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咲き乱れたる華

作者: 森羅由紀


無邪気な子供たちの声、とても平和な声が響く。大人が話す噂話は嘘か真か。賑やかに話している声が聞こえてくる。今日もいつものように窓に明るい光が差し込んだ。


「陽毬ー、起きろー」

「まだ眠いんだけど…」


あまりの眠たさに目を擦りながら薄い布を顔まで持っていく。唸りながらもう一度眠り直そうとすると上から怒ったような声が聞こえた。


「陽毬………そうだ。今日さ、外の人が来てたんだよ。外の人が来るなんてさ。もう何十年ぶりの出来事だって母さんが話してたんだ。一緒に見に行かないか?」

「外の人が来れるわけないでしょー。おやすみー」

「ホントなんだって!!起きろ!」

「のわぁっ!!」


冷たい水が頬を伝って流れ落ちる。こいつ……何するんだ!折角気持ちよく寝ていたのに!


犯人をみると得意げに水差しを持ってこちらを見る幼馴染の姿がある。寝場所がびしょ濡れになってしまっていて、今から干さないと乾かないぐらいだ。



「ちょっと!!萊樹!何するの!」


キッと鋭く睨みつけた。茶色の目をキラキラと輝かせて悪びれもなく萊樹は悪い悪い全然起きなかったからさと朗らかに笑った。


「陽毬、顔洗ったら外の人見に行かねぇか?」

「……それさ。本当に外の人なの?普通はこの村に立ち入ることなんて出来ないんじゃ」

「あぁ。俺もそう思ったんだがな。何でも子供たちが言うには外の人がやってる遊びを教えてもらったんだそうだ。

さっき、嬉しそうに教えてもらったよ」

「ふぅん。とりあえず着替えるから外出て」



子供のようにうずうずと今にも走り出そうとしそうな萊樹に溜息を吐いて、無理矢理外へ追いやる。

全く子供なんだから。

私はこの子供な奴のせいで服を濡らされて、私の大事な睡眠時間を妨害してきたせいで結構不機嫌になっている。


「おっと。わりぃ、着替え終わったら声かけてくれよな」

「ん」


正直興味がないことなので気のない返事だろう。この村はほぼ自給自足をして暮らしている。

食べ物も自分で作り、薬も薬草を取って調合し、布を作る。塩だって岩塩が山から取れる。

最初はやっぱり違和感があった。しかし、もう慣れてしまった。


この村は閉鎖されているのだ。外の世界を見た人は誰もいない。

………いや、村で一番長く生きている長老なら何か知っているのかもしれないけれど。


長く閉鎖され外の世界も知らない私たちはかなり世間知らずというものだろう。


よし。できた。

そこにはここでは一般的のおさげ髪をしている少女がいた。


「っと。これでいっか。着替え終わったよ」

「お。終わったか。そんじゃ行こうぜ!!」

「ちょっ腕!痛い!!痛い!もっとゆっくり走ってよ!!」

「こんぐらいで疲れるなんて最近仕事休んだのか?」

「うっ。最近はばば様のとこで占い習ってるんだもん」


だって外の人は戦ばかりだ。私たちの先祖は戦に参加するのが、嫌でここの村に辿り着いたのだ。

そんな中、ばば様は術の名人だ。外の人からこの村を隠す為に術を使っているようだ。そんなばば様に憧れて数年前に私はばば様の元で術を教えてもらっている。



「お、あそこだ」

「…外の人は男の人か。どうせなら女の人が良かったな…」


子供達に質問をせがまれて困った様子の男性が広場の中央に立っていた。大人たちは遠巻きにその様子を伺っているようだ。

男の服装は大分私たちとは違うもので汚れてはいるもののしっかりとした布で作られているのが見ただけでわかる。


遠くから男を観察していると一瞬だけ目が合ったような気がした。


……やっぱりこの男、信用できないな。


少しして杖を突く音が聞こえて振り返るとこの村の村長である長老が男の側まで歩み寄っていた。


「こんな辺境の村までよくいらっしゃいました、私はこの村の村長を務めております」

「村長の方でしたか、私はしがない漁師です。漁をしていたら此処へ迷い込んでしまいまして……」

「…そうでしたか。ここに人が迷いこむのはいつぶりでしょうか……あまり大したおもてなしは出来ませんが、どうぞゆっくりしていらしてください」


