八.わびつる心地笑い栄えて(3)
俺たちはホテルへ。昨日泊りに行ったのとは別のホテルだ。流石に学生が連泊したら怪しまれて通報されるかもしれないだろう? 俺以外の三人は予約のときに一度訪れているから、エレベーターを使って案内してくれた。例によって、部屋の前で鍵を一つ交換する。
「また明日。今日は早く寝るのよ」
「また明日です。今日は早く寝るのですよ」
ミヨと美月に同じ科白を言われた。美月は頭をぐりぐりされていた。
「あんまり落ち込むなよ。ミヨ」
ミヨはコクリと頷いて部屋に入って行った。俺たちも部屋に入る。相変わらずいい部屋だ。美月と伊部のおかげだな。不正な金だが。
「それはそうと、アリス先輩が心配ですね。『遡る』ことまで封印されているとなると、これから手違いは許されませんよ。もしアリス先輩の身に何かあったら……」
ノエルは真面目だ。俺はまたしてもベッドに寝転がる。ノエルは座るだけ。
「ルリならヘマは犯さない——と思う、たぶん。ルリの話じゃ、十日にアリスを一人殺すっていう計画らしいし、利害はそこまでズレているわけでもない。まあ、俺たちがアリスを殺すっていう目的を持っているのは不本意だが」
自分たちの手を汚さずに済むならいっそルリに殺してもらえば、ってことは絶対に無い。どんな最後になるとしてもアリスとしっかり話し合わなくては。
「ま、今日はどうしようもないんだし、寝ようぜ」
ノエルはクスッと微笑を見せた。
「今日は先に風呂をもらいますよ。ああ、俺が気になったのは、ルリが正義の味方を自称していたことっす。あれはどういう意味なのか。でも今は頭を使いたくないですよね」
「そうそう。明日はまた別の日さ」
「日本語で言うと、しょぼいっすね」とノエルは笑った。
ぐっすり夢の中で、どこかの山の頂上から落ちた俺は、お腹に圧迫感を感じて目が覚めた。目を薄ぼんやり開けると部屋が暗い。まだ夜か。で、このお腹に感じる圧力は何かな。二度寝したい衝動に逆らって目を擦る。ん? 黒い影が腹に乗っている。これがよくある死神の登場か。……肝が冷え、脳が覚醒する。声は出なかった。ノエルじゃないよな。
「そうでーす。ノエルくんはぐっすり睡眠中なんで」
女の囁き声。美月でもミヨでもない。もちろんアリスでもない。
「こんばんは、シュータくん。覚えてる?」
顔を至近距離に近付けてくる。ルリだ。ルリが、どうして俺の部屋に、しかもベッドの上にいるんだよ⁉
「ベッドの上、というよりシュータくんの上だけどねー」
目が暗さに慣れてきた。制服のルリが仰向けに寝た俺の腹の上に跨っている。
「ルリは、卓越したスパイスキルでこの部屋に侵入したのです、えっへん」
二つに結った髪が揺れる。俺は恐ろしさに愕然とした。コイツは部屋にこっそり侵入して来ている。寝込みを襲ってナイフで胸を突き穿つ、なんてことも可能だったんじゃないか。
「安心して。殺したりはしない。すこーし可愛がるだけだから」
ルリは俺にもたれ掛かって来る。重いって。
「女の子に重いなんて言うとか、死にたいんですか?」
殺すのか殺さないのかどっちだよ。ってか、俺が大声で助けを呼んだり、暴れたりしたらどうするつもりだ。
「じゃあ、助けを呼んで暴れ回ってください。どうぞ、ほーら」
ルリは俺の耳に吐息を吹きかけてくる。「ノエル!」と叫ぼうとしたが、口が動かせなかった。ならばと手足を動かそうと思ったが、それもムリ。
「はい、残念賞。ルリにとって不利な行動は取れないようにしてあるので、できませんでしたね」
ルリは俺の首元に抱き付いてきた。動けないだけなんだ、ゴメン美月。
「なんか、今他の女のこと考えた? 女の子はそういうの敏感に察すからね」
ルリは右手で俺の頬をつねってくる。痛いのは痛い。体の感覚はしっかりある。
「シュータくんの体に何が起こったか気になる? 知りたいでしょ? そうじゃないとシュータくんはルリの奴隷人形になっちゃうもんね」
恐ろしいこと言うな。奴隷なんか百年以上前から人権違反の言葉だぞ。
「えー、だって主の女の言うことしか聞けなくなるとか、奴隷以外の何でもないし」
ルリの人差し指が俺の唇をなぞっていく。くそ、動けない。
「一応伝言があるので言います。一生覚めない夢に落とすって」
誰からの伝言だ、それは。聞くまでもなく美月を狙う未来人だろう。大人しく投降しろってか? 阿保らしい。俺たちを舐めるなよ。とは言うものの、体が動かず本当に大人しくされてしまった。奴隷なんて屈辱的だ。
「じゃあ、『ルリが一番カワイイです』って言って。クップクしたら何が起きているか教えるよ」
こいつはさっきから何がしたいんだ? SMプレイみたいなことを強要してきやがった。それとも白雪姫に出てくる魔女か?
「ルリ、が……いち、ばんかわいい、です」
口が勝手に動いた。頑張って抵抗したんだが抵抗は虚しいものとなった。言わずもがな、俺的に人類一の可愛さを誇るのは竹本美月その人である。
「偉い、偉い。よく言えましたねー。じゃあ教えてあげる。ルリの保有する力は一種の催眠術のおクスリです。組織から特別に付与されて、ルリの体内コンピューターに格納された機能で、目を見て暗示をした人間は素直にルリの言うことを聞くようになる。実は、お昼頃にもルリは遊園地のキャストのフリをしてシュータくん一行に近付いていたの。でも皆にはルリの顔を忘れてもらったり、ルリと会ったこと自体を忘れさせたりした。そういう便利な機能を持っているワケ」
待て。敵の俺が言うことじゃないが、手の内を簡単に明かしてもいいのかよ。あと頭をナデナデするな気持ち悪い。
「言うまでもなく交換条件があるので、これくらいの情報は出し惜しみません。そ・れ・にルリはシュータくんの敵ではないから」
何言ってやがる。美月に意地悪を言う輩は問答無用で俺の敵だ。それにお前はアリスを連れ去った。誘拐犯が味方であるはずがない。もしかするとアリスも催眠術で連れて行かれたのかもな。
「ルリは美月の敵だけど、シュータくんやみよりんやノエルくんまで敵だと思ってないから。利害が一致すれば仲間だし、そうじゃなければ敵。ここは分けて考えてくださいね」
少しだけ真面目トーンが入った。だが俺は個人的にお前のことはいけ好かない。
「嫌いでもいいよ。でも、その子の個人の性格と役割は別物だってちゃんと覚えておいて。美月がどんなに優しくて優等生でも、彼女の仕事はシュータくんの思うものじゃないこともある」
それはわかるけどさ。執拗にくっ付くな、退けよ。そんなにピッタリくっ付かれると、お前の、なんて言うか、色々な圧をすごく感じる。




