六.命死なばいかがはせむ(2)
「シュータくん。起きてって」
目を覚ますと、俺はアリスの膝の上で横たわっていた。アリスの顔が真上に見える。アリスは照れながら苦笑していた。
「え、すまない!」
慌てて上半身を起こしたが、頭がくらくらして上手く座れない。気持ちわりー。というか、ここ地面なんだけど。俺は冷えた土の上に頭の後ろに手をやって寝転がった。
「アリス、どういう状況だ?」
「ここは高校の近くの神社の裏手らしいね。私が起きたときには、ノエルくんだけが起きてた。皆、気を失っちゃったみたいだね」
マズいんじゃないのか、それ。高校生五人が神社(桜と竹のある例の神社だ)で倒れていたら。でも幸い誰かには見つかっていないようだ。よく見ると、遠くでミヨと美月は建物に寄り掛かってスヤスヤしている。ノエルは二人を監視していた。
「で、さっきの俺はどうしたんだ?」
「気付いたときにはシュータくんが覆い被さってたからさ、振り落とすのも申し訳なくてそのままにしてたの。三分くらいだけどね」
「ゴメン。重かったよな。尻も冷たいだろ」
アリスは「いいよ」と言って立ち上がった。どうやら本当に今年の二月に「戻った」ようで、地面が凍るように冷たい。外気も、冬ってこんなに寒かったか? というほど寒い。
「今は朝か、夕方か? 少し暗いけど」
「電波時計に拠ると、午後三時だね」
アリスは腕時計を確認した。なるほど。事件発生まであと一時間ってところかな。流石に体が冷えそうなので、俺も立ち上がった。
「移動しないといけないな。あの二人も起こして」
「いや、あの二人はもう目覚めることは無いと思う」
え。どういうことだよ。アリスは髪留めを触りながら、俯いている。まさか。
「嘘だよー。そんな訳ないじゃん」と笑顔で言う。
「俺は信じちゃったぞ。伊部が上手くできなかったのかと思ったじゃねえか」
変な冗談はやめろよ。俺は今も緊張しているんだから。アリスはクスクスと楽しそうにしていた。リラックスしているのはいいことだ。近くに行って、美月の顔を覗く。美月は、眠り姫が悪夢を見るくらい嫉妬しそうな麗しき寝顔を晒していた。白い吐息が漏れている。
「あったかい飲み物ないかな。そこに自販機あっただろ」
俺がノエルを見てそう言うが、ノエルは手の平を差し出した。くそ。
「ほら、これで美月とミヨ……とアリスとお前の分も買って来い!」
俺は財布ごとノエルに渡してやった。ノエルは嬉々としながら「オッケーっす」とパシリに歩いて行った。アリスは「どうもすみませんねー」とニコニコしながら俺を見守っている。別に飲み物を奢るくらい俺はいいよ。
「ホント、美月ちゃんに甘いなー。シュータくんは」
しゃがんだアリスは、ミヨにマフラーを掛けた。俺は生憎、美月を温めてやる手段が無い。
「抱き締めてあげればいいじゃん」
「ダメだろ、そんなことしたら」
「美月ちゃんは喜ぶかもよ」
いくら温めるためとはいえ、なんで美月が喜ぶんだよ。
「なんでって、そんなの……。ま、私は見なかったことにしてもいいから」
アリスは目を覆うジェスチャーをした。そして前髪を触って笑う。信用ならないやつだ。
「先輩、買って来ましたよー」
ノエルは手にペットボトルと缶を抱えて来た。紅茶が三本、缶コーヒー二本。
「アリス先輩と女子の先輩方は紅茶でいいっすか?」
「いいよー。ノエルくん、ありがとう」
アリスが感謝の言葉を述べて受け取る。それは俺の金で買ったものなんだがな。
「シュータ先輩と俺はコーヒーっす」
俺は缶コーヒーを受け取った。勝手に俺の分まで買って来るなよ。と思ったけど体が冷えていたから好都合。デキるって言うか、気が利く後輩くんだ。
俺が飲むよりも前に美月を温めてやらないといけないな。俺は紅茶を持って、美月の手に持たせる。指先が冷たいじゃないか。可哀想に。
「ん、んー。何ですか。シュータさん、ウーニーは好きですよ」
美月の寝言? 寝ぼけてるのか。なんて可愛いんだ。それに俺の名前を……涙が出るぜ。
「んは! え、え。何ですか、何処ですか、何時ですか、誰ですか?」
急に意識を取り戻した美月は混乱してそう叫んだ。4Wを使って状況を把握しようと努めたらしいが、間近にある俺の顔を見て固まった。
「シュータさん! どど、どういう状況でしたっけ」
「落ち着いて、美月ちゃん」とアリス。
美月は俺の肩を揺さぶった。顔が近くて緊張するんだけど。あのハグ以来の距離感だ。
「時間を『戻って』、今は当日の夕方三時。ここは学校の近くの神社っす。皆、最初は意識を失って倒れていました」
ノエルが簡潔に説明する。美月は「はあ」と言って頷いた。じきに理解できるだろ。
「騒がしいわね。起きちゃったわよ」
ミヨは案外寝起きが良かった。目を擦っている。そして手元にある紅茶を飲んだ。
「温かくて美味しいわね。この紅茶」
「それは俺の金だ。感謝してくれ」
ミヨは「どうもー」と言った。もっと真剣に。
「シュータさん、ありがとうございます。カイロ代わりにします」
美月はいつも礼儀正しくていいね。将来成功するよ。
「あ、言い忘れてた。ありがと。美味しいよ」
アリス……。こめかみの辺りを触って苦笑していた。美味しいならいいんだが。
「シュータ、時間的に早くしないとマズいんじゃない?」
ミヨの言う通り。学校前の大通りだったな。じゃあ行くか。




