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みらいひめ  作者: 日野
二章/庫持篇 アリス・イン・ワンダーランド
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四.珠の枝取りになむまかる(2)

 放課後ミヨから呼び出された。SF研部室でボードゲーム(恐らく生涯獲得金額を競う山あり谷ありのゲーム)をやるのだろう。先日買い物に行ったときに部費で買っていた。俺と美月は教室から特別棟三階に向かう。


「シュータさん。つゆってどうですか?」

「?」


 つゆ? おつゆのことか? 汁。何の汁の話だ? 俺はキョトンとする美月の大きな瞳を見返した。階段を上がって行く。


「あ、えっと。味噌汁のこと?」

「はい? 違いますよ」


 違うのか。あ、朝露がどうたらという和歌のことかな? 「朝露の晩稲の山田かりそめに浮世の中を思いぬるかな」っていう紀貫之の歌がどっかにあったな。


「掛け句が上手く出来てるよな」

「シュ、シュータさん? さっきから何の話をしているのですか? 私はつゆの話をしているのです」


「だ、だからつゆって何だよ!」と俺は慌てた。

 美月は踊り場で俺の目を覗き込む。馬鹿にしていると思われてるのか?


「ですから、つ・ゆです!」

 それがわからないのだが。つゆを説明してくれないか。あと顔が近いよ。


「す、すみません。私が言いたいのは、つゆです。季節が段々夏に近付くにつれ、つゆになって雨が降るとみよりんさんがおっしゃるから」


 梅雨か。いやそれは梅雨だろ。イントネーションが違う。


「そうなのですか? すみません」


 だが俺は違和感を抱いた。美月って自動翻訳を使ってるんだよな。どうしてイントネーションミスが起きるんだろう? もしかしてイントネーションは再現が難しいのかな。現代日本語のイントネーションなんてものが文献オア音声資料としてあまり編纂されていないのは現代でも確かだから、未来の人々は上手く翻訳できないのだろうか。


「あ、いえいえ。今の私は自動翻訳を使ってないので。勉強の甲斐あって、まだまだ稚拙ですが日本語を聞いて話せるようになったんです。翻訳無しでも」


 美月は照れ臭そうに微笑む。ちょっと待て。違う時代の知らない国の言葉を一カ月半でこの子は覚えたのか? つゆのイントネーションを間違えるだけで済むくらいに? いつ変わったのかも気付けなかった。こ、怖いこの子。美人の上に天才か。神の子だ。


「シュータさん? 私は去年より前から日本語の勉強はしていましたから大したことないです」


 あ、そう。でも評価は同じだ。俺は英語を学んで五年目だが、ほとんど全く話せないぞ。もういいや。手放しで美月さんを尊敬しよう。信者になる。祠を立てて、祭壇を作って、貢ぎ物を持ち寄って祀ろうぞ。美月様万歳。


「こんにちは、ノエルくん。シュータさんがおかしいの」

 美月は生物室に入るなり、そう言った。ノエルはニコニコ笑っていた。俺は美月の魅力に頭を抱えたままだったからな。


「シュータ先輩は愉快な人っすからね。放っておいていいと思いますよ」


 そう言って、ノエルはボードゲームを黒板前、最前列の四人掛けテーブルに広げていた。美月はそこに座る。わかったよ、俺も行く。俺は美月の隣に座った。


「何の話ですか?」とノエル。

「梅雨の話だよ。美月は梅雨を知らないんだと。梅雨なんて毎日雨が降るだけじゃないか」


「そうなのですか? 毎日……。雨季ってこと?」

 美月は首を傾げる。


「そうっすよ。雨季です。初夏は雨なんです」

「ずっと雨なんて不思議ですね」


 美月にとっちゃ、雨が毎日なんて無いのか。傘や靴、洗濯物が面倒になる厄介な季節が来るというだけ。梅雨が明けたら気持ちのいい晴天続きの夏だ。夏になって美月とミヨの水着が拝めないものか……。って! なんで妄想にミヨまで出て来たんだよ。


「シュータさん? またぼうっとしてます?」

「してない。ミヨはまだ来ないのか?」


「来ないっすね。とりあえず皆に資本金を配っておきます」

 そう言ってノエルはおもちゃのドル札を分配していく。美月は興味深そうに金を眺めていた。


「これとルーレットと車とボード。それだけで三時間も遊べるのですか」

 美月はテーブルにある盤上を眺めている。すごろくって未来にあるのかな。



「お待たせ!」と女の声。


 俺が入り口を振り返る。見たことの無い女子がいた。普通の星陽せいよう高校の制服を着ている。他の特徴は、肩まで伸ばした髪。前髪をピンで留めている。くらいか。素朴な子だ。笑顔でこちらを見ている。背が少し高いな。……これ以上何を言ったらいいのだろう。


