九.言の葉を飾れる珠の枝(18)
「で、マルなのか?」
俺の質問に、アリスは頷いた。左腕を触ったまま。
「バツじゃねえんだな」
アリスは頷く。右足を前に動かした。
「次は三択。じゃんけん」
「じゃんけんの手ね。なるほど。グーか?」
アリスは首を横に振る。顎を指で撫でる。
「じゃあ、チョキ?」
アリスは頷く。腕を組んだ。
「ふーん。パーは?」
アリスは否定。右足が元の位置に戻った。
「次は四択。東西南北。北ではないよ」
アリスは口角を上げる。腕をほどいて、左袖を引っ張った。
「うーんと、南か?」
アリスは頷く。左手で髪留めを触った。
「へえ。東ではない?」
アリスは頷く。右手が膝の上で動いた。
「西でもないな?」
アリスは頷く。髪留めの位置を気にした。
「次行っていい? 五択は指の名称」
「指の名称? 親指か?」
アリスは否定。右腕を少し伸ばした。
「人差し指?」
アリスは否定。左手を握った。
「中指?」
アリスは肯定。視線が横に移って戻った。
「ってことは、薬指あるいは小指ではないよな?」
アリスは肯定。耳の裏に一瞬触れた。
「次、七択。曜日」
「日曜日?」
アリスは否定。視線が上下に動く。
「月曜日?」
アリスは肯定。前髪とピンを触った。
「火曜日か?」
アリスは否定。髪を触ったまま。
「水曜日?」
アリスは否定。視線が右に行って戻って来た。
「木曜?」
「ち、違うよ。ねえ、月曜日って言ったんだから訊かなくて良くない?」
アリスは少し動揺したように遮った。右足のかかとが浮いている。
「時間は無いけどさ、一応だよ。金曜は?」
アリスは否定。両足が付いている。
「土曜日」
アリスは否定。左腕の肘を押さえた。
「次は十二択。暦。睦月ではないよ」
そっか。アリスは首を振る。首元を気に掛けた。十二択って多すぎるな。
「如月は?」
アリスは否定。顎に指が触れる。
「弥生?」
アリスは否定。両手を膝の上で握った。
「卯月」
アリスは否定。下を向いた。
「皐月」
アリスは否定。右腕を横にずらす。
「水無月?」
アリスは否定。視線が横にちらりと動く。
「文月」
アリスは否定。目が合った。
「葉月」
アリスは否定。疲れたように視線を逸らした。回りくどいとは思ってるよ。
「長月?」
アリスは頷く。左の二の腕付近を右手で掴んだ。
「わかった。その他の月ではないな?」
アリスは頷く。視線を一度天井の方に揺らした。
「最後、五十三択。トランプ」
な、流石に多すぎるって。アリスは真剣な表情で俺を見つめた。
「13掛ける4つの絵柄で52択。加えてジョーカー。ジョーカーではないよな」
アリスは頷く。微動だにしない。
「ハート?」
アリスは頷く。髪留めをずらした。
「……スペード?」
アリスは否定。二回首を振った。
「えっと、クラブは?」
アリスは否定。髪留めの位置を直す。
「ダイヤじゃない」
アリスは頷く。腕は肘掛けに置いた。
「数字は面倒だから訊くけど、七以下か、それ以上か」
「3だよ。3」
そう来ると思わなかったな。反応を見て、嘘が無いか見抜きたかったのだけど。アリスは右脚を持ち上げてまた組んだ。
「じゃあ、信じるよ。3だな。七以下だな?」
「そうだよ。3だから、七以下でしょ?」
アリスは姿勢を前傾にして少し怒ったように言った。アリスには俺が疑っているとバレていい。反応を見られていると思わせておけば、緊張からいつも以上に癖が出るはず。そう思っていた。だから数字が3なのは間違いないと思う。
「おい、ルリ。聞こえてるか?」
電話の向こうに声を掛ける。ルリはすぐに応答した。
『もちろん。ちょっと遅くないですか? 早く言ってください』
言われなくたって早く言うつもりだ。
「順番に言うぞ」
『はーい』
「マル。チョキ。西。中指。火曜日。長月。クラブの3。以上だ」
『了解』
そう言って音声が切れた。頼むから上手くいってくれよ。アリスを見ると、顔面蒼白で俺を見ていた。
「どうして……」
どうしてとはどういう意味だろう。正しいパスコードをルリに教えただけだ。
「私が教えたのと違う。私はそんなこと伝えなかった!」
そうだろうな。西じゃなく南。火曜日じゃなく月曜日。クラブじゃなくハートだったはずだ。
「でも、アリスが伝えたのは嘘だろ。俺が教えた方が正解じゃないか」
「どうして」
アリスは困惑していた。どうしてか。答えは簡単で、アリスが嘘を吐いていたからだ。アリスは俺たちを貶めるために、わざと嘘の答えを教えた。俺はそれを見破ったから、正解をルリに伝えたんだ。
「どうしてわかったの?」
「アリスは嘘を吐くとき、無意識に前髪を留めているピンを触るからだよ。出会ったときからそうだった。さっきも嘘を吐いたときは触ってたよ」
アリスはやはり自分の癖に気付いていないようだった。だけど、俺は早い段階で気付いていたし、今日ノエルに確認も取った。どの人間にも自分の何気ない仕草ってあるんだな。
「どうして、そんなことに、気付くの?」
アリスは俺を半ば怖がるように見つめた。俺を怖がっているというより、これから訪れる死を怖がっているのか。
「見ていたからだよ、アリスを」
「…………見ていた?」
「お前が、ミヨはポケットに手を入れないことに気付いていたのと同じだ。俺にとってアリスは友達で仲間だから。知ろうとするのは当たり前だろ」
アリスは静かに泣いた。椅子の上で小さくうずくまっている。俺は子供みたいなアリスを眺めて瞬きを待った。懐かしい感覚。——瞬き。




