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みらいひめ  作者: 日野
二章/庫持篇 アリス・イン・ワンダーランド
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六.命死なばいかがはせむ(3)

「ここですよね。いつもと同じ通学路ですが」

 美月は通りに面したファストフード店の駐車場でそう呟いた。俺たち五人はここで事故に遭うはず? のアリスを待機する。アリスが言うには、この日も普通に帰宅したらしい。


 俺はと言うと、バレンタインデー四日前のこの日、特にイベント事も無く過ごしたと記憶している。片瀬と廊下でぶつかって殴られたのは覚えてるな。昼飯はパンだったような。


「みよりん先輩はこのときどこにいたんですか?」

「私は学校に残っていたわよ」


 じゃあこの時代のアリスは一人で歩いて来るんだな。で、事故に遭いそうになったら、俺たちは助けるのか否か。そもそも俺たちの記憶が正しければアリスは事故に遭うわけだが、アリスの記憶が正しいのなら事故は起きないのではないか、と頭を悩ませる俺である。


「俺は、助けられるなら助けるべきだと思います。見殺しにする理由は無いっすから」

 ノエルは助ける派か。まあ皆そうだよな。


「我が身が可愛いので、どうか助けてください」

 アリスが俺たちに拝む。もちろんそうなりゃ助けるって。


「そうよー。アリスはカワイイもんね!」

 ミヨがアリスに正面から抱き付く。いいな。


「では、私たちも抱き合いますか? 温め合いましょう」

 美月が俺にそう言った。え、ハニトラ? 天然? 是非お願いします。


「駄目よ、シュータ。えっと、SF研の、あれよ、規律違反よ。公序良俗に反する行為の禁止に抵触するわ。男女の接触は、手を繋ぐくらいしか許さないんだから」


 俺の広げた腕をミヨが払う。俺はまだアリスにくっ付くミヨを睨んだ。そも俺と美月はSF研部員じゃない。


「あの、私は、冗談のつもりで言ったのですけど……」

 非常に言いづらそうに美月が笑っている。冗談なのは知ってる。


「あの、そうこうするうちに、歩道を歩くアリス先輩が……」

 ノエルが俺たちの間に割って入って来た。全員で道路の方を振り向く。冬は日が沈むのが早い。四時十分だが、薄暗かった。アリスと思われる少女は制服の上にコートを羽織り、マフラーも手袋もしていた。そのままファストフード店の前を通過して行く。俺たちはバレないように後方から尾行しようと決めた。


「うわ、私だ。ドッペルゲンガーじゃん」


 過去の自分と対面しているんだから、まさにアリスのドッペルゲンガーだろう。


「今のところ、異常は無さそうですが」

 美月は駐車場の入り口から怪しい視線を送っている。そこまで執拗に物陰に隠れなくてもいいのに。アリスは交差点で歩行者用信号が青になるのを待っている。


「青になったら俺たちも渡ろう」

 そう言うと、皆が無言で頷いた。どうせ聞こえないんだから声出せよ。信号が赤から青に変わる。そしてアリスは歩き始めた。って——状況を整理する前に轢かれた。


「もっちー!」

 ミヨが駆けだす。信号無視で事故を起こすトラックって性質悪いな。


「美月、頼むぜ」

「は、はい。時間を『遡り』ましょう」

 アリスは唖然としている。——瞬き。


 今度は確実に事故を止めねばならない。俺と美月は、福岡が事故に遭いそうなのを一度止めたことがある。福岡の事故は時代の「主軸」らしかったので、俺は自分で小さな事故を起こすという詭弁でこの難局を乗り越えた。


「此度、私たちがわざわざ呼び寄せられたのは、この事件が避けられないからではないでしょうか。アリスさんの事故が『主軸』だと」


 ここはさっきの駐車場。美月が(いつもだけど)真面目な面持ちで言う。俺もそうかもしれないと考えている。未来の俺たちはこれを見せたかったんだろ? 俺たちがこれを見て救助以外の選択肢を採るわけが無い。そして、俺は簡単な仕事を任せられた試しが無い。以上のことから帰結するところは、この「主軸」を捻じ曲げろって話だ。


