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みらいひめ  作者: 日野
二章/庫持篇 アリス・イン・ワンダーランド
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七.わが袂今日乾ければ(6)

「うわあ。死ぬかと思った。心臓何回か止まったよ」


 アリスからあまり聞きたくない科白が出た。二人でお化け屋敷を出た後である。アリスは建物の中で終始俺の腕に縋ったままであった。ちなみにお化け屋敷って絶叫系ではないんだったか。絶叫系はジェットコースターとかフリーフォールみたいなやつだけ? アリスはどう見てもお化け屋敷が苦手そうだったが。


「シュータくんは平気なんだね。普段の三倍頼りに見えたよ」


 俺は常人の怖がり方をしただけだ。アリスは前進すら躊躇うほど怖がっていたからな。俺まで逃げ出すわけにはいかなかった。


「ところでアリス。いつになったら手を放すんだ?」


 アリスは入場からずっと手を握ったままだ。そろそろジェットコースターに乗った三人の所に戻るから、手は離さないとミヨがうるさいぞ。


「ドン・ウォーリー。フェアーズ・ウォーリー。別にバレないって。向こうの姿が見えたら放せばいいよ。よし、出発ね」


 アリスに率いられて、先刻のジェットコースターの前に行く。まあ俺は流れるに任せる性格なんで、付いて行くだけさ。結構長い列に並んでいたし、まだアイツらは満喫中じゃないか。終わったら電話でもしてくるだろ。俺とアリスはキョロキョロしながら歩き回る。


「えー、いないね。人が多すぎて見つからない」

「へえ、そうか。ところでアリス、東の方角を見るといい」


「文系だから東ってどっちかわかんない。それよりこの手汗って私のかな?」


 俺のじゃねえか? 冬なのにアリスと繋いだ方の手だけが熱い。あと文系は関係ないと思うぞ。朝に太陽が昇って来た方角だ。


「えっと、どこだろ……あ!」

 アリスもどうやら気付いたようだ。木陰で俺たちをじっと見ている、美月たちの姿が。


「やべ。見つかっちゃった」

 アリスは慌てて手を引っ込めて、小さく舌を出した。三人の方に行く。


「わりい。俺たちが待たせちまったな」


 俺が丁寧に謝罪したのに、ミヨは鼻先にビシッと指を突き付けてきた。


「シュータ! アンタたち、手を繋いでいたでしょ! 言い逃れできないわよ」


 怒っているのか? やれやれ面倒くせえ。美月は唖然としていて、ノエルはにやにやしながら帽子の角度を気にしている。


「えー、部長さん。手を繋ぐのは違反じゃないって聞いたけど?」

 アリスがミヨにニコッと尋ねる。ミヨは「む」と言って固まった。


「そ、それは、何て言うか、あれよ。駄目なものは駄目で、そうよ! 手を繋ぐのは許可制なの。事前に届け出が出ないことには、許されることじゃないの」


 いつそんな決まりができたんだ。法の不遡及って言葉を知っているか? 事後立法なんか、民主主義の立憲国家じゃ許されることじゃないぜ。


「SF研は部長の一人独裁なの! 立法権も行政権も司法権も私が持っているの。口応えは許さないんだから」


 今時独裁なんて大時代的だなあ。民主主義こそが最も発展が速くて、人権を擁護しやすい、皆がハッピーになれるイデオロギーだってのはもはや常識だろ。その次の段階を人類は模索している時代なんだぜ。ってか、そもそも俺は部員じゃない。


「しょうがないから、今回は執行猶予三兆年。次は問答無用で実刑。罰金刑なんだからね」

「はいよ。次は許可を取って美月と手繋ぎデートするよ」


 そう言うと美月は、はっと弾かれたように顔を上げた。ミヨには油(エタノールかガソリンだろう)を注いでしまったらしい。


「許可がそんな簡単に下りるかしらね!」

 ミヨは「ふん!」と腕組みをした。それはそうと、次は何をするんだ。


「もう昼ですし、遊び疲れましたし、昼食がてら休憩しましょうよ」とノエル。


 俺もそれがいいと思う。皆も異論は無いようで、女子が選んだレストランに行った。六人掛けの席に座って美月が正面。いつも美月が近くの席なのは喜ばしいね。右隣がノエルだ。全員が注文を済ませ、今は待ちの時間。


「早く来ないかしらねー。レストランで料理を待ちわびる時間が一番嫌いなのよ」

 ミヨは頬杖をついて不平不満を漏らす。料理を待つのが嫌なら牛丼でも食ってろ。


「ん、スマホか」

 腰にバイブレーションを感じた。ジーンズのポケットからスマホを出してテーブルの下で見る。ノエルからのメッセージだ。話があるなら直接——?


『アリス先輩の事件に関する情報、訊き出せましたか?』


『忘れていた、スマン』


 すっかり役目なんか忘れてたぜ。チャンスだったのにな。ノエルは、ミヨの話し相手をしながらこのメッセージを送ったらしい。テーブルの下で片手操作なのに正確に打ち込めるなんて、スマホの達人だ。鬼上手いな。これが若さかもしれない。


 顔を上げると美月まで珍しく頬杖をついている。「ふう」と小さく溜息を吐いた。


「美月、気分でも悪いのか?」

 美月がこっちを見る。物憂げな表情は絵になる。


「いえ、何でも。なぜか少しだけもやもやするのです」

 もやもや? 美月お嬢様のお考えはいつも想像が及ばないからな。


「美味しい物食べたら落ち着くだろ。大丈夫さ」


「あと、シュータさんに話し掛けられると、余計イライラします」


 な、イライラ? 死にたくなった。


「シュータ先輩? めっちゃヘコんでるじゃないっすか」

 ノエルはうなだれた俺を笑った。だって美月にイライラするって言われて正常な精神状態を保っていられる野郎なんかいないぜ。どうしてそんなこと言うようになっちゃったんだ。いつから美月はグレたんだよ。


「シュータ、食あたりでもした? あと『グレる』ってグレーになったってことよね?」

 相変わらずツッコミどころが多い。まだ食べてないのに食中毒になるヤツはいないし、グレると灰色には何の関連も無い。今は落ち込むことに専念させろ。


「実代、『グレる』は紅蓮の炎を身にまとったって意味だよ」

 アリスも違う。俺にツッコミを回すんじゃない。


「あの、シュータさん。私、そういうつもりじゃないんです。自分でもよくわからなくて。怒らせちゃったならごめんなさい」


 美月は健気にも謝ってくる。謝ることじゃないですよ。


「いいよ。後でぬいぐるみ買ってプレゼントするから元気になってくれ。美月に、何というか、健やかに育って欲しい親心が過保護だったんだ」


「親心……なぜかまたイライラしました」


 なんで⁉ 乙女心と秋の空ってやつだね。冬だけど。俺たちは昼食を食べ終えて、再び遊びに出て行った。さあ遊ぶぞ、っていう場合じゃないよな。本当に、この中でアリスの事件を真剣に考えつつ遊んでいるやつが何人いることやら。

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