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非現実的な災厄が迫っている

 ー非現実的な災厄が迫っているー



 天使は自分の声が聞こえるリロとプラネッツに指示を出しました。

 リロは外のバカと一緒に村の年寄りどもを車に乗せて、少なくとも「お土産屋」まで避難しろ。

小僧は鐘が割れるまで叩き続けて村中に知らせろ。お前の姿は誰にも見えないだろうから、鐘が一人で鳴っていると思うに違いない。脅かして逃げさせるには絶大な効果があるぞ、ハハハ!!

 「もういいぞ、犬っころ。この娘が怖がって外に出られないから退いてくれ」

 「あの犬」はむせながら頷くと急いで立ち去りました。

 横を過ぎるときこちらを見向きもせず、丘を駆け下りていく「あの犬」に驚き尻もちをついていたリトは毒づきました。

 「人様に吠えやがって、あっちへ行けバカ犬っ!!」

 

 屋根の空の北側の一枚が光の柱の始まりと2.3人くらいの天使を道ずれに床へ落っこちました。古い歴史と色鮮やかな漆喰と誰からも完全に忘れられていた大理石の薄くて固い石板が床で砕け、思い思いの破壊音を立てました。粉々になった1/9の空は凶悪な散らばり方をし、周囲の壁やスタンドライトやベンチに破片をぶち撒きました。天使は前列のベンチの陰に隠れて難を逃れ、リロとプラネッツはおそらく偶然により無傷でした。しかし二人を被弾から守ったその偶然は、リロの足元で生き返ったヤマユリの花瓶を割ったので水がこぼれましたし、正面のタペストリーも破片の衝突に揺れました。礼拝堂の空気は、どこか興奮しているようでした。

 リロには天使の言葉を疑ったり考えたりする暇はありませんでした。

 

 「・・・・・・君は一体何をしたの?」尻を汚したリトが大きな音に駆け付けました。

 入り口で口を開けたとき、床の上に色とりどりで散らばっている破片が「空」だとは思いませんでした。リトはこれはなんだ、と思ったのか思わなかったのか? それすら自分ではわかりませんでした。ただ、ただならないことが起きた、あるいはしでかしてくれた、と思ったのです。

 「今、そこの空が落ちたのよ。きっと全部落ちるわ、それで外のお空も落っこちるそうなの」

 「・・・・・・」

 「ねぇ、あなた。今すぐ村の人を集めて車で逃げて」

 「・・・・・・?」

 「私の車にも乗ってもらうけど・・・・・・そもそも何人避難させればいいの?」

 「・・・・・・」わたしの車で人生の何処かへ二人で逃げましょう・・・・・・?

 リロは、こんなにも慌てる必要があるときなのに、魂ごとそこら辺を浮遊する顔のリトに舌打ちました。

 「グズグズしてないで早く来てっ」事態へ緊張しながら立腹もするリロは細い指で、ほんの少しだけは男らしく骨ばる、抜け殻男の手を握り(最上段だけが未完な)雨上がりの真新しい階段を転ばぬよう留意し速足で下りました。

 そのうち空襲でも知らせるような、これまでにはない強い意志が込められている打撃で鐘が勝手に鳴り出しました。

 「!!!」リトは無人の打撃に揺れる鐘に衝撃を受けると浮遊は終わりました。


 サンソンくん・・・・・・リロは足を止めて丘の上を振り返ります。カンカンカンカン、カンカンカン、鐘が割れるまで、木槌が折れるまで叩こうとしている鐘の音は乱暴に甲高く切迫感を響かせました。でもどっしりと重厚な礼拝堂の外観は無表情で、物静かでしたしその上にある空は雲が千切れ始めていて透き通るような明るさを増しています。どちらも鳥肌が立つほど不気味でした。


 「ねぇ、村の人って何人いるの?」丘の下まで来るとリトの手を離したリロは聞きました。

 「・・・・・・九人です。この一二時間のうちに誰かの子供や親戚が来ていなければ、九人です」ひと月で顔見知りになった片田舎の老人を数えました。それにしても女の人の手はどれほど小さいのだろう・・・・・・

 「あなた車は?」リロは飛び込むように自分の車に乗り込みます。お尻のポケットに入っているスマホが邪魔でしたが構いません。

 リロは中から助手席のドアを開けました。

 「持ってないけど自由に使える軽トラがあります」リトは緊張しましたが、何に緊張したのでしょう?