「じゃあ、先輩は普通にアリス先輩を助けようと思ってもできないと考えていますか?」


「もちろんだ。だが、一回試してみたらどうだ? 次はノエルが助けてみる」


「まあ、そうよね。ノエルくんなら二次事故が発生しても逃げられる。ノエルくん、大役を任じたわよ!」


 ミヨにビシッと人差し指を突き付けられて、ノエルは勢い良く敬礼した。アホ。ここはファストフード店の駐車場の隅っこだぞ。高校生が大声で騒いで恥ずかしくないのか。


「アリス、大丈夫か?」

 俺は少し静かになったアリスに声を掛ける。自分が死ぬ瞬間なんて見たくないよな。


「ゴメン。大丈夫」

 アリスは笑っていたが、俺には大丈夫に見えなかった。


「アリス、事故に遭うことを、略して何て言うか知ってる?」

「どうゆーこと?」


「『事故る』っていうじゃん」

「ああ。そうだね」


「美月は『事故る』を知らないのが恥ずかしくて、時間を『遡った』ことがあるんだ」

「ちょっ、シュータさん、それは忘れてください!」


 美月が俺たちの間に飛び込んで来た。アリスは美月の背後で笑っている。良かった。


「シュータくん、ありがと」

 う。そんなこと言われたら、ハズいだろ。




「来たわよ。もう保護しちゃう?」

 ミヨが指差す先には、制服のアリス。保護は後回しで一緒に横断歩道を渡ってみるのはどうだ? ノエルなら瞬時に避けられるわけだし。


「じゃあ俺が行って来ます。先輩方は巻き添えを食らわないようここにいらしてください」


 ノエルはアリスの背中を追い掛ける。颯爽と行くフットワーク軽い感じがイケメンだよな。俺たちは後方でノエルを見守る。ノエルはアリスの隣で信号を待っていた。ノエルの方がアリスより若干背が低いのが残念だな。


 信号が青に変わる。制服のアリスが歩き出そうとするのを、ノエルは右手で制して一言声を掛けた。アリスは驚いてノエルと顔を見合わせている。すると、信号無視のトラックが目の前を通過して行った。


「あれ? イージーに回避できちゃったわよ」

 ミヨが素っ頓狂な声を出す。そうだな。こんな簡単にいくわけないよな。


「違います。前方です」


 美月が緊迫感ある声を出す。トラックが信号無視をして通過したため、直進車がコントロールを乱し、ノエルと制服のアリスの方に向かう。そしてノエルはアリスの肩を引き寄せて消えた。瞬間移動だ。この時期のアリスに能力を見られたのはマズイ気もするが、今はそういう状況じゃない。


 ノエルは俺たちの後ろに移動した。アリスは目を閉じてノエルにしがみ付いている。


「わ、あんな感じで助けられたら好きになっちゃいそう」

 私服のアリスがそう呟いた。そうかい。まあ俺もアリスの立場だったらそうかもしれない。


「で、上手くいったのかしら?」

 ミヨは疑問符を浮かべる。あれでいいなら簡単だな。しかし突如として空が暗くなる。大粒の雨が一滴、顔に垂れてきた。雨か?


「この日、雨なんか降ったっけ?」とミヨ。

 俺の記憶ではノー。この時間帯に俺がどこにいたかは不鮮明だが、たぶん降っていなかったはず。傘持っている人いますかー。


「はい、どうぞ」


 私服のアリスがビニール傘を手の平から出す。おお、そうだった。この子の能力があれば忘れ物なんか無いな。皆に傘を手渡した。そして「ノエルくんにも渡して」とアリスが言う。アリス本人が持って行くわけにはいかないから、俺が傘を持って駆け出したところ、


 視界に強烈な光。同時にパンッという鼓膜を破壊するような音がした。しばらく俺は目を開けられず、耳も遠い。


 しゃがみ込んでいると、ミヨが駆け付けてくれたのか肩を持って「シュータ!」と声を掛けてくれている。やっと目が開けられたときには、ミヨが傘を美月に差してもらいながら俺を支えていた。気付いたら豪雨になっている。


「アンタは平気よね、怪我してないわよね!」

「ああ、ビックリしただけ。閃光弾でも食らったか?」


 凄まじい光と音。何が起きたんだ? 今も耳鳴りがしている。

「違うわ。失敗よ。美月、お願いね」


 俺が正面のノエルを見ると、アリスを抱えて黒焦げになっていた。空ではゴロゴロとした音が鳴っている。雷が直撃したってことか。——瞬き。

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