九.言の葉を飾れる珠の枝(9)
その後、晩飯を食って寝た。さて、俺がどこで寝たかと言うと、希望通りソファーの上だった。もちろん美月と二人で寝るわけにもいかず(六・四で理性の勝ち、欲望の負け)、リビングで就寝した。
ノエルなんかは、俺にソファーを譲ったばかりに、予備の掛布団にくるまって床で寝ていた。後輩の苦労が涙ぐましいね。
途中でソファーを交代してやろうかと考えたが、俺は生憎ぐっすりで一度も目を覚まさなかったためソファーで起床した。俺は最終盤に起きたようだ。
スマホ閲覧をする美月と、髪をセットするルリ、目元にクマを作ったノエルがもういたのだ。ミヨには勝った。時刻は七時半。学校に行く時間だぞ。
俺は洗面所で顔を洗う。いよいよ今日が決戦の日だというのにいまいち危機感を感じない自分が阿保らしいな、しかしそれってプレッシャーに強いってことだから、社会に出たら生かせるんじゃないか、いやいや緊張感に欠けるからいつもぼーっとして凡ミスをやらかすんだろうが、まあほどほどに練度を上げていくしかないだろうね、思うに緊張しない方から緊張感を高める方がその逆より簡単、ではないな、ゼロからイチを——
「すまん、誰かタオル取ってくれ」
タオルが手元にないことに気付いた。ちなみにさっきの脳内トークは、俺のいつもの思考を垂れ流しただけだから全く重要ではない。この数行で忘れた方もいるだろうから教えると、俺は洗顔中だったのである。
「ほい! パス」
ルリの声がして、俺の手に布が乗っかる。俺はそれで顔を拭いた。なんか、薄い。ここのホテルのアメニティってこんなにしょぼかったのか。顔に掛かる水滴を拭い終えてタオルを見ると、俺の手に握られた物はタオルではなかった。ヒラヒラしたレース生地。黒に花柄の刺繍。ハンドタオル? 広げてみると三角形。
「Tバックじゃねえか!」
まさか朝から「Tバックじゃねえか」と叫ぶ日が来るなんて、生まれたときは思いもしなかったよ、母さん。そしてもちろん犯人はルリである。俺は皆の集まるリビングルームに行く。
「おい、ルリ。俺はタオルをくれと言ったんだ。日本語では下着のことをタオルにソートする文化は無い!」
言っておくが、外国語にそういうカルチャーがあるわけではないぞ。未来語は知らないが。ルリは悪気が無さそうに笑顔である。将来コイツがどんな大人に成長しようと一向構わないが、かましてくるボケが一々下品だな。
「知らなかったですぅ。ルリのおパンツ返してくださーい」
俺はテーブル前の椅子に座るルリの顔に、お望み通り叩き返してやった。
「ぎゃっ!」
ルリは尻尾を踏まれた猫のような悲鳴を上げた。せいぜいするぜ。
「ちょっとルリさん! またシュータさんにイタズラしたんですか? 性懲りもないですね」
美月は昨日とは違う服を着ている。たぶん、初日にでもアリスから服をいくつか出してもらったのだろう。美月が毎日着替えてくれることで、俺はミヨやルリのような大規模ストレッサーとも上手く付き合っていける。今日は青セーターか。実にイイ。
「その下着は着用経験がありますか、ありませんか」
美月は鬼の……小鬼のような目付きでルリに詰め寄る。ルリは楽しそうに、
「洗ってあるけど、実は三回くらい履いたことあるの。ルリの勝負パンティーなんだ」
「絶対許しません!」
美月はルリからそれを奪い取ろうと格闘していた(傍から見ると単にじゃれていた)。なぜ履いたか否かが決め手なのだろうか。未使用品だったら、どういう反応をしたのか気になる。
「なによ、うるさいわねー」
目を擦りながらミヨが登場した。お前はどうして『はらぺこあおむし』みたいなデカイぬいぐるみを抱えているんだ。今更カワイイもの好きをアピールをしても手遅れだぞ。
「シュータは朝から戯言ばっかり言ってんじゃないわよ。これ無いと眠れないの。美月とルリも静かに」
美月はちょうどルリからパンツを勝ち取った場面だった。奪ってどうするんだ? 捨てるのか、履くのか? やべ、履くなんて想像してしまえば、俺の色々が破壊されそうだ。
「はあ。朝食食べて、ついでに作戦会議するから大人しく準備しなさい」
珍しくミヨがまともなことを言う。あれかな、ボケが増えるとツッコミに回ろうとするのが人間のサガなのかもしれない。パレートの法則だ。




