九.言の葉を飾れる珠の枝(15)
「シュータ。ここは下がって。私に任せなさい」
ミヨが俺を手で制した。ああ、任せるよ。ノエルがいなくなった以上、言葉でどうにかするほか無い。ミヨはすたすたとアリスに歩み寄って行く。俺は二歩下がって美月の隣に。美月は自分の手を握って不安そうに事の成り行きを見守っていた。
「外の状況は?」
小声で訊く。美月は「良くないです」と首を振った。ルリも暗ったい顔をしながら、数歩前に出た。ミヨとアリスの会話に俺たちは入らない方が賢明と思うぜ。
「もしみよりんが攻撃されたら、ルリとシュータくんで守るからね」とルリ。
そうだな。ノエル不在だから、すぐに救出できる人間がいない。だが俺はアリスがミヨを攻撃するなんて思えない。今の状況下だと、何とも断言しがたいが。
「もっちー。馬鹿な真似はやめて。お願い」
ミヨは、アリスの三メートル手前で直立する。両手はコートのポケットに入れている。
「やだよ、実代。殺そうとしてるんでしょ? 過去の私か、この私か」
アリスは頬に片手を当てて、眉を下げる。
「言ってしまえばそうよ。でも、私たちからも提案がある。私たちは未来の安楽死用の薬を用意する。楽に死ねるって」
ミヨが首を傾げて見せると、アリスはくくくっと笑い出した。
「死んだら意味ないじゃん。毒で死のうが轢かれようが焼かれようが、結局同じだよ」
俺の想像通りの反応だ。アリスが恐れるのは、死による自己の喪失。決して痛みではない。
「そっか。実は提案できるのはこれだけなの。死者に向けて絞れる知恵は、そうそう無いわ」
ミヨとアリスの間には、親友の感じが無かった。敵対する国の元首同士のような、腹を探り合う様子があった。親友だから、寸分の隙が命取りか。
「で、もう終わりなの? 実代はそれより他にできることがある?」
無いならゲームオーバーだ、とでも言わんばかりの口調でアリスは笑った。右手で左肩を押さえる。ミヨは、
「どうして邪魔をするの? 生きたいから? だけどもっちーが死ぬことは決まってるの。足掻いたってアナタは幸せになれない。このまま世界と共に滅びるだけよ」
このまま時間が経てば、世界の秩序を守れず、フリーズする。世界の流れが正史と乖離して成立しなくなる。アリスが時間を引き延ばしたとて、アリスは死ぬんだ。
「どうして? わかってると思ってたんだけどな。私はどうせ死ぬの」
そうだろう。アリスはどうせ死んじゃう。なのになぜ反抗するんだ?
「どうせ死ぬから、皆も巻き添えにする。大好きな実代も、シュータくんも、未来人も、この時間軸の人間全員と一緒に終わりにするの。私だけ死んでもつまらないから。私のいない世界なんて見たくないし、あっても無くても同じことだもん」
流石に驚いたね。アリスはマジで俺たちと心中しようという魂胆なのか。
「もっちー、それは良くないわよ」
アリスは左腕を押さえてミヨを眺める。
「私だって、本当はアナタに死んで欲しくないわ。この日にもっちーが事故に遭ったことを聞いて駆け付けて、でももう会えなくて、毎日泣いたことを覚えてるわよ。だって大好きな親友がいきなりいなくなったのよ。まだ話たかったこと、一緒にしたかったことたくさんある。やり切れない思いが残っていて、しばらく立ち直れなかった。
でも、いつまでもそうしているわけにいかなかったから、アナタがいる仏壇にだって手を合わせてきちんとお別れした。学年が変わって、新しい友達が出来て、ようやく元気が出てきて、もっちーのために部活も頑張ろうって思ったときなの。アナタが再び現れたのは。嬉しかったわよ。でも戸惑った。本当にもっちー本人なのかなって。だけど、本物だった。少しの間でも一緒にいられて良かった。また話せて嬉しかったんだ。
それでもね、これは嘘なの。夢みたいなものなの。だからいつまでも続けてはいけない。もっちーとは、これで離れ離れにならないといけないの。私は、実はそんなに寂しくないんだけどね。お別れはとっくに済ませていた。特別に覚悟する必要も無いの。あるべきところに戻るだけ。夢から覚めるだけだからよ」
ミヨは一筋の涙をこぼす。
「そんなこと……」
アリスは明らかに動揺していた。視線をミヨの顔から下に向け、左腕を掴んでいる。
「こんなの自分勝手だって、わかってるのよ。それでも、喧嘩別れなんて嫌だな」
ミヨが微笑む。美月を見てみると、ただ無表情でじっとしていた。
「実代。私、どうしたらいいんだろう?」
「こっちに来て。そしたら、お別れをしましょう、ね?」
ミヨがポケットに手を入れたまま笑い掛ける。アリスは頷いた。良かった。最後はやっぱりミヨの言葉で納得してもらうしかなかったんだ。こうして、皆で円満にできるのが一番だった。アリスには悪いけど、俺たちはこれを受け入れて生きていくことしかできない。
だからアリス、一緒に最後の時間を過ごそう。




