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同じ人間を同じ場所で躓かせた

 ー同じ人間を同じ場所で躓かせたー


 「国同士がドンパチし合うと一儲けできるぞ、ってことに気が付いた当時の金持ちが似たような国の連中とこっそり話し合ってけしかけた、半島での小競り合いだったが、便乗に便乗は加わり続け、義憤もあったろうし大儀もあったのだろう。そんなわけで誰も制御できないまま三、四年が過ぎたころ、ようやく一儲け以上のド派手な終戦を迎えるのだが、どれほどの数の市井の庶民の運命が無理やり変更され、各々が抱いていた細やかな夢さえもキャンセルするしかなかった。新しい国境が真っ直ぐ引かれ、逆にクネったりもして、あそこやこっちの地面を分割すると、世界中のそこらに従属国が生まれた。敗戦した民族のなかには分断組と被差別組が同時に誕生したりもした。強制されて神様を踏みつけた者が生き残り、これは試練だと説教しつづけた神様を見限らずに生き残った者は、しばらくすると疲弊していた他所の神様にちょっかいを出し、挙句に焼いた。ここは焼かれた村の一つだった。戦争に勝ったことで余計に卑怯者となった連中が他所の神様を焼こうとした火に、しかしこの礼拝堂が焼け落ちることはなかった。なぜか? ここの始まりは砂岩で出来た、ただの馬小屋だったからだ。手に火を持ち、他所から来た卑怯者たちは丘の上に建つどうにも燃えそうもない石造りの、しかもたかが馬小屋をわざわざ破壊することなどしなかった」


 「深い森を切り開いた遠い先人たちは丘の上の石造りに、驚いたことだろうよ。村が出来るとその古い石造りは丘の上にあったこともありシンボルとした。先人たちはその中に神様を住まわせたわけだ。巻物が発見されるのはもっとずっと後のことだ。そうこうしているうちに俺はこの村にやってきた。もちろん空からやって来た。いくつも代替わりをした後に巻物が発見されたとき、俺はすでに村の空の一部になっていた。もちろん誰にも見えなかっただろうが、ときどきそうだな100年単位で俺がいるぞっ、て合図をした。ダメだと思っていた沢山の子供の流行り病が治ったり、酸っぱくて食いもんにならなかった原種の柑橘を密かに甘くすると、急に集まり出した鳥を介し発見させた。酒造りの酵母菌を劇的に変化させてもやった。もちろん巻物の発見も俺の合図だった。ある年代のあるとき、同じ人間を同じ場所で躓かせたんだ。そいつは自分の木靴と床に埋め込まれていた石を永久に捨ててやる決意を固め掘り返した・・・・・・」


 「床の一部から発見された巻物の中の「狼」に対するゲン担ぎ的な意味で、彼らはいよいよ鐘を造った。当時の鐘は満月と新月の午前0時に鳴らされた。巻物から解釈したんだ。俺には全くその意味が分からなかったが、口を出すことはしなかった。口というかアクションだな。あとは人が死んだときにだけ午後3時に鳴らした。それからしばらくすると、いやかなりの時間が過ぎ、いよいよ200年前の戦火がまたしてもやってくる。俺は空から眺めていたよ。止めようとしたが俺には止め方が分からなかったんだ。正義に満ちた人間が剥き出す憎悪の強さと、殺戮の為に開発されていた火器類に立ち向かえる力は俺になどなかった。だから俺は、出来る限りの村人に今すぐ村を捨てて逃げ出せ、という最初で最後の直感を与えた。でも実際行動に出た者は僅かだった(空気感、というものがあったのかもしれない)。臆病者と言われちまったんだ」


 「石造りのなかの神様は、正直空っぽだった。丘の上は大砲で砕かれ、丘の下は毎度のこと火が放たれた・・・・・・リロ、お前は学校で習ったよな? 終わりが世界中で始まるなか、あんなにも救いのない終わり方を他所の島国がして、細やかなこの地にも終わりはやってきた」


 「村人の大部分はその後、一気に入れ替わっちまった。村はこれまでとは違う言