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みらいひめ  作者: 日野
序章/竹取・石作篇
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三.白山にあへば光の失する(10)

「あれ、美月さん? それと、ふむ。珍しい組み合わせだね」

 俺と美月を見た石島はそう言った。何度やっても名前を忘れているな。喧嘩売ってんのかこいつ。買ってやるよ。俺は石島に手刀を入れる。もちろん止められた。

「おっと。いきなりどうしたんだい?」

 お前の能力を開眼させるためだよ。美月は後ろに退散。ノエルが近付いて来る。ちなみにミヨは足手まといだから(俺も大概だが)遠くに避難する。

「ねえ、シュータ! 何となく予見できたんだけど、頭突きに注意して!」

 ミヨはそう言い残して走って逃げた。頭突き? 覚えておこう。

「シュータ先輩、引いてください」

 ノエルに促されて俺は後ろに退く。美月と共に十メートル距離を取った。ノエルが石島の隙を作ったら俺も助けに行って、美月が目からビームだ。ビームだっけ?

「伊部くん! 今です!」

 美月の合図で一瞬にして静寂が訪れた。人々が消えたのだ。今はゲーセンや店内放送だけが音源になった。怖いだろ? 未来人って。

「美月、いつでも走れるように準備だ」

 俺が囁くと、美月はコクリと首を振った。まずはノエルに格闘を任せる。やはり石島が覚醒。ノエルに重たい一撃を加える。ノエルは上手く受け流して瞬間移動し、背後から、足元から、頭上から打撃。思ったんだが空手だけの動きではないな。しかし石島も強い。毎度カウンターを食らわせている。互角だ。いや、ノエルは少しずつ押されてるのか。石島のスタミナも伊達じゃなかった。いや、どうする。俺が行くか? いや邪魔かな。

 そのとき、一枚の紙飛行機が俺たちを越えて、戦場に割って入って来た。振り向くとミヨがいて、飛行機の行く末を見届けると走って遠くに行った。まだいたのか。攪乱作戦? もう一度石島の様子を窺う。飛行機が来ると、チラリとそちらに目を向けた。

「一瞬のスキが、命取り」

 ノエルが珍しく闘争本能むき出しな声を上げる。そして石島の首元に蹴りを入れた。

「やりました!」

 美月が歓喜する。しかし、石島はすぐに振り向き、大振りをして態勢が悪いノエルの腹を殴った。ノエルがゲーセンの方に吹っ飛ぶ。お前が戦闘不能になったら——。

 石島がこちらを見る。迷うことなく来た。俺は美月を庇うつもりだったが、一蹴りで真後ろに飛ばされた。暴走トラック並みだな。通路中央のガラス柵に激突。一瞬記憶が飛んだ。いや、一瞬じゃなかったのか? 美月が数メートル横で右腕を押さえて座り込んでいる。

 手、上げやがったな。美月が死んだら未来との通信が途絶えて一巻の終わりなのに——ってのは後付けで、このときは怒りだけを感じた。石島は美月の方に向かう。ヤバい、何とかしろ、俺。くらくらする頭を抱えて歩いていく。間に合わない! 石島は美月の襟を掴み上げて、華奢な体を近くの店舗の柱に打ち付けた。耳を覆いたくなるような悲鳴を美月が上げる。くそ、間に合えよ。あと三メートル。そのとき、俺は足元にビニール傘を見つけた。何で晴れの日のショッピングモールの廊下に()()()()()()()()()()()()()()()()()? いや、後で考えろ。俺は傘を手に取り、取っ手の部分を石島の足に引っ掛けた。

「美月を傷付けたこと、許さねえからな」

 床に倒れ込んだボロボロの男に言われても怖くないだろうがね。気が済まねえんだよ、やり返さないと。石島はこちらを見て俺を蹴り上げた。体が宙に浮く。そして背中から床に落下した。ゲームじゃないんだから軽々人をぶっ飛ばすなよ。そして仰向けの俺の脚を踏みつける。かかと落としで、ご丁寧にも一本ずつスネの部分を折った。涙が出るかと思った。でも美月の前だから泣かない。最低限の矜持だ。次は俺の心臓の上に足を置く。いくら時間が「遡って」生き返るといっても、死んだことが無いから怖い。

 その瞬間——ノエルが石島に飛び膝蹴りをした。間に合ったらしい。そのまま石島の腕を掴んで後方に放った。

「先輩! 勝つまでやるんでしょう? 俺が一分だけ稼ぎます!」

 ノエルは頭部から流血しながらも石島に再び戦いを挑みに行った。勝機を見出すには、美月に相談するしかない。俺は動かない脚を鬱陶しく思いながらほふく前進した。

「美月! こっちへ」

 美月はあまりの痛みに涙を流していた。未来人が捨てた怪我の痛み。いいよ、もっと痛がれ。痛みは生きている証じゃないか。死との距離を本能が測っているんだよ。

「シュ、シュータさん!」

 美月は顔をくしゃくしゃにしてこちらへ這って来た。真ん中で落ち合う。

「肩と腰を怪我していて、これ以上動けま、せん。痛い。もうリセットしましょう」

「駄目だ。まだ負けていない。最後まで戦う」

 美月は明らかに反対していた。でも頷いた。美月は俺よりも重傷だ。動けそうにない。美月が動けないということは、石島を気絶でもさせないと、五秒目を見るなんてできないじゃないか。さてどうするか。

「シュータさん、これを。シュータさんに、託すことならできます」

 美月は俺にコンタクトの入ったケースを手渡した。何だこれ?

