三.白山にあへば光の失する(12)
八時過ぎにノエルと共に家を出た。女子二人に見送られて寂しく帰る。暗い住宅街。夜道。蝙蝠や蛾が飛んだり、ヘッドライト点きの車がたまに通ったりする。ノエルが会話を切り出した。と言うか、吐き出した。
「はあ。疲れたー。ヤバいっす。精神の疲労が凄まじい」
ノエルは美月のハグを貰ってないからな。俺の心はバッチリ回復してるぜ。
「まあ、疲れるよな。二度とやりたくない」
ノエルは隣を歩く俺を見上げる。そして小悪魔のような笑みをした。
「シュータ先輩はどう思いました? 今日の美月先輩と伊部さんの説明」
今日も相変わらずわかりにくかったな。頭がいいんだろうよ。
「俺は不自然だと思いましたね。伊部さんは冷静すぎた。美月先輩も怪しい。だって今までの超能力者は誰でしたか? 全員が美月先輩の身近な人っす」
「今回で『たまたま』と言うには苦しくなったな」と俺。
「ええ。もし世界に異常が来したのなら世界中で異常が起きていてもいいのに」
「気付いてないだけの場合もある。それに、美月が世界の異物だから、美月を中心に異変が起きるのは自然とも……説明できる」と笑ってみた。
「うん。たぶんそう説明されるでしょう」
ノエルはいつもの女子のような童顔とは打って変わって、鋭い眼光をしている。そう疑いすぎるのも良くないと思うね。俺たち仲間、だろ?
「そう言うシュータ先輩も隠し事していませんか?」
さあ、何のことだろう? ノエルは俺にも笑みを見せた。
「今まで登場した能力を挙げます。時間移動しても記憶が消されない。未来予知。瞬間移動。情報改ざん。最強の人体。皆わかりやすい能力だけど、最初の一個が目立つ。シュータ先輩、俺は先輩の能力がおかしいと考えてるんですよ。他の全部は、まるで人間が考え出して与えたかのような能力なのに、先輩の能力は微妙だ」
俺に言われても。ま、いいじゃん。美月を見つけ出すのに役立ったんだし。
「はい。まさに美月先輩を発見するためにあるような能力ですね」
おいおい。仲間割れを促すような発言はやめろよな。
「でも俺は、時間移動に記憶が巻き込まれないというのは、みよりん先輩と同じで副産物だと思っているんです。ですから、シュータ先輩、ヒントくらいいいでしょう?」
いやそんなこと言われても俺には無い。皆が手の内を簡単に明かすとも思えないぜ。
「駄目か。俺は今日で手の内は出し尽くしました。瞬間移動を使う武術が俺の武器です。でもそこまで頑ななら、話を変えましょう。さっきの誰かが考えたような能力の話です」
俺は理論の話は付いて行けないな。ポケットに両手を入れた。
「カオス理論でしたが、もう破綻したと思います。美月先輩が来たことで世界の秩序を保つために、色々あって超能力者が誕生した。これはおかしい。だってぶっ飛んだ能力は存在するのに、背が縮んだとか、山が高くなったとか、一日の時間が長くなったという小さな変化は無い。俺たちの能力は昔から持っていたような記憶が植え付けられていますが、実際は最近に恣意的に与えられたんだと考えています」
ふん、そうかよ。いつの時代も陰謀論は元気だな。
「だからと言って、すぐに害が生まれるわけではないだろ? 今は仲良くしようぜ」
「ま、そうっすよね」
ノエルは再び子供っぽい笑顔を見せた。俺はあと一人、誰かとアフタートークをすべきだと思った。誰だったか。頭を捻って思い出そうと努める。
「く、く、くら……」
「暗いっすよねー。夏になればもう少し明るいのかな」
違う。人名だ。喉元まで出ている。誰だったか。
「クラークっすか? ボーイズ・ビー?」
アンビシャス。違う違う。お前のせいで記憶が引っ込んじまったじゃないか。まあいい。疲れたから、家まで瞬間移動で送ってもらおう。
一週間後、俺はいつもの席に座していた。石島のことだけど、元気に登校していて俺に挨拶をしてきた。俺としては、美月に甘い言葉を吐くアイツはライバルも同然だから、元気だと困るのだが……。片鼻がずっと詰まるみたいな病気にできないかな、伊部さん。
「アイ、俺は真理を発見してしまった!」
冨田が俺の席に来る。生憎、お前の真理とかいうバカ話に付き合えるほど暇じゃない。
「あんた、暇じゃない」と暇そうな片瀬に言われた。
「うるせえ。冨田も片瀬か福岡に聞かせろ。俺は聞きたくない」
俺がしっしっと手で合図すると「つれないなー」と言って福岡と片瀬に向けてしょうもない話を始めようとした。二人からも「ウザい」と言われている。
「おはようございます、シュータさん」
いつの間にか美月が来ている。俺の席の前に立った。今日も可愛い美月さんだ。
「おはよ、美月。ミヨは教室か」
ミヨがいつも付いて来るんだがな。静かな朝で良かった。
「ええ。みよりんさんは坂元さんと一緒に教室に行きました。作戦会議だそうです」
またミヨと坂元は良からぬことを企んでいるのだろうか。お泊り会と称して美月にイジワルするのはやめて欲しいな(お泊り会の日は時間が頻繁に「遡る」のだ)。
「おい、アイ! 竹本ちゃんを占有するなぞ言語道断。即刻離れたまえ」
おっと、冨田がまた何か言ってますね。ははは。
「あ、相田くん聞いてないから。ほら、邪魔しないの!」
福岡は俺に気遣いを見せる。冨田は不服そうだった。美月は楽しそうだ。
「今日はシュータさんに大事な話があるので、チャラ田さんは黙っていてくださいね」
『…………』
誰の点々かと言うと、皆の点々である。美月は真剣そのもの。片瀬や福岡は顔を赤くし、冨田は灰になった。俺は顎が外れた。
「ふふっ」
やがて美月が相好を崩す。そりゃそうだよな。
「冗談ですよ? みよりんさんがやれと言うので。皆さん、どうされたのですか?」
溜息だ。誰の溜息かと言えば、皆の溜息。慣れない冗談はやめてくれよ。最近になって真面目ちゃんの美月が、それを逆手に取ったジョークを時折かますので、俺たちはヒヤヒヤさせられる。でも、クラスメイト相手に自由に発言できるようになったのは喜ばしいことだ。
「美月、学校には慣れたか?」
「ええ。毎日楽しいです。友達に囲まれて」
そう言って屈託なく笑う。この一カ月半は濃かったな。もちろん美月のおかげでさ。
「本当に楽しいんです。皆に出逢えて嬉しい。中でもシュータさんが、私の一番の友達です」




