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みらいひめ  作者: 日野
二章/庫持篇 アリス・イン・ワンダーランド
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五.いたずらに身はなしつとも(4)

「お願いよ! じゃあ脱ぐ。私脱ぐわ」


 生徒会室からただならぬ宣言が聞こえた。ここは険しい芸能界のマネジメントプロダクションか何かだろうか。生徒会室前。ドアの横にはポスターが貼られていて、なぜかその下にはこぢんまりと花瓶が一本置かれている。


 扉を開けると、そこでは言い争う? ミヨと石島の姿があった。他の役員たちは部屋の隅に一時避難している。


「みよりん、遂に一糸まとわぬグラビアを解禁したのー?」

 坂元が愉快そうに部屋に踏み入った。俺は面倒臭い予感がして、盛大に溜息を吐いて入って行く。


「あ、坂元さんと相田くん。いい所に来てくれた。助かった」

 石島が無人島に漂流して今にも餓死寸前だが、たまたま通り掛かった漁船を見つけたような眼差しを向けてくる。お前、それって俺たちに厄介事ミヨをなすり付けようとしているだけだろ。俺たちは決して自発的に助けようと——


「ねえ、聞いて! 二人とも」


 ミヨが必死に俺たちに訴える。どうしてお前は公権力に対して問題を起こそうとするんだ。将来、役所前で気味の悪い抗議活動を始めたりするなよ。で、何用だ。


「今、部費の申請に来たのね。これを部費で落としてくださいって。そうしたら石島くんが駄目、落とせないって言うの! あり得ないわよ石島くん」


 石島は、胃痛が痛い(敢えて同語反復)病気がちの小学生のような顔でミヨを見上げている。ちなみに石島はパイプ椅子に座っていて、ミヨは立ち上がっている。


「だって、申請書には雑貨の分類にチェックしてあるのに、領収書にはトランプとかがあるだろ……」


 ああ、なるほど。ミヨは、以前ショッピングモールに皆で行ったときに買ったゲームを部費で落とそうとしているのか。で、石島にすげなく断られたと。当たり前だ! 何のための授業料だ。


 だが冷静になれば、弱小野球部のボールや、美術部の中途半端に上手い油絵の絵の具に消えるより、有効活用できている気がする。俺にとっては。てか、元々SF研に割り当てられた金だったんだろ?


「そうよ。去年は申請通ったの。でも今年は会計が石島くんなの。流石に頭がいいから一筋縄ではいかないわね」

 去年の会計は馬鹿じゃなくて、賢明だったんだろう。ミヨに迫られて、もういいやと諦めたに相違ない。


「石島くん。私、制服くらいなら脱ぐから、予算下ろしてちょうだい」

「脱がないでくれ。むしろ脱いだら通ることになると困る」


 別にお前の金じゃないんだから、いいじゃないか。損どころかミヨの裸が見られてラッキーだろ。と、俺が要らぬ援護射撃をするとミヨが、


「私、ハダカとまでは言ってないわよ」

 あ、そう。ゴメン。


「シュータは見たいの? 私のハダカ」

「うん、石島みたいに無料で見られるなら」

「シュータのばーか」

 ダブルスタンダードだ。石島は許されるのにさ。石島は苦笑中。坂元は観客になっている。


「あと、ポケットに手を入れるのやめて」

「それは今関係ないだろ」


 俺とミヨは睨み合った。コイツ、俺のやることなすこと気に入らねえみたいだな。


「まあ、夫婦喧嘩は犬もハイエナも食わぬって言うし。落ち着きたまえよ」

 坂元が割って入って来た。どこが夫婦喧嘩なんだ。


「と、とにかく僕としては、信用問題なんだ。生徒会の信用が失墜する事態は避けたい」

 石島が余力を振り絞って抵抗する。


「女子が生徒会室で制服を脱いだら、信用が無くなるの?」とミヨ。


「違うよ。いや違くはないんだけど、僕が実代さんの脱衣を前提に話すわけないだろ。おもちゃを部費でまかなうのを認めたら、他の部活も真似するじゃないか。前例は作れないんだ」


 石島は虚しいことに抵抗を続ける。


「相田くんも止めてくれないか。坂元さんも」

 俺は目を逸らす。坂元は面白いなあという目をしていた。


「その前に私の用事を潰してもいい? 私も申請書を持って来たから」

 坂元は石島の前のテーブルに申請書とレシートを置く。申請書には「備品」欄で、レシートには「パソコン用ソフト」と記載されていた。坂元はパソコン部の部長だもんな。


「ふむ。このソフトって何のやつ?」とレシートを読む石島。

「ウイルス対策ソフトっす! 大蔵大臣」


 おい、坂元。大蔵省を知っている現代っ子がいくらいるかな。


「……わかった。いいよ。お金は学期末に支給するね」

 石島が笑顔で判を押した。もちろん黙ってない人がいる。


「な、なぜ坂元ちゃんは良くて私は駄目なのよ! 私はアナタの友達じゃない!」

 ミヨが石島の胸ぐらを掴んで揺する。石島は半分諦念しながら、ミヨにされるがままになっていた。わりいな。力になれなくて。ふと、坂元が手で口元を隠しながら近寄って来た。


