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みらいひめ  作者: 日野
二章/庫持篇 アリス・イン・ワンダーランド
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七.わが袂今日乾ければ(3)

「はは。先輩って本当にわかりやすい人っすよね」

 ノエルは弁当をテーブルに置いた。そしてカーテンを閉めて洗面所を覗きに行った。


「先輩が先にシャワー浴びますか? 俺は後でも先でもいいっす」

 ノエルはベッドに寝転がる俺にそう語りかけた。俺は一つ思い出した。


「着替えが無いな。替えのパンツが無い」


 ノエルが微妙な顔をした。誰でもあまり嬉しくない事実だ。過去に「戻って」滞在するには旅行道具が必要らしい。大きな荷物を持って行こうとしたミヨは正解だったんだな。アリスに男物のパンツを出してくれ、と言ったら出してくれるか。触ったことある物しか出せないんだっけ。どっちにせよ、これもセクハラで訴訟問題だ。


「そういやノエル。どうしてこの場所にしたんだ?」

 ノエルは曖昧な笑顔で応対した。


「意味は無いんですけどね。去年の夏に寝台列車で家族旅行して、そのときに寄ったんです。だから真っ先に思い出して」


 そっか。なかなかいいチョイスだ。綺麗な街だからな。


『おーい、お前ら起きてるよな?』

 テレビが突然点いて、画面に伊部が現れた。その映像、どこにでも映せるんだな。


『ルナの近くの機器ならどこでも投影可能だ。でさ、どうやら女性陣は別部屋らしいから、丁度いいと思って、話をしに来た』


 お前は疲れていたんじゃないのか。ハッタリか?


『いや、疲労で廃人になりそうだ。だが、やるべきことは済ませないといけない。アリスの件を少しでも前進させておかないと』


 それかよ。今日は頭を使いたくないんだが、女子がいる前ではできない話があるんだな。


『どっちでもいいと言えばどっちでもいいんだが。まともに議論できそうなのがいないからさ』

 アリスは未だ正体が完全に把握できていない。ミヨは余計なこと話すし、美月は可愛いが新たな意見を出すことはあまり無い。


「今日の、いや正確には三日後のルリさんが喋ったことの確認っすね?」

『その通りだ、ノエル。ルリはシュータの虚言のおかげでヒントを吐いた』


 虚言? ルリは見た目だけなら美人だったけどな。


「ルリさんに拠れば、アリス先輩の死は『主軸』とのことでしたが」


『悪いが、俺は何が『主軸』なのかの区別はできない。しかしルリが嘘吐きじゃないなら、やはり状況を鑑みても合っていると仮定して話を進めるべきだ』


 確かに事故や雷など強引な手段でアリスは死にそうになった。どうしても世界はアリスを殺したいらしい。


「しかし、俺たちがアリス先輩を殺してしまえば解決ということでも無さそうっすね」

『そうなんだよ。ルリの発言を覚えているか?』


 俺は記憶を呼び覚ます。ルリは、


 ——でも、アリスちゃんがいないと、四月以降に起きたサカモトやイシジマの事件は解決できないはず。それはあなたたちがよく知っているでしょ?


 と言っていた。坂元と石島の事件の解決にはアリスが必要だった?


『わからん。俺たちはクラモチがどう活躍したのか知らないからな。そこでシュータに頼みがあるんだが』

 聞いてやるよ。お前には陰の努力を担わせているからな。


『クラモチの事件での役割を、できれば具体的に訊き出して欲しい。これはシュータ以外の人間には不可能だ』


 そうかな。まあ思い出話を訊き出すと思えば簡単だろう。


「そして、もしそうであればコレは矛盾ですね。俺たちは前に進めないことになる」

 ノエルが俺の前を通過して隣のベッドに座った。顎を押さえて考えている。


「なんで矛盾になるんだ?」


「先輩も今の話を組み合せてみてください。アリス先輩は二月に死ぬ。しかし四月の坂元先輩の事件、五月の石島先輩の事件を解決するのに必要。わかるでしょう?」


 アリスが二月で死んだら、今の俺たちは事件を解決できないはず。しかしアリスが死んでなければ二月以降に時間が進まない。五月の俺たちが存在しているはずがないってことか。


「この矛盾は解決できそうにないですね。できているなら、こういうことが言えます。『アリス先輩は二月で一旦死んだが、五月まで生き続けてもいた』」


 ドッペルゲンガーでもいたんじゃないか? だが記憶のブレが気掛かりだ。今同行しているアリスは死んでいない。つまり二月を生き延びたアリスだ。それか蘇ったゾンビとか。


「記憶問題も解決できていないですね。未来の自分が記憶を書き換えたのはなぜか。確認っすけど、伊部さんの技術を用いれば世界中の人間の記憶は書き換えられますか?」


 伊部はうつらうつらしていたが、はっと気付いて頷いた。


『ああ。ちょっと面倒だが、大きい出来事じゃなければ記憶の上書きはできる。アリスの死の書き換えなら難無くできるな』


 記憶の書き換えの犯人は俺たちで決まりだろ。問題はなぜそうする必要があったのか。その書き換えをしたのは未来の俺たち、「正史」の俺たちだが、その思考は未だ読めない。


「恐らくこの事件の解決に成功したのでしょうね。俺たちが正しい歴史を歩んでゆけば、たぶん今の俺たちも過去の自分の記憶を消すことになる」


 正しい歴史を歩めたらな。でも今はどうにも理屈が掴めない。話が見えてこない。


『とりあえず、あと二日は残したんだ。ゆっくりやろう。シュータはまずさっき言った、アリスの事件の記憶を探ってくれ。情報が集まっていけば方策が見つかるかもしれない』


 伊部の言う通りだ。焦らなくても未来の俺たちは確実に正解にたどり着いたんだ。同じ頭を使っているんだから自然と正解に向かって行けるだろう。それとも既に道を誤ったか? だとしたら、再び元の道に復帰しに努力するだけだ。


「俺としては、岡野ルリとかいう謎の未来人の話も聞きたいっすけど、伊部さんは嫌がるかな」


 ノエルはテレビの伊部に向けて口角を上げて見せた。未来人の総意でお前らは実験をしているわけではなさそうだとは思った。


『いや、俺はよく知らない。アイツは独断専行だろ。テロリストみたいなもんさ。お前らの時代にも政府や行政みたいな統括組織に歯向かう物好きがいるだろ?』


 生徒会に食ってかかるミヨとかな。


「一つ聞きたいんだが、未来人は全員美人なのか?」


『シュータらしい質問だな。高度な美容整形技術はある。しかし生まれる前の人の顔をイジることは倫理的に違法だ。ちなみに美月は小さい頃から知っているが、整形しないであの顔だよ』


 涙が出るほど嬉しい。いや、ナチュラルに育ってあのクオリティは怖い気もする。


『ま、ルリに関しては俺も調べておく。今日は飯食って寝ろ。歯磨きもな』

 俺たちは子供かっての。そうさせてもらうけどな。せっかくふかふかのベッドに寝られるんだし。伊部の画面はそこで消えて、ノエルと俺だけになる。ノエルは肩をすくめる。


「俺、テーマパークのストアでお土産用のパンツ買って来ますよ。二人分ね」

「派手じゃないヤツ頼むぜ」


 ノエルは鍵を持ってパシリに行った。頼れる後輩くんっぷりだ。その日は早く寝た。お決まりの、美月と夜中にバッタリみたいなイベントは無くてガッカリだ。なんてね。

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