六.命死なばいかがはせむ(5)
「どなたです? 私は貴方を知りません」
真剣な美月がルリを睨んでいる。未来人っていうのは嘘っぱちか?
「いいえ。ルリは竹本美月を知っている。そっちがルリを知らなくても、ルリたちはそっちを覚えているんだもん。上の指令で美月を名乗る人物の実験を停止しに来ました」
んなことあるか。美月の実験ってのは、タイムマシンが無い時代へ向けて時間を「戻る」ことだよな。それを止めに来たのか?
「証拠はありますか。私はその行政組織が主導の実験計画に則って仕事をしています。問題があると?」
美月がいつになくシリアスだ。俺は話に付いていけない。
「アリアリのアリ。公園にいる黒い蟻くらいアリ」
まあ、あれはアリ以外の何者でもないな。
「一回チャンスをあげるわ。てゆうか、警告。竹本美月、即刻この実験を中止して投降しなさい。一緒におうちに帰りましょう。自分の非はわかっているでしょ?」
ルリはにこやかに言うが、美月の表情は変わらない。
「いいえ。私の行動に問題はありません。そう伝えてください。私はこのまま実験を続けます。これは私の意志です。それだけ」
ルリはその返答に不満らしい。お互いが公権力の味方ですと主張しているけど、話が見えてこないな。
「シュータさん、この方は恐らく未来人で間違いありません。私を知っている。この方は私にとって敵。実験を阻害するのが目的です。このルリという方を信じるなら敵対でもします?」
美月は俺に微笑みかけた。まさか敵対なんて。俺は美月の味方だよ。
「えー。美月を信じるの? やっぱり顔で得してるよね。ルリも美容整形しよっかなー」
「私は整形していませんから!」
美月が珍しくムキになる。未来の技術は知らないが、整形してこんな顔になれるなら皆がしているだろう、というくらい美月は美人だから、整形なんかしてないと思う。
「というか、どうしてこの時間軸に貴方が侵入できたんです?」と美月。
「敵と言われて教える義理は無いんですケド。でも、一つ考えられるのは、時間を『戻る』際に作った複製が脆かったからかな? 急造のシステムで飛ばしたりなんかするから、ルリが入り込む穴があったんじゃない? 穴があったら入りたい的にルリは来たわけ」
こいつは日本語を知らないな。
「で、す、が。ルリの今回の任務は、美月を捕らえることじゃないので」
ミヨはいつの間にかハンバーガーを食べきっていた。アリスはポテトを。興味持て。
「ルリの目的は、時間の流れを正常にすること。つまり、アリスちゃんを殺します」
ルリは胸ポケットからボールペン? を出してアリスに向ける。
「やめなさい!」
美月は大声を上げて、ボールペンを掴むルリの手を押さえた。ノエルがペンを取り上げる。
「わーん、ヒドい! 美月の乱暴」
ルリが腕を振り切って一歩退く。何が起きた? そのペンは何だ?
「これは銃っすかね」とノエル。
美月は頷いた。アリスもミヨも俺もよく理解できない。ジュウ?
「ピストルです。ここのノックする部分がトリガーで、弾が出るんですね? それにしても細いな」
ノエルはペンをあらゆる方向から眺めている。未来ではそんな危険な物が出回っているのだろうか。それでアリスを殺そうとしたってのか?
