一.黄金ある竹を見つくる(11)らいと
「む、無理だ。もう無理」
俺はくたびれて正門脇の花壇のへりに座り込んでいた。竹本は原因を探ってぶつぶつ一人で何かを言っている。
実はあの後、十五回くらい時間を「遡って」みたのだが、何度やり直しても成功しなかった。福岡を五分間引き留めても(急いでいるヤツを足止めするのは大変だった)、歩道の内側を歩かせても、車に速度注意の看板を見せつけても(目立つように竹本に持ってもらった)効果は無かった。俺が庇ってみると、今度は俺まで巻き込まれそうになったので、時間を操作して回避。
――どう足掻いても事故は確実に起きるみたいだ。
「なんで、福岡の事故は避けられないんだろう」
今はかなり早めに校門前で待ち構えている。解決策が見つからないので、精神的な疲労を考慮して小休憩をとっているのだ(肉体的な疲労はリセットされるので特に辛くない)。竹本は、
「時間軸には、どうしても避けがたい〈主軸〉となる出来事があります。それが無いと、世界の秩序が保てない。その世界が『詰み』になってしまって、フリーズしてしまうのです」
へえ、そんなことが。結構、綱渡りなんだな。
「じゃあ、福岡が事故に遭うことは、世界大戦並みに避けがたいほど、重要なことなんだな」
「そんなわけないのです」
竹本はなよなよとうなだれた。励ましてあげたい気持ちは山々だが、俺に何ができるのかさえわからないからな。俺は指で砂をいじる。
「福岡の事故が起きる要因は、別にあるってことなのかな」
「恐らくそうではないでしょうか」
ふうん。けれど、福岡の行動が世界を揺るがす大事件に繋がるとは思えないな。なにか心当たりのようなものは無いのか。世界の「秩序」とやらに迷惑をかけてしまった心当りは。
「そうですね。たとえばですけど、私や相田さんは、こうして時間を操作することで世界に干渉しています。これから起きることを捻じ曲げることもできるのです。ですから、私たちの一挙手一投足が世界にとって不都合だと、もしかしたら先に進めなくなることもあり得るでしょう」
竹本は神妙な面持ちでそう語った。俺たちの行動が世界に関わってくる……。
「なにか思いつきました?」
福岡の事故が起きることは本来の目的じゃなく、「俺たちが何をするか」が重要ならば――。
「事故が起きたことで俺たちが学校に連れ戻されている。〈俺たちが学校に行く〉ことが〈主軸〉なのでは?」
「なぜ?」
「なぜって……」
知らないけど! 結果的にそうなってるからそうかもしれないねって思っただけ。ってか竹本さんも考えてくれよ。俺は今の状況に適応するので精一杯なんだぜ。
「私、絶望的に頭が固いのです。こういうアイデア勝負になると、全く使えなくて……」
薄々わかってたけどね。でも、本当に手詰まりになってしまう。
「なんか、紙って無い? 紙に書いて考えをまとめたいんだ」
竹本は首をひねってから、思い付いたように笑顔を見せた。
「相田さんには見せてもいいのでした。これです」
すると目の前に現れたのは、電子画面だった。竹本の目の前にホログラムのような映像が立ち上がる。ディスプレイも何も無い。様々な数値や、知らない文字列が並んでいた。
「なんじゃこりゃ」
竹本はくすっと笑った。なんじゃこりゃって普通は使わないか?
「ええっと、これはコンピューターを使って電子画面を空中に投影しているのです。私の視界には常にこういった表示が展開されています」
なんでそんなことができるんだ。竹本は微笑する。
「体内にマクロサイズのコンピューターを大量に仕込んでいるからです。血中にも目や臓器にも」
本当に、つくづく未来人なんだな。溜息が漏れてしまった。
「紙とペンを出します。相田さんにも触れるように設定して……。はいどうぞ」
俺は空中に浮かんだペンと紙を掴む。触覚までリアルに再現されている。触った感じじゃ普通の素材だもんな。変な気分だ。
「相田さんの指先に、触覚の電気信号を送っているのです。どうぞ、お使いくださいませ」
じゃあ遠慮なく。今まで起こったことを全部書き出せば、因果関係を導き出せるかもしれない。




