八.わびつる心地笑い栄えて
俺は前を歩くアリスを追い掛けた。ポケットに冷たい手を入れて景色を見ている。アリスの目当てだという城は、プロジェクションマッピングが施されていた。魔女の城らしいそれには、魔法を模した映像やキャラクターのアニメーションが投影されている。
「キレイだなー。ずっと見ていたいね」
橋に通り掛かったところで、アリスは止まった。橋の欄干に寄り掛かって城を眺めている。瞳には、赤や青、黄色など様々な光が反射している。
「今日が終わっちゃうね。帰りたくないな」
俺はアリスの隣に立った。何て声を掛けたものかな。
「さっきのことだけど、シュータくんはどうしたいの? 気を遣わなくていいから、実際にどういう選択肢を取りたいのか言ってみて」
「本人の前で言えないよ。今だって迷ってるのに」
アリスはくすっと笑う。
「最後まで言われないで不意討ちされる方が嫌だよ」
「それはそうだが。なぜ俺なんだよ。呼び出したのもさ」
「それは、わかってるのかと思った。本当にわかってないなら、シュータくんも鈍いね」
そうか? アリスはこんなときでも楽しそうだ。
「実代は私のことを何が何でも守ろうとするじゃん。美月ちゃんはこれを仕事としてこなしている感がある。ノエルくんは優しすぎて正直に話してくれない。だからシュータくんに訊いたの。シュータくんは優しいけど、きっと間違った判断はしない。私はシュータくんのことを信頼してるからね。坂元ちゃんに傷付けられた実代を言葉で助けてあげていた。美月ちゃんが石島くんにやられたときは、ちゃんと怒っていた。こっちの時間に来てから、私のことをよく気に掛けてくれたよね。だからシュータくんの決断を尊重する」
買い被りすぎだ。俺には判断できない。命のことなんて。
「私を殺せば万事解決なんでしょ? なら、そうしちゃえばどうなの?」
それは違う。
「違う……の?」
「もしどういう決断をするにしても、簡単だからという理由で選んだりはしない。俺は最善の答えを探すから、アリスが悲しんで終わるだけの結末にはしないつもりだ。アリスと一緒にいて気付いたんだ。アリスとの記憶が無くても、まるで昔からこうして仲良くやってきた仲間みたいだなって。絶対にアリスを踏みにじるようなことはしたくない」
アリスはいつの間にか泣いていた。涙を流しながら笑っている。
「うん、ありがとね。本当は、どうしても死にたくないんだ。実代やシュータくんとまだまだ楽しい思い出を作りたい。なんで私が、死なないといけないんだろう」
腕時計を見ると、今は午後九時。時間が無いな。
「アリスは俺が守る。根拠は無いけど、アリスだって大切な仲間なんだ」
アリスは城を眺めながら頷いた。嘘を言って慰めたって仕方ない。他の方法を考えないと。二日後にはタイムリミットが来る。
「あーあ。終わった。帰りたくない」
プロジェクションマッピングが終わって、辺りは一気に静かになった。今日も終わりか。
「ちょっと雰囲気ぶち壊しなんだけど、お手洗い行って来るね。待ってて」
アリスは髪留めを着け直してそう言うと、この場から離れた。俺は「待ってる」と言って見送った。周りの客は帰宅のために出入口の方に歩いて行く人が多い。逆に空いたアトラクションに駆け込む人もいた。すると俺の前に女性の清掃員が来た。こういう所の清掃バイトって時給が高いのかなと思っていると、
「はーい、残念♪」
清掃員に面と向かってそう言われた。おかしい。空耳じゃない。この清掃員の顔も、どこかで見たことがある。でも記憶に霞が掛かったようで上手く思い出せない。気味の悪い感覚だ。
「あの、何が言いたいんですか?」
清掃員に向かって言う。その人は俺よりも背の低い、サンバイザーを被った女性。見たことあるはず。でも、どこで見たんだったか。
「そこを動かない方がいいですよ」
俺は清掃員を追い掛けようとした。が、アリスのこともあるし追い掛けるのをやめようと思った。何だったんだ。それから、三十分待ってもアリスは戻って来なかった。