「いや、こっちこそゴメン。掃除当番だったじゃん? 長引いちゃって」

 その女子はすんなりとノエルの隣に座って、バッグを後ろのテーブルに置いた。ニコニコしながら、ミヨ用に取り分けられた紙幣を手に取る。

]

「懐かしいね、このゲーム。実代と昔一緒にやったなー」


 その女子は、真正面に座る俺にそう言った。いや、誰だよ。俺は美月の顔を見る。首を横に振られた。ノエルも同様。つまり、ミヨの友達か?

「あの、ミヨの友達か。今日のゲームに呼ばれた方?」

 すると、その子は細い眉をひそめた。俺は何か間違えただろうか?


「え、シュータくんどうしたの? ドッキリ? これドッキリ?」

 ドッキリとは? 何がドッキリなのだ?


「もういいよ。テッテレーして。それともドッキリの途中だった?」

 ハテナが増えてきたな。ヤバいヤツが登場した感じか?


「す、すみませんがお名前を伺っても?」

 美月が思い切って訊く。その子は苦笑した。


「美月ちゃんまで? いいよ、もう」

 話が進まないと思ったのか、ノエルが切り出す。


「申し訳ないですけど、三人とも貴方に見覚えが無いんです。名前とクラスを言ってください。みよりん先輩の友達なら、そう教えてください。ドッキリでも何でもありません」


 その子は本当に状況が掴めないようだ。マジで大丈夫か?


「シュータくんと、美月ちゃんと、ノエルくんだよね。ここはSF研部室。先週ショッピングモールで買ったゲームで遊ぼうって話で」

 ショッピングモールに一緒に行った? まさかね。ミヨから聞いたのだろう。


「え、どうゆうこと? また世界に異常が発生して、今度は記憶障害が起きたの?」


「な……」


 俺は絶句した。コイツ、俺たちの秘密を知っているのか。俺たちの能力も。


「知ってるじゃん。美月ちゃんは時間が戻せて、シュータくんは記憶が消えなくて、ノエルくんは瞬間移動。ミヨは未来予知で、私は物体を再現できる」


 ど、どういうことだ? 俺たちのことを知っていて、自分の能力を持っている。物体を再現できるって何だ?


「じゃ、じゃあ、事件のことも知ってるんすか?」

 ノエルも驚いている。その子は怪訝そうに頷いた。


「坂元ちゃんと石島くんこと? もちろん知ってるよ。私がいなきゃ解決できなかったでしょ?」

 こんなに記憶の齟齬が出ることがあるのか。伊部いべだ。未来人の伊部を呼べ。


「は、はい。確認を取らなくてはいけません。イベくん? 聞いてた?」

 美月が言うと、テーブルの横にA4サイズの画面が浮かび上がる。そこに同じく動揺した様子の伊部が出て来る。眼鏡で一歳年上の未来の科学者。寝ぐせが付いているぞ。ちなみにこの女子は伊部の映像にも驚きを見せない。


「やっほー、伊部くん。皆がおかしいんだけど」

『お、俺だって君を知らない。今は調査中だ』

 別の画面をいじっているようだ。何かを調べているんだな。


『ちょっと待って。今のところ言えるのはな、君は確実にいる。人間だ。しかし君の存在は今日の十六時に突然現れたことになっている』

 その子も含めて俺たち全員が疑問符を浮かべた。突如世界に現れた人間? また事件かよ。もう少し休養をください。


「ま、待って。私は昨日も去年も星陽に通ってた。皆にも……」

 その子は俺たちの表情を見て凍りついた。


「すみませんが、私たちは貴方を知りません。原因は不明ですが、貴方と世界の人々との認識には断層があるようです」と美月。


 その子は明らかに沈んだ顔になった。俺がこの立場なら、美月やミヨやノエルにお前誰? と言われているのと同じだろう。だが俺は本当にこの子を知らない。


「すまないが、名前から教えてくれ。思い出せるかもしれない」

 俺はなるべく声を和らげて言った。その子は俯きながら言った。無理に笑っていた。


「私は倉持有栖くらもち ありす。二年六組」

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