 「じゃぁ、この車に乗り切れない人は軽トラの荷台で十分ね。トラックを取りに行きましょう」

 冷静に冷静に・・・・・・慌てるといつもサイドブレーキを解除し忘れてしまうリロはバックミラーに映る自分に言い聞かせました。


 「リトっ!!」200メートルほど行くと道の先で叔母さんが呼びました。

 「あっ、ぼくが鳴らしているんじゃないんです!! ってか見ての通り勝手に鳴ってるんです」リトは助手席から叔母さんと丘の上を交互に見ました。

 「あの犬が家の中まで来たんだよっ!! 村中の家の中に入ってきたんだ、早く逃げろって!!」

 「・・・・・・」

 「もうみんな辻に集まってるはずさ。軽トラを出しておくれよっ!!」

 叔母さんは勝手に後ろのドアから入ると叫びました。

 「ねぇ、本当に地震でも来るの?」リトは今更鳥肌が立ちました。

 「地面じゃないわ。空よ空。お空が落っこちてくるの」

 「・・・・・・」

 「あの犬が村中の家の中にまで来たんだよっ!! ちっきしょ!! お前の小遣いを置いてきちまった!! なぁ、お前さん家に立ち寄ってくれ!!」

 「???」

 後ろの老婆が猛烈に腹を立て、何を喚いるのかリロには殆ど理解できませんでしたのでリトが標準語に訳しました。

 「でもつまりお小遣いなだけでしょ?」

 「いや、そうでもないんだ」

 今度は後ろの席からリロのシートをバンバン叩き始めた叔母さんはガミガミ叫びます。

 「この家の前で止まってくれって」リトは訳しました。

 丘から一番近い平屋の前で車は急停止しました。雨に濡れている砂利でタイヤが滑りました。乗っていた三人は揃って前のめり、一拍置いてシートの背もたれへ引き戻されました。

 家には足の悪い一人暮らしの老人がいるのでした。叔母さんは丘の下に駆けつける前に立ちよっていて、あとでリトにおぶらせるから、逃げる準備をして待っていろ、と伝えていたのです。

 話を理解したリトが飛び出すと叔母さんも飛び出し二人とも声を張り上げ家の中に消えました。リロはその直後から両手の指の腹でハンドルの上をバラバラ、バラバラ忙しなく叩き続けました。

 リロは非現実的な災厄が迫っていることを疑ってはいなかったので、尻の穴が閉じてしまうほどの危機感を募らせる静けさは10秒が限界でした。慌てさせるだけだから、よせばいいのに、と自覚しながらクラクションを二回鳴らすと眩暈がするほどイライラし始めてしまい、でもきっと20秒も経っていなかったはず。平屋の中から重そうな麻袋を抱えたリトが現れ、大声で何かを喚き合う叔母さんと腰の曲がる老婆も出てきて、老婆は右足を引きずっていました。

 「ったく急いでっ!!」リロはサイドミラーで丘の上を確認し語気を強めてしまいました。鐘は鳴り続けています。

 「どうなってんだ? なんでばぁちゃんもこんなにもってんだ?」

 リトは不思議そうに首を捻り、テンパるリロに開けさせたトランクへ麻袋を放り込みました。後ろの二人は今も声を張り上げ会話していました。

 息子にもおぶられたことがないのに、他人様の息子におぶってもらうなんてできっこないだろっ、と足の悪い老婆は言い張り、叔母さんは「あの犬」に咥えられて引きずり出されるよりは悪い話じゃないだろうに、とそんなやりとりをしていたのです・・・・・・

 

 「さっきのあれ、全部お札。旧札だけどね。ぼくの小遣いも同じくらい重かったよ。今朝、段ボールに入れたまま叔母さんがくれたんだ。幾らあるのか数えたくもないくらいいっぱいあったよ」

 「・・・・・・」テンパっていたはずのリロでしたが、一瞬何もかもを忘れ、袋がどれほど重いのか持ってみたいと思いました。




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