六.命死なばいかがはせむ
かくして、俺たちは今年の二月に戻ることに決まったのだが、その週の土曜日にはミヨ宅に集合ということになった。アリスにも事情を説明して、同行することになった。
俺は、スマホと充電器と財布と定期と学生証だけをバッグに入れて家を出た。駅前のコンビニで、サラダチキンとサンドイッチとカレーパン、パックのカフェオレを買って、電車に乗った。時刻は昼前。十時過ぎだ。
そして高校のある駅で下車。いつもとは違う方向に逸れて歩いて行き、住宅街の奥に入る。やがて見えてくる洋風の家が蘭邸だ。
家の門のチャイムを押すと、すぐに返事があって玄関から美月が登場。今日は白ニット? で、相変わらず可愛いね。俺はいつもファストファッションしか選ばない典型的な現代人である。半袖ジャケットとデニム。
「よう、おはよう」
「おはようございます。どうぞお入りくださいね」
美月に先導されて門の内に入り、家にお邪魔する。リビングにはアリスがいた。
「あら、シュータくん。どうもー」
アリスはダイニングテーブルの席に座っていた。アリスも私服だ。ロングスカートにコート?
「待て。どうして皆、厚着しているんだ?」
「シュータさん。今から冬に行くんですよ。気温が一桁台です」
んな、そうだった! やらかした。半袖だぞ。
「あはは。シュータくんおバカだね」
俺はうなだれてアリスの正面の席に座った。美月は俺の隣に座る。
「ノエルくんが来たらおうちに戻って着替えましょう。冬服ですよ」
ありがとう美月。ニットがよく似合っている。
「ってか、ノエルとミヨはどこだ? まだ来ていないのか」
集合時間にはあと30分ある。ノエルは来ていなくてもいいが、ここはミヨの家だろう? 二階とかにいるのか。
「実代は、自分の部屋でおめかし中だよ。シュータくんが早く来すぎたから、慌ててた」
アリスはニヤニヤ笑っていた。なぜ慌てる必要があるのかわからなかったが、いるならいいや。俺はコンビニで買ったものをバッグからテーブルに出す。
「ご飯? 朝食べてないの?」とアリスが訊く。
「そうだよ。朝と昼を兼用と思って」
サンドイッチとサラダチキンとカレーパン、カフェオレを並べる。すると美月が、
「あら、私たちの分まで買って来てくれたんですか?」
と驚く。いや、全部俺の分なんだが。と思ったけどいいや。
「そう。サンドイッチ食べなよ。一切れずつ」
「ありがとうございます、いただきます!」
三切れ入っているからな。美月は満面の笑みで手に取る。寿司でも買って来れば良かった。アリスは遠慮がちに俺を見た。
「いいの? 貰っちゃって」
「ああ。食べたかったら食べなよ」
アリスは「ごめん」と言って食べ始めた。俺はカフェオレにストローを挿して飲み、テーブルの奥にどかした。サラダチキンを引き寄せて袋を剥いて食べ出す。
「あのさ、他に忘れ物してないかな? 俺、何にも持って来てないんだけど」
「私も特に持ち物無いかなー。美月ちゃん、すぐ帰れるんでしょう?」
美月はモグモグしながら頷いた。リスみたいだ。
「んほーへふ。……失礼。そうです。長くても、基本は一日で終わるはずです。指定された日付は一日だけでしたから。あ、シュータさん。これ美味しいです」
「あ、どうも。まあ一日ならな」
「半袖でもイケる?」とアリス。
「イケねーよ。ノエルさんの力をお借り申すんだ」
俺がチキンを半分食べたとき、ミヨが部屋に入って来た。ミヨもコートを羽織っていて、中はシャツにカーディガンだった。とても似合う。言わないが。
「よし! 出発ね。美月行きましょう」
はえーよ。まだノエルが来ていない。ミヨは何やらデカイ旅行用バッグを手に提げていた。
「まだなのね。何、皆ご飯食べてるの? もーらい!」
ミヨは俺の分のサンドイッチを二口で食べやがった。許しがたいな。俺の物なら無許可でいいとでも思っているのか。ミヨは食べ終えると、俺のカフェオレで口直しする。
「あ、ちょっと実代。立ちながら食べるなんて行儀悪い。シュータくんが買って来た物だし」
「あ、シュータのなの? 知らなかったごめんなさい申し訳ないすみません」
ぜってー思ってないだろ! コイツ、甘やかしてはダメな大人になる気がする。
「お前、俺のサンドイッチとカフェオレを返せ」
「『俺』とカフェ『オレ』をかけたんですね。素晴らしい掛詞です」と美月。
違うって。意図していない駄洒落が一番恥ずかしい。ミヨはポカンとした顔になっていた。
「このカフェオレ、もっちーのじゃなくてシュータが飲んでたやつなの?」
そうだろ。ミヨは口を半開きにして俺と目を合わせたまま硬直した。
「って、ことは、私は、シュータと……」
するといきなり動き出してストローを咥え、一気に全部吸い上げた。パックがへこむ。
「ぷは。ふん! 全部飲み干してやったわよ、ばか」
なぜかそう吐き捨てられた。飲み干してんじゃねえよ、ばーか。
「こんにちは」
「うわあ!」「きゃ!」
突然後ろから声がしたと思ったら、ノエルが瞬間移動で来た。防寒対策バッチリだ。さっきの叫び声は、驚いた俺と、俺の声に驚いたミヨのものだ。
「俺が最後っすか。お待たせしてすみません」
まず驚かせてすみませんだと思うんだがな。今日は早速お世話になるから、情けない先輩は言わないけど。俺はチキンを口に放り込む。
「全員揃ったわね? 出発ってことでいいのかしら」
「いや、ミヨ。俺の服を取り替えに帰りたく——」
怒られた。で、瞬間移動で自宅に戻り、冬用のダウンジャケットを着用して戻って来た。
「では、同志諸君、出発よ!」
「みよりんさん、確認ですがその大きな荷物も持って行くのですか?」
ミヨは確かに大きなバッグを持っている。何が入っているんだ?
「日用品とか、キャンプ道具とかそういうの」
絶対要らねえだろ。置いて行け。邪魔になるだろう。
「……わかったわ。最低限の物だけにする。美月は『戻る』準備してもらえる?」
美月は頷いて、ノエルとミヨを座らせる。そして伊部の画面を出した。
『よお、皆元気か? 俺は色々調整しないといけなかったから寝不足だ』
画面越しの伊部の目元には大きなクマが出来ていた。お前の体調なんか知らない。さっさと仕事してくれ。
『シュータこの野郎。いいけどさ。今から移動するが、普段「遡る」ときよりも反動が大きい。瞬き程度じゃ済まないかもしれないから、目は瞑ってテーブルに伏せておいてくれ。注意事項はそれくらい。人目につかない所に飛ばすから、足場が悪かったらゴメンな』
了解した。もう行くしかないな。伏せればいいのか?
「ええ。準備はいいですか? じゃあ皆さん。伏せて目を瞑ってください」
ワクワクするな。本当に過去の時間軸に行けるなんて。
「ではカウントダウンです。5、4、3、2、1」
「ちょっとストップ! 靴持って行かないと」
よく気付いたアリス。俺たちは玄関から靴を持って来る。本当グダグダだな。
「今度こそ行きますよ。5、4、3、2、1」
ぐわっ。視界は暗いままだが、うねっているような感覚がする。そして重力を見失った。上下がわからない。どっかに落ちる。そんな恐怖を抱えて、記憶が途切れた。
投稿日の8月15日(かぐや姫が月に帰った日)は美月の誕生日です。