男はにこやかに杖を突いて現れた長老に面食らっているみたい。

宴にするなら私たちが食材を取りに行かないと…。


「陽毬、萊樹。少しこちらへ来なさい」

「はい。長老、何ですか?」

「二人には山菜や木の実をいつもより多めに取ってきて欲しいんだ」

「分かりました。行くよ、萊樹」


私たちは子供という括りの中では一番最年長だから仕方ない。大人たちは狩りに出かけるようで弓の支度をしている。

萊樹はコクリと頷くと私たちがいつも使っている籠より大きめの籠を取りに行く。男が私を見ているのに気づいてスッと目を逸らして萊樹の元へ駆けて行った。


あの外の人のために食材探しなんてやだな。


かといって長老に頼まれたことをこなさないなんてできない。

いつもは宴というだけで嬉しくなって喜んで食材を取るのだが、何だか憂鬱。


食材探しはいつも私たちと大人の仕事、私はその仕事を全うしなければ。もう、いつものようにやろうと割り切ることにした。


「ねぇ、萊樹」

「ん?…何だ?」


萊樹は私に籠を渡しながら首を傾げる。少しやりたいことがあるから先に行ってもらっていいかと聞くと不思議そうな表情をしながらも頷く。


「構わないけど、どうしたんだ?」

「ちょっと、ね…」

「ふーん。まぁ早めに戻ってこいよ?いつもの場所で採ってるからさ」


私は籠を背負って頷くと萊樹に背を向けて走り出した。私は私のやれることをやってみよう。

私を手助けするように風が私の背を押し、甘い香りの桃の花はふわりと流れ落ちた。


***


部屋を覗くと大人たちが狩ってきたウサギや鹿の血抜きをしているところだったようでばば様の他にも大人たちが集まっている。

ばば様の姿はこの中から見ると分かりやすい。白髪頭で普通なら腰が曲がってくるのにピンとした姿勢が特徴的だから。


「ばば様、山菜採ってきましたー!」

「あぁ。いつもありがとう、そこに置いておいておくれ」

「はーい」


萊樹と採ってきた山菜と木の実を籠ごと地面にに置いた。二人分持ってきたのでかなりの重量。

肝心の萊樹は終わった途端、外の人を見にいってしまった。

ばば様は顔を上げると手招きをしていて、きょとんとしながらも近づくとばば様は耳元で囁く。


「…陽毬。術を使っただろう?森が騒がしいよ」

「それだけで分かっちゃうのか。…流石はばば様」

「まぁ、使うのはいいがやり過ぎるのだけはいけないよ」


私は頷くと宴の席へ戻った。

まだまだ私にはやる事があるから。

全く、萊樹にも困ったものだ。村長の長老と外の人に振る舞う料理を運ぶ任務を忘れているのだろうか。


宴には男が長老からお酒を勧められて飲んでいるところだった。

お酒の匂いが苦手な私は彼らとは少し距離を置く。


「いやー。漁をしていたら完全に迷い込んでしまいましたが、このような村があるのは初めて知りました」

「ここは辺境の村ですからねぇ。……それで漁師殿はどうやってこちらに?」


私もそれは気になっていたから料理を長机に置いた後、聞き耳を立てる。長老は酔っているようにも見えるけど、多分フリ、なのかな。

長老は優しくも頭の切れる人だ。お酒が大好きな酒豪で酒に強いから。外の人から話を聞き出そうって魂胆なんだろうな。


「実は桃の花の木だけが生えている場所に辿り着きまして、先に進んでいったら山に小さな穴が有りまして風がそこから吹いてくるものですから何があるのかと確認しに行くとこの村へ辿り着きました。

この村では自給自足をして暮らしているのですか?」

「そうなのですよ。布も作って自分達で服を作ったりして細々と暮らしているのです」

「それは大変ですね。自分は行商人に縁がありまして事情を話せば……」

「いえ。そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ。

この村は辺境ですが、充実していますから。それより国の情勢はどうなっているのでしょう?

私たちの御先祖様が秦の時代の戦乱を避け、妻子や村人を引き連れてこの世間から離れた土地へ来て二度と出なかったもので。差し支えなければ今の時代について教えて頂けないでしょうか?」