「いえ。未来で武器は提供されません。独自に作ったのでしょう。武器の製造と携帯は、刑法違反です」
ルリは「合法だもん」と口をとんがらせている。こいつ、美月に乱暴と言ったわりに、自分は銃を向けたのかよ。
「で、何の真似です? アリスさんを殺害するなんて」と美月。
当のアリスは意味がわからず、殺されると言われてもイマイチ危機感が無い。
「いいですか。時間を正常に進めるには、アリスちゃんが一人死なないといけない。これこそが『主軸』なの。これが起きないことには、世界の秩序が崩壊して一巻の終わり。ルリもあなたたちも全員帰れなくなる。困るでしょ? ルリも困っちゃう」
アリスの死がやはり必須条件か。それでもアリスは殺したくない。
「アリスちゃんを守ると、皆死んじゃうんですよー。上はそれでもイイかもしれないけど、ルリは死にたくないんだ。ノエルくんもそう思わない?」
ノエルは肩をすくめて、やれやれのジェスチャーをした。
「俺には判断材料が無いっす。ですが、アリス先輩を見捨てたりはしない」
「ええ⁉ アリスちゃんの味方なの? やだ嫉妬しちゃいますー」
ルリはノエルの手を握る。ちなみにボールペンはノエルが反対の手で握っている。
「ルリさん、でしたっけ? その話の信憑性はどれくらいありますか?」
美月がルリに尋ねる。ルリはシカト。
「おい、ルリ。てめえの話はよく理解できんが、俺たちが敵の話を素直に聞くと思うか?」
「ふん。シュータくんは美月の味方ばっかりするから知ーらない! ルリのこと『カワイイ』って言うなら、ヒントあげる。『敵の味方は敵』って言葉があるけど、ルリは心が広いのです。まだシュータくんにも寝返るチャンスはあるしね」
清楚系美少女の美月から、頭の悪いギャルっ子のルリなんかに寝返ったりするかよ。
「ま、カワイイとは思うぜ。性格どうこうは放っておいても」
俺がそう言うと美月から冷たい視線を浴び、ミヨに足を踏まれた。
「えー、甚だ意外だな。まさかシュータくんまで落としてしまうとは。ルリの美貌も捨てたものじゃないわ……」
ルリは自分に感心していた。男はこういうお世辞が上手くないと、女性と付き合っていけないんだぜ、ノエル。いいから早く教えろ。
「はーい。アリスちゃんが死なないとこの時間軸はすぐ崩壊する。
でも、アリスちゃんがいないと、四月以降に起きたサカモトやイシジマの事件は解決できないはず。それはあなたたちがよく知っているでしょ? つまり、アリスちゃんを殺さないと、ここの時間軸は崩壊するけど、殺すとあなたたちの時間軸が崩壊するの。
さてどうしましょうか。もちろん過去が無ければ今も無い。今が無くなると、あなたたちが過去に行けるはずが無い」
後半がよく理解できない。最初の方はわかる。アリスが死ぬのは「主軸」だから避けられない。で、アリスがいないと四月以降の事件が解決できない? 事実かどうかは別にして、日本語としてはわかる。
「それは自分たちで判断アーンド解決してねってことで。じゃ、即決してもらわないと困るなあ。もう事件発生時刻からだいぶ経っちゃってる。世界が終わるよ」
ルリは試すような目で俺を見る。俺は判断できないから、美月とミヨを眺めた。美月が割り切ったように話し出す。
「どうやらルリさんの言う通りですね。警報が鳴っています。もうじき秩序が壊れてここの世界がフリーズします」
マジか。俺たちは帰れなくなる。
「ですが、ここで易々とアリスさんを殺害してしまうことはできない。時間が欲しいですから、もう少し前の時間軸に『戻り』ます。シュータさんもそれでいいですね?」
また「戻る」のか。「遡る」だけじゃ数十分しかしか余裕が持てない。仕方ないよな。シンキングタイムが欲しい。それにこの時間軸はルリに侵入されてしまっている。
「ミヨやノエルにも異論が無いならそうしよう」
ミヨもノエルも特に反論しない。アリスはとうとうハンバーガーに手を付け始めた。伊部にはまた負担掛けるけど頼むよ。「戻ろう」。
「待って。時間遡行を前提に話してるけどさ、あなたたちが他の時間軸に行ってしまうと、追い掛けるルリが大変なんですよー。侵入するのにも手間と時間が掛かるの」
お前の事情は知らねえよ。じゃあ美月、お願いする。
「あ、時間ないので——」
美月の合図が無いまま視界が暗くなって、浮遊感がした。心の準備とポテトがまだなんだ。もう少し待ってくれ。うわ、気持ち悪い。吐きそう。




