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みらいひめ  作者: 日野
二章/庫持篇 アリス・イン・ワンダーランド
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八.わびつる心地笑い栄えて(4)

「ふふーん。それで、交換条件のことなんだけど……」


 唇が触れ合うか触れ合わないかの距離でルリは話し続ける。交換条件とは、ルリが催眠術持ちだと明かした代わりに、俺たちの情報を流せってことか。


「そういうこと。まず、シュータくんの好きな人は誰?」

「美月」


「つまんない! まだ催眠も使ってないのに。適当に煙に巻かれた感があります」

 うるせえ。本当に聞きたいのはそんなことじゃないだろう。


「いつかそれをルリに変えてあげますよ。そうではなくて、竹本美月をフォローアップしている人間は誰ですか? 美月は単独犯ではないでしょ? 他の時間軸に移動するときに、美月自身が操作しているようには見えなかった」


 何? ルリは伊部の存在を知らないのか。美月のことは知っているのに、同じく未来人の伊部は知らない。これはどういうことだ? そもそも美月もルリも派遣元が同じっぽいから、実験のチーフだっていう伊部のことは知っていて然るべきと思ったのだが。もしかしてかなりの重大情報で、ルリには話さない方がいいのか? そもそも美月の敵だってヤツにわざわざ教えてやるまい。しかし、ルリの力は催眠術だ。口は割られる。


「教えて、シュータくん」

 ルリは俺の目を覗き込んでくる。駄目だ、自制力がもたない。


「い、言わ、ない」

 意地でも美月に不利になることなんか言ってやるか。アリスを見失ったのだって俺の責任なんだ。これ以上の迷惑は掛けない。


「もー。ムリに焦らされるのって気持ち良くないんですケド。お仕置きしてあげよっか」

 ルリは、制服のブラウスのボタンを一つ開ける。こんな所で脱ぐなよ、阿保。


「流石に脱ぎません! 暑くなってきたから開けただけ。こうやって目を見て、『美月はブス』。言ってみて。さん、はい」


 コイツ、趣味が悪いな。口が裂けても——さっきより制御が効かない。


「み、つきはぶ、す」

 切腹案件だ。これこそ〈ピー〉を入れてくれないか。何とか文節を誤ることしかできない。


「よく言えました。パチパチ。素直に身も心もルリに委ねないから辛い思いをするの。今度は素直になれそう?」


 ならねえよ。どうせお前は催眠術が使えるんだから、誰が相手だって意のままに操れるだろ。


「そんなことない。私の催眠は数分しか効果が持続しない。だから本当の愛を手に入れるには、催眠中に完全に堕とすしかないの。ふふ」

 ノエル、起きろ。美月もミヨも気付いてくれ。そのとき、スマホが鳴った。


「あれ、興醒めですね。こういうときは電源切るか、マナーモードですよ。って、ただのゲームの通知じゃないですか。要ーらない」


 ルリは枕元にあったスマホを見て、投げ返した。くそ。スマホは現代人の必須アイテムなんだから雑に使うんじゃない。


「じゃあ次の言葉は……『美月が嫌い』に決定しました! わーい」

 おい、ふざけんなよ。決めた。後でフルボッコにする。


「美月が嫌い」


 どうせ言わされるなら、無感動に言ってやる。


「あれー? 案外素直に言いましたね。もう諦めちゃいました? ルリの軍門に下る準備ができたようですね。じゃあ教えて。美月の味方をしている内通者は?」


 もう駄目だ。くらくらする。美月よりもルリの方が魅力的にさえ見えてきた。どうせ皆は見ていないんだし、名前を言うくらいどうってことないだろう。ルリだって喜ぶはずだ。


「イベだけだよ。イベアキヒロっていう、眼鏡の男だ」

「眼鏡の? それだけ? くふふ。そーなんだあ。いいコト知っちゃった。帰ったらお姉ちゃんに褒められちゃうな」


 ルリは倒れ込んで来て、俺に抱き付く。甘い匂いが鼻いっぱいに広がった。ぼうっとする。


「念願のシュータくんだっ。ついでにイケるトコまでイッちゃおうよ。教えて欲しいんだけど、四月に美月が来たとき——」


 ガチャ。ドアが開錠される音。続いてキイッと開く音がした。誰かが入って来た。


「何者?」


 ルリが上半身を起こして入り口の方を窺う。パチッと部屋の電気が点いて明るくなった。


「美月⁉ なぜここに……」


 ベッドの足元の方には、パジャマ姿の美月が立っていた。毅然とした表情でルリを見ている。やっぱりルリより何倍も可愛いじゃないか。


「異常を察知したのです。シュータさんから離れてください」

 美月はこっちの部屋の鍵も持っていたから入って来られたようだ。サンキュー。


「ホントにー? シュータくんを襲いに来たんじゃないの? まあいいわ。シュータくんは既にルリの物だから、居直り強盗的に貰います!」

 強盗の自覚はあるんだ。とにかく美月、助けて。


「すぐに離れてください。言うことを聞けないなら容赦しません」

 美月の警告にもルリは動じず笑顔だった。美月それ単体に脅威は感じていないらしい。


「嫌だ。ルリは夜行性だもん。夜の方が昼間より三・五倍強いの」

 なんか数字が生々しいな。あまり話が嚙み合っていないようだから、さっさと追っ払ってやれ。


「美月、止まってくださいねー?」

「え、あ……」

 美月の動きが停止する。ルリの催眠術か。厄介極まりないな。俺もまだ動けないどころか全く喋れない。ルリが重いのもあるけど。


「今から目の前でシュータくんにチューしてあげる。無様にそこで見届けなさい」

 ルリは俺の頭を支えて、すっと顔を近付けてくる。ちょっと待てこの野郎! 美月の前で余計なことするんじゃない。って、よけられない。


「や、やめてください‼」


 美月がルリの肩を捕まえて押さえていた。何で美月は動けているんだ?