「えぇ。構いませんよ!」


お酒を飲んで気が良くなったのか楽しそうに話し出す男の言葉に耳を傾ける。一言一句逃さないように。


万が一のことがあったら困るから。


萊樹は人のことをすぐに信用してしまうから本当に困る。確かにそこがあいつの良いところだけどそれは短所にもなりうる。私がちゃんと見極めなければ。


周りは大人たちが騒ぐ声や子供たちの遊ぶ無邪気な声が聞こえて大分煩かったが、なんとか聞き取れる声だ。運んできた鶏料理を口に運び、白茶を一口で飲み干した。


「秦の時代は終わり、漢、晋へと変わりました。晋の太元です。現在、東晋孝武帝の司馬曜様が治めていらっしゃいます」


男は付け加えるように「戦も始まるようです」と言うと周囲の騒ぎが一緒ざわりと静まり返った。特に長老は戦という言葉に苦虫を噛み潰したような表情だ。


「外では戦が…」

「なんと恐ろしい!」


皆それぞれ驚いて溜息を吐いた。長老はその後も色んな話をするようで更に男の杯に酒を注いでいる。

私はその間、席を離れたようとした。この場に居たくないと思ったのかもしれない。

しかし、萊樹に呼び止められた。


「どうしたんだ?料理食べないのか?好物の鶏料理もあるのに」

「今日は食欲ないの。もう寝るって長老に伝えておいて」

「ん、わかった。おやすみー」


軽く返す萊樹に呑気だなと思わず溜息を吐きそうだ。もしかしたらこちらにも火の粉が飛ぶかもしれないのにね。


男は明日になったから帰ると思っていたが、結局数日滞在した。その間、私は大分不機嫌だったと萊樹に後から言われた。


「数日もありがとうございました。料理とお酒、とても美味しかったです」

「それは良かった。こちらもお口に合って何よりです。

ただ帰る際に少し約束して欲しいことがあります」

「?何でしょう」

「この村の存在は外の人に話すようなものではありませんので話さないで欲しいのです。良いでしょうか?」

「構わないですが…」


不思議そうな表情をしながらも頷く姿に村の人たちはホッとしたようだ。戦争に巻き込まれるなんてごめんだからね。

村の人達もそのことを危惧していたのようだ。萊樹は呑気にも惜しむように男を見つめているが。


「それではお世話になりました」

「またいらっしゃった時にはまた料理をご馳走させていただきますよ」

「漁師さん。またねー!」

「今度は沢山遊んでね!」


子供たちが別れを惜しみながら手を振る中、男は穴の中へと姿を消した。


***


漁師はその後、帰り道に印をつけながら帰った。もう一度戻れるようにと。


その印が付けた十数秒後に消え去っていくのにも気が付かず。


男が最初に向かった場所は役所のある町だった。太守に面会し、こんな不思議な村があったのだと報告したのだ。

太守はすぐに人を派遣させて、漁師に案内をさせて印の付けた場所を探させたが、結局迷い、村への道を見つけることは叶わなかった。


***

「やっぱり約束、破るんだね」


私は桃の木に登り、やってきた男たちを見つめた。

ここは村から出て少し進んだ場所。

あの後、木についていた印を消しておいて正解だった。ナイフで罰当たりにも神聖な桃の木を傷つけるなんてと怒った。


くるりと手を回すと森を隠すように霧が発生した。さぁ、迷ってしまえ。ここには来るな。ここは私たちにとって大切な場所。

この場所を荒らそうとするならばこちらだって容赦はしない。


「な、この霧はなんだ!おい!本当にこの先に村があるのか?!」

「え、えぇ。そのはずです」


もっと。もっとだ。早く出て行け!!


地は鈍い音を立てて鳴り響き、大きめの岩が山から落ちてくる。


「うわっ!なんだ!岩か!」

「撤退!撤退ー!!」

「なんで……?!確かにここに印をつけたはず!」



激しい感情を手助けするように森は動く。侵入者を排除するために。

同居人のために。


「もっと!もっ…」

「そこで終わりだ。陽毬、少し落ち着けってば。あいつらはもう帰っていった殺す必要はないはずだぞ?」

「なっ!…萊樹?!なんで…」


突然言葉を遮られて驚く。側には萊樹が枝に座っていた。目を細めて笑う彼はいつもとは何処か雰囲気が違う。


「ばば様に頼まれたんだ。んで、伝言を貰ってきた。



…やり過ぎるなって言っただろう?私の言った言葉忘れたのかい?


だそうだ。ほら、帰んぞ〜」

「……ばば様。…はぁ、分かった。萊樹、帰ろうか。私たちの村へ」


困ったなぁ。帰ったらお説教かな?

それだけのことをしそうになったのは自分でも分かってるからいいんだけど。


それにしても……


何で萊樹は私のいる場所が分かったんだ?


私は振り返らず村へ向かう後ろでやれやれと首を竦める少年の姿がいたことには気付かなかった。


「全く。何考えてるのか大体わかるけど…危ないことはしないで欲しいのに」


***


南陽の劉子驥(りゅうしき)は志の高い人であった。この村の話を聞き、興味を持ってその村へ行く計画を立てたが、まだ実現しないうちにそのうち病気にかかって死んでしまった。


これ以降、この桃の花が咲き乱れる村を捜そうとする者はいなくなった。


「こう長く生きてると感情も消えてくると思ったけどそうでもなかったな。…愛し子に危害を加える奴らはみんな殺してやりたいけど。

そういう訳にもいかないし…


まぁ、俺の大事なものを奪われるぐらいなら文字通り消さなくちゃいけないから。ここら辺で許してやらねぇとな」


無邪気な笑顔で笑うと男の寝台の側から消え去った。その笑顔はまるで普通の男の子。たった一人の大切な少女を想う笑顔だった。



桃は邪気を祓い、不老長寿を与える仙木・仙果とされてきた。

さて、桃の木に囲まれたその村は現在どうなっているのかは村人とその村の祠に住まう何かしか知らない事実。


この作品は桃花源記を元に改変しながら村目線で書いた作品です。昔授業中にふと思いついて書いたので変なところがあるかもですが、そこまで長くもないので暇つぶしにでも読んでいただけたら幸いです。

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