「これは、コンピューターが不調でモニターが視界に表示されないときに使う、スペアです。これを目に着ければ、私の画面がシュータさんの視界にも見えます」

 そんなことが可能なのか。俺はコンタクトを装着する。初めてだが痛いな。以前見たような意味不明の文字列が視界に映る。そして画面が開いて伊部が出て来た。

『よう。シュータ。ルナはお役御免だ。あとはお前がルナの役割を果たす』

 つまり、俺が石島と五秒目を合わせるってことか。いやいや美月が動けないとは言っても、ノエル一人で石島を押さえるなんて——やるっきゃないのか。

「美月、あとはゆっくり休んでろ。行って来る」

「お願いします、シュータさん。死な……ないで」

 保証はできないがな。俺は脚を引きずりながらノエルの所へ。ノエルはほとんど防戦一方だ。どう考えても勝てそうにない。

『お前、大言壮語しておいて起死回生の一手があるのか?』

 伊部は黙ってろ。ここから先は気合いと根性。が、頭も使う。弱者の兵法だ。俺は傘を掴んで石島に向けて投げつけた。ノエルはすぐに気付いて退避。傘は石島に——

「当たった、だと?」

 後頭部に当たった。石島は虚ろな目で振り向く。ここが好機とノエルはローキック。こいつは戦い方を知っている。俺たちの勝利条件は石島を行動不能にさせて五秒間動きを止めること。足という一番の行動手段を奪う。俺がやられたみたいに、歩けなくするのが近道だ。ワンチャンスを脚への攻撃に使ったのは偉いぜ。攻撃は足払いのようになって、石島が尻もちをつく。って、転んだ? まさか、相手も疲れているんじゃ。

『スタミナ切れじゃないか。行け、シュータ!』

 わかってるよ。俺は一気に距離を詰める。五メートルは離れてる。ノエルは座り込んだ石島の脚に絡み付いて、右足首を捻り壊した。流石の石島も苦悶の表情を浮かべる。

「ノエル! 頼む」

 ここでノエルが石島を押さえ込めば、そう思ったのだが。

「うわっ、そんな!」

 ノエルは髪の毛を掴まれ、遠くに放り投げられた。足はダメでも上半身は元気かよ。ノエルは起き上がる素振りも見せない。ピクリとも動かなかった。

「ノ、ノエル……くん」

 美月が声を上げるが遠目に見る限りじゃ気絶、最悪は死んでる。骨は拾うからな。俺は石島と顔を突き合わせる。足が上がらない者同士、タイマンだ。俺は手の届く距離に入るや否や渾身の右ストレート。もちろん石島も応戦する。

『おい、シュータ! 生きてるよな』

 痛ってえ! まともに頬に食らった。だがオアイコだろう? 俺の拳も当たったぞ。石島はもう次の手を出していた。やべ、間に合わない。俺は頭をぶたれて背中を付いた。仰向けに倒れる。視界が暗い。追撃されたらマズいな。ああ、でも声が聞こえた。

「シュータさん! 負けないで!」

 遠くに美月の声。そうだ。俺は美月のリベンジに、その前に美月に喜んで欲しくて戦っていたのかな。負けたくない。美月が殴られて、泣いて、それで俺まで敗れるなんて。

「だあ!」

 ださい科白と共に起き上がり、石島の顎に手加減抜きのアッパーをした。逆に石島が倒れる。そうだな、負けられない。大好きな女の子が傷付けられて、黙っていられる男がいるかよ。俺は石島に馬乗りになる。両腕を押さえて目を合わせた。石島は焦点がぼやけた目をしていたが、俺を睨み付けていることはわかった。ここから五秒。

『シュータ、よくやった。あとはカーソルが合うようにして待て』

 俺の視界の中央には電子サークルがある。石島の目がその円に入るように俺は石島と睨み合った。カウントダウンが始まる。5、4、3——そのとき不意に石島の全身に力が入った。——まさか、反撃が来る? でもどういう攻撃が? 

「っと、危ない!」

 石島は頭突きをしてきた。思い出したぜ、ミヨの予言を。充分役に立つじゃないか。そしてカウントダウンは、2、1、0。


 ——勝った?


『オッケー。終了だ、シュータ。ありがとう』

 伊部からそう告げられる。石島もすぐに脱力した。俺は疲れて溜息を吐く。いきなりラスボス級の相手。こんな無理難題でもやり遂げたぞ。美月を振り返ろうとする。だが、なぜか俺の腕がガッチリと掴まれた。石島は、敵意のある目で俺を見ている。なんで?

『シュータ、能力の残滓だ。一旦避けろ!』

 よ、避けろって言われても。石島は躊躇せず、巴投げの形で俺を空中へ投げた。何メートルも上に飛ぶ。手足をジタバタさせても態勢は制御できない。俺、高所恐怖症なんだけど。そして落下予測地点は通路でも、美月の上でもない。建物の吹き抜け部分。ガラス柵の向こう。三階から一階まで繋がった空中。落ちる、死ぬ。

「シュータさん!」

 ゴメン美月。そっちに帰れない。逆さまに落ちながら見たのは、スローモーション映像だった。いやパラパラ漫画の方が近いか。ゾーンに入っているんだろうな。三階の店、美月、三階の床、二階の看板、二階の床、一階の看板、そして——。まあ、あとは美月が時間を『遡る』だけだし、一度死ぬくらいは仕方ないのかな。万事休す。

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