「邪魔しないで……ってどうして泣き目なんですか? 反則なんですケド」

 美月は涙を浮かべながらルリのことをホールドしていた。どこに泣く要素があったんだ? 美月にキスシーンは刺激が強かったのかな。ルリは溜息を吐いて離れる。


「そんなに大事でしたかー? じゃあキチンと見守っておくことですね。もう滅茶苦茶ヤッちゃいましたけど!」

 何もやってねえよ。ルリは美月の手を振り払った。


「シュータさん、無事ですか?」と声が聞こえた。

「何を条件に無事とするかだけどね。怪我はしてないと思うよ。え、誰——きゃあ!」


 ルリがいきなり後ろに飛んで行ったように見えた。実際はノエルが、ルリの腕を後ろに回して拘束していた。


「わざわざ出向いてくれたことだし、逃がす道理は無いっすよね」

「やーん。ノエルくん痛いよ。そんなに責められたら、ルリの知らないスポットが目覚めちゃう」


「さ、アリス先輩の居場所を吐かせますか」

「は、吐く⁉ そんな高度なプレ——」


 ルリの話は聞いてられないな。美月は俺の脈を取って、ホッとしたような表情を見せた。心配掛けてすまないな。俺のことはいいからルリを何とかしてくれ。キツめの拷問なら喜んで受けるに違いない。


「ルリさん、私たちにアリスさんを返しなさい。拒むようならいかなる手段も行使しますよ」


「げ、流石に仏の恨みを買っちゃったか。美月ったら、可愛い顔してるんだからコワいこと言わないで」

 ルリは媚を売るが、意味ないだろう。美月もノエルも時と場合によっては無慈悲だ。


「そっかー。じゃあ、放してノエルくん」


 ルリがノエルの目を見て言う。ノエルの腕が脱力してルリが解放された。催眠術だ。そしてルリは部屋から遁走して行った。美月が追い掛けるも——


「すばしこいですね。逃げられました」

 ドアまで追い掛けて帰って来た。美月は動かないノエルの正面に立つ。


「今、処置をするのでそのまま」

 美月がノエルと正面から向かい合う。何してるんだ? 羨ましいぞ。


「おお、動いた」

 美月が離れると、ノエルは一歩後ろに動いた。美月は次にベッドの脇に来て俺と目を合わせる。真剣な顔も可愛い。


「はい、もう解毒できました」


 美月が微笑むと、俺の身体がふと軽くなった。催眠が解けている。


「え、何をしたんだ?」


「ルリさんの暗示を除去したんです。先ほど私自身がかけられたので、成分分析して特効薬を作りました。それを投与してみたんですが、大丈夫になったでしょう? 加えて、次から暗示をかけられないよう保護機能を付けたので安心してください」


 未来人は目を合わせて薬を与えるのかな。完全にルリの暗示は無くなったようで、言われてみればアイツに対して怒りが湧いてきている。美月を侮辱させたこと、許さんぞ。


「ところで美月先輩、どうしてルリさんの侵入を発見できたんっすか?」


 そう言えば、美月がよく俺のピンチに気付いてくれたもんだ。俺もアリスのように攫われていたかもしれないんだ。


「イベくんが教えてくれたんです。全員の脳波の情報を監視下に置いているので、異常があった場合は知らせてくれるんです」

 もしかして途中でスマホが鳴ったのって、伊部が様子を見に来てくれたからなのかな。


「そうならば、アリス先輩の安否もわかるんじゃ……」

「ええ。生存はしていると思われます。ですが位置までは……」


 アリスが生きているなら安心だ。ベッドを振り返ってみると、スマホが無い。


「なあ、美月。俺のスマホを知っているか?」

「えっと、どこに置いたんですか?」


 ルリは枕元に放り投げたような。いくら捜しても見つからない。


「まさかとは思いますが、ルリさんが持っていたんじゃないっすか」

 ノエルはベッドの下を捜索してくれたが、無いようだ。くそ、スマホを持って行かれたか。あの泥棒猫め。最後まで意地汚い。


「仕方ないですし、今は寝て英気を養うことにしましょう」


 美月は溜息を吐いてそう言った。しょうがないよな、ありがとう。


「いえいえ。シュータさんのためならいつでも駆け付けます!」

 美月が健気な瞳で俺に訴える。ルリはとやかく言ったが、俺はやっぱり美月の味方だ。


「あ、そうそう。美月、ミヨはどうしたんだ?」

「みよりんさんなら、ぐっすり夢の中です」


 まあ、ミヨらしいな。安心するぜ。

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