九.言の葉を飾れる珠の枝(16)
「……え?」
ミヨが右腕を押さえて跪く。ミヨ? よく見るとミヨの右腕にはナイフが突き立てられている。血がボタリボタリと流れ落ちる。まさかアリスの仕業?
「ミヨ!」
俺は脇目も振らず駆け寄った。手首の上、十センチ付近にナイフが刺さっている。
「大丈夫か、ミヨ」
ミヨは苦悶の表情で俺を見上げた。腕に寄り掛かるミヨをゆっくり横たえる。
「へ、平気よ。痛いけど。あまり触らないで。無理に動かすと傷口が広がるわ」
俺はミヨからマフラーを取って、二の腕をギュッと縛る。応急措置しかできない。
「もうちょっと優しくしてよね」
ミヨは口を尖らせる。今はそういう状況じゃないだろ。
「アリス、お前どういうつもりだ」
俺はアリスに問う。親友を刃物で刺すなんて、常人じゃしねえぞ。
「え、何? 刺されたくらいでピーピー言わないでよ。私は殺されようとしてたんだから。正当防衛じゃん」
アリスは髪の毛のピンを着け直しながらにっこりした。
「そりゃ、死ぬのに比べたら刺されるくらいと思うかもしれないが、刺し所が悪かったら人は死ぬんだ。ミヨを殺すつもりなのか」
流石に刺すことはないだろう。アリスの表情は笑顔のまま。段々コイツが何を考えているのかわからなくなってきた。
「死んじゃったら死んじゃったでいいと思ってるよ。だって、そっちが先に殺そうとしてきたんだからね」
どういう意味だ?
「実代のポケットに、何かあるでしょ」
ミヨは顔色を悪くしながら、右ポケットに左手を突っ込んだ。そして、
「コレのこと?」
取り出したのはペン。いや、これはもしかして——。
ミヨはアリスにペン先を向けて、ノックの部分を押した。パン! という発砲音。アリスは、自身の目の前に木の板を何重にも立てる。そこに円形の穴が開く。
「うわ、危ない。四枚も貫通した」
アリスの前の板が倒れる。アリスはビックリした様子で、指パッチンをして板を消す。
「ミヨ、それって」
「これは、ルリに言って貸してもらったのよ。ペン型の銃。アリスに自殺を強要するくらいなら、いっそ私が手を下そうと思ってね。でも失敗しちゃった。弾はもう無いわ」
俺にも言わずに不意討ちを計画していたのか。ポケットに銃を忍ばせて。
「実代はさ、ポケットに手を入れるの嫌いだから、ずっとおかしいなって見てたの。やっぱり武器が隠してあったんだね」
アリスが勝ち誇ったような笑みでミヨを見下ろす。
「だてに親友やってないから、気付いちゃった」
だからって、刺すことは無いだろうに。ミヨの腕からは痛々しく血が流れる。
「普通の人間は、自分の体が流血しているのを見たら、致命傷じゃなくても戦意を喪失するから。まあ、お仕置きって意味でしてあげたよ」
アリスは楽しそうだ。こうやっている間も時間は進んでいる。ミヨの傷も癒えないし、早く終わらせないと。どうしようか。
「私に任せて! 仇は取るから」
ルリが前に出て来る。おい、勝手に前に出るな。相手はミヨにも刃物を使うんだぞ。
「アリスちゃん、止まって!」
ルリは目を見開いてアリスを捉える。そうか。催眠術があった。行動を封じることができれば……だったら最初からやれよ。
「本当は、みよりんが撃つ瞬間に動きを止めるつもりだったんですー」
はいはい、そうかよ。これならアリスを拘束できるな。アリスは姿勢が固まって動けていない。ルリが慎重に近付いて行く。
「あのさ、動きを止められるのはわかったんだけど——」
アリスがふと口を開いた。
「別に止まったままでも私の能力は使えるから」
ルリの頭上から、何やら平たい物体が降って来て、頭を直撃する。バーンという銅鑼のような音だ。タライだった。なぜ芸人仕様なのかはわからないが、ルリは本物のタライで頭をシバかれ、その場で伸びてしまった。言っておくが、テレビで落ちてくるタライは特殊な作りになっているから、実際に真似してはいけない。
「あ、ゴメン。強すぎちゃった」
アリスは合掌して謝罪する。しかしルリは起き上がる気配が無い。死んではいないようだが、当分駄目そうだ。アリスは、ルリが倒れた影響なのか催眠から解放されていた。
「おい、アリス。やりすぎだと思わないか。悪ふざけはもうおしまいにしろ」
「シュータくんまでそういうこと言うの? 私のこと救ってくれるんじゃないの?」
「できない。ミヨを傷付けて、こっちの話に聞く耳も持たない。そんなんじゃ、どうしたって許せない」
「だけど、シュータくんと美月ちゃんの二人しか残ってないよ。どうするの?」
俺にはもう手が無い。美月を振り返ると、緊張の面持ちだった。
「シュータさん。マズいです。この建物の外では、ほとんどの物が崩壊しています。世界が終わるのも時間の問題です。これではどちらにせよ、時間を『遡ら』ないと秩序を保てません」
手遅れ間近ってことか。そして時間を「遡る」ことは必須。時間を「遡る」にはどうすればいいんだったか。
「ルリさんが私の能力を開放できます。しかし、それにはパスコードが無いと」
そのパスを知っているのは、唯一アリスだけなのか。
「あ、うん。知ってるよ。でも教えない」
お相手さんは協力なんてもってのほかという雰囲気だ。
「アリス。これだと世界が終わっちまう。お願いだ」
「今更そんなこと言われてもなー。私にとっては教えても教えなくても世界の終わりだし」
くそ。時間稼ぎして一向に話を進めてくれない。本当にアリスは俺たちを殺そうとしているのか?




