シュータくん」


 ミヨはもう一度、アリスをギュッと抱き締めた。そして、放す。


「ねえ、もっちー。シュータのこと好きでしょ?」

 いきなりミヨが突拍子も無いことを言い出した。アリスが俺を好き? んなハズないだろ。


「好きだよ。シュータくんは私の初恋の人なんだ」

 アリスは俺の目を真っ直ぐ見て言った。


「バイバイ。今度は覚めない夢の中で会おうね」


 俺に髪留めを投げる。受け取ったのを確認すると、後ろを振り返って駆け出した。


「待って!」

 ミヨが追い掛ける。アリスは青信号の交差点を走って渡る。俺たちの悪い予感は当たった。横断歩道の中腹でぴょんと飛び跳ねたアリス。その体にトラックが横から追突した。


 一瞬でアリスはその場から消えた。代わりに赤い血がそこに残る。俺もミヨも言葉を失った。


「じ、時間を『遡り』ましょう。それで、それで……」

 俺の服にしがみついて顔を覆う美月が取り乱したように言う。しかしルリが、


「これで丁度いいでしょ。早く元の時間軸に『戻る』手立てをしなよ。ルリはもう元の時代に帰るからね。それとシュータくん。会いに行ってあげてね」


 ルリは一度俺の目を覗くと、立ち去って行ってしまった。


『おい。お前ら元の時代に帰る準備をしろ』

 伊部の映るスクリーンが目の前に出て来た。伊部はすっかり疲労が抜けた様子だ。


「お、おい。これって」


『諦めろ。倉持は死んだ。上手くいったんだ。だから、事を先に進める。まず、この世界を倉持が死んでいないという記憶に塗り替える。今正門を出たアリスが代役として生き続けるだろう。そして、石島の事件が終わった後に、アリスの事故の情報を上書きする。つまり、この時間軸も俺たちと同じルートを辿るようにな』


 そういう話だったよな。そっか。何だかんだ「正史」通りに来たのか。これでこの時間軸の俺たちも同じことをするんだろう。


「……頼んだ。上手くいったのなら、帰ろう」

 ミヨは驚いたまま。ノエルは俯いたまま。美月は俺にしがみ付いたまま。元の時代へ「戻る」ことになった。立ち眩みのような感覚。体の感覚の全てが消えていく。




挿絵(By みてみん)

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