「実は、あのソフトはPCゲームなんだよね」

 坂元はどす黒い顔をして、したたかに微笑む。常習犯! 俺はうろたえた。ここは協力を仰ぐため、石島には言わないでやろう。


「おい、ミヨ。諦めろ。不満があるなら俺が何か奢って——」


「もういいわよ。どうせ石島くんは、私のことなんかどうでもいいんでしょ。私より仕事の方が大事なんでしょ!」

 ミヨがよよよと泣く仕草をする。臭い臭い。お芝居には無理があるぞ。


「こうなったらやけくそだわ! 石島くんが美月のこと大好きって噂を、学校中の女子に流してやる!」

「実代さん……執念深いね」


 同意。石島は女子人気が高いらしいから、大騒動になるかもしれない。もしお前が本当に美月を好きなら、もう一回ぶん殴ってやるがな。


「どうしてもダメ?」

「うーん。じゃあ今回は認めよう。僕がちゃんと確認しなかったってことで手を打つ。前回はそれで通っているわけだしね。その代わり、次からは駄目だよ」


 石島は観念したようだ。言ってみるもんだな。お金は使えるときに使っておくべきってアダムスミスが言っていたらしいし。ってこれはミヨのホラ吹きか。


「ありがとう石島くん。それこそアナタがモテモテの所以よ。飴と鞭を上手に使うのね。女の子をビシバシ打つけど、時にはペロペロってさせる。モテるはずだわ」


 色々語弊が生じそうな褒め言葉だな。石島は通常業務に支障が出ないように話を切り上げただけだろう。


「でも次回は無いからね。わかった?」

「うん。いいわよ。どうせ来学期はSF研が廃部だもの。じゃあねー」


 ミヨはそう言い残して生徒会室を出て行った。最後の言葉には少し驚いた。そっか。七月にはSF研はこの学校から消えるんだったか。部員が五名集まらない限りは。


「ははは。私も用事は終わったから。石島くん、じゃあねー」

 坂元も出て行く。俺も特にすることは無いし、ミヨに付いて行かなくてはいけない。俺も出口に足を向けると、石島が声を掛けてきた。


「相田くん。もし迷惑じゃなければなんだけど、実代さんのSF研に入ってあげてくれないかな。美月さんも一緒にさ。去年まで実代さんは、三年生が抜けた部活で友達と二人頑張っていたんだよ。文化祭とかでも。だから実代さんはあの部活に思い入れがあると思うんだ」


「まあ、考えておくよ。SF研が無くなったら可哀想だからな」


「え? ああ、うん。そうだよね」


 なぜ歯切れが悪くなる? いいや。とにかくお前の言いたいことはわかったよ。じゃあな。俺が生徒会室のドアノブに手を掛ける。おっと。外側からノブが回されて、誰かが入室して来た。


「あ、アイくん?」


 うお、相園か。肩上に切ったショートボブの髪型。パッチリした茶色の瞳。背は俺よりいくらか低い。二年五組の相園深雪あいぞの みゆきだ。生徒会の役員だった。


「ど、どうしたの? 私のこと待ってた……ワケではないか」

 相園はぎこちない苦笑いをした。俺は目を逸らす。


「まあ、ちょっと。ミヨが、部費のことで来てたんだよ。ほら、うん」

「ああ……そっか」


 う、気まずい。早く美月たちに会いたいが、相園が出口にいるから出られない。


「みよりんと、仲いいんだ」

「え、うん。まあ」

 今度は相園が目を斜め下に向けて、「ふーん」と言った。


「深雪は、えっと、なんだ、その……」

 話題が無い。最近元気か? は違うし。相園は床と俺をきょろきょろ見ている。


「生徒会長とか、目指してるの?」

「私? いや、会長は石島くんに譲ろうかなって。副会長には立候補しようと思ってるけど。選挙になったら投票してね」


「うん、する。じゃ、じゃあな。頑張れよ」

「ありがと。頑張る。またね、アイくん」


 お互いに小さくお辞儀をして別れた。なんか疲れたな。廊下ではミヨが待っていた。


「あら、遅いじゃない。退屈しちゃったわ」

「石島と話してたんだよ。男同士の話だ」

 ミヨは「何それ」と言って歩き出した。部費で落とせてご機嫌そうだった。

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