三.白山にあへば光の失する(7)
「あら、ずいぶん優柔不断だったのね。待ちくたびれたわ」
俺たちが自席へ戻ったとき、ミヨが悪態をついた。ごもっともだと思うね。美月とは結構話し込んだ。文字に起こしたらえげつない文量。まずは美月が喋る。
「みよりんさん、ノエルくん。謝らせてください。先ほどは申し訳ありませんでした」
美月は深々とお辞儀する。ノエルは笑顔で、ミヨはキョトンとして眺めていた。
「美月、何があったか知らないけど別に構やしないわ。それとお盆を持ったままお辞儀すると怖いわ。ご飯は置いて座って」
ミヨが許さないはずは無かった。ノエルも頷いている。コイツだって気分を害すわけはないんだ。美月は笑顔で着席する。俺も自分の持っていたつけ麺を置いて座る。
「美月は何頼んだの?」
ミヨは美月のお盆を覗き込む。俺にも訊けよと思ったがいいや。
「ウニいくら丼です。えへへ。大好きなウニですよ」
美月が嬉々として丼を二人に向ける。全国のウニ業者さん、快挙です。
「へえ。甚だ意外ね」
「私はウニとカレーが大好きなんです」
美月は最初に俺が紹介したものを好きと言ってくれている。涙ぐましいことだ。しかしノエルは無邪気な笑顔で、
「寿司とカレーですか。小学生みたいな好物っすね」
と言った。美月が凍り付く。同情はしておくが全くその通りな気がした。
「今度は私たちが行って来よー。先食べちゃ嫌だからね! さ、行こ。ノエルくん」
ミヨはそう言って俺に小さくウインクした。何だよ。
「シュータさん、シュータさん、お腹いっぱい?」
俺は世界一可愛いアリクイに詰め寄られていた。体長が一抱えもあるアリクイは俺の目の前で上下に揺れている。だが本当に可愛いのはこれを操っているお方だ。
「いや、わかったってば……」
俺は困惑して応答。状況説明からいこうか。昼食は非常に和やかムードで終わった。食い終わって満腹になってからはゲームセンターに来たのだった。美月は音に怯えてあんまり楽しめていないようだったので、俺と一緒に子供向けコーナーに近いクレーンゲームでお菓子やぬいぐるみを獲った。ミヨやノエルはメダルゲームや音ゲーをしてエンジョイしていた。で、あまりにもあいつらが熱中しているので、アリクイのぬいぐるみをゲットしたところで店前の通路のソファーで美月と休んでいる。そこで美月がぬいぐるみを使ってアフレコをしてきたのだった。可愛すぎるが、反応に困ること並々ではない。
「ふふふ、退屈でしょう? シュータさん眠そう」
美月がアリクイの腕を動かす。うん、可愛いのは承知したから。
「あの二人はいつまでゲームしてんだろ」
店内に目を遣ると、ミヨとノエルが一生懸命に太鼓を叩いているのが確認取れた。よくあそこまで元気に遊べるもんだ。美月と二人きりでソファーに腰掛けているシチュエーションは完璧なのだが、美月が変なモードなんでね。人形遊びが好きなのかな。それとも吹っ切れたから純粋に楽しんでいるのかしら。疲れたな。年下を引率している気分だ。
「おや、美月さんじゃない?」
俺が溜息でも吐こうかと思ったその瞬間、背後から声がした。美月と同時に振り返って見ると、そこにはイケメンがいた。すぐ思い出した。生徒会の石島康作だ。
「まさか休日にここで会うとはね。奇遇だ」
「ああ、石島さん。こんにちは」
美月が挨拶を交わす。石島は小さくお辞儀をしてにこやかに応じた。
「あれ、君は生徒会に書類を持って来てくれた、うん。その節はありがとう」
絶対こいつ俺の名前を思い出せなかったろ。腹立つな。確かに四月、俺はミヨから預かった書類を生徒会室に持って行った。要はパシられた。そのときは石島も、キョトンとした相園もいて、俺はこいつに渡して即行帰った気がする。覚えてないのも道理か。
「珍しい組み合わせだね。もしかして、デートの邪魔をしちゃったかい?」
あったりまえだろ。男女が二人でいるのにデート以外のどんな理由が——
「いえいえ、そんな。みよりんさんとかSF研の皆とお買い物に来たのです」
石島は、ミヨがバチを高速連打する後ろ姿を見ると笑った。
「なるほど。実代さんがいるね」
実はそうだ。わかったらどっか行け。せっかくの時間を邪魔してんじゃねーぞ。
「SF研も部員が見つかるといいね。僕は応援してるよ」
「どうもありがとうございます。みよりんさんも喜びます」
美月が礼を言う。SF研だが、現在部員二名。廃部になる七月までに部員が五名以上に達しないと廃部らしいな。俺と美月、さらに冨田あたりの名義を貸してもらうっていう手もあるが、それはミヨ部長の信条としてはいかがだろうか。
「ところで、石島さんはどうしてここに?」
「映画を観に来たんだ。今は友人がトイレに行ってるから待たされてて、ただ待ってるのも暇だから周囲の店を覗いている。そうしたら綺麗な服を着た美月さんが見えてね。声を掛けたんだ」
美月は自分の服を見ている。石島め。さらっとファッションまで褒めやがって。
「これはみよりんさんのお下がりなんですよ」
「へえ。よく似合ってるね」
誰だってそう思っとるわい。が、美月はストレートな褒め言葉に赤くなって照れていた。なーんか気に入らねえ。石島は美月の手元のアリクイを見て、
「それ可愛いね。クレーンゲームで獲ったの?」と訊く。
「ええ。シュータさんが三回で獲ってくださいました。可愛いでしょう?」
「とても。美月さんはお人形が好きなんだ」
「え。どうしてです?」
「さっきそれで遊んでたじゃん。彼に向かって――」
「み、み、見てたのですか! 忘れて、見なかったことにしてください!」
美月が大慌てで手をブンブン振る。石島はその様子をおかしそうに見て苦笑。
「わかった、忘れるって。なるべく早くにね」
「い・ま・す・ぐです! そんな、だって、シュータさんと……」
美月は今や耳まで真っ赤になって否定する。どうして弁明に必死になるのだろうか。まさか美月は無類のイケメン好きで石島に好意を持っているなんてオチじゃないだろうな。そりゃ俺よりも石島の方がカッコいいのはわかる。そもそも俺が美月に釣り合う人間ではないとも……わかるのに何だろうか。諦めじゃなくて悔しいと感じる自分がいる。俺は学園のアイドルに憧れて、傍から眺める役じゃなかったっけ。
「今すっかり忘れた。誰にも言わないよ。そろそろ戻るから。また学校で」
俺がボケっとしていると、いつの間にか石島は友達の元へ帰ると言い出した。美月も俺も軽く別れの言葉を述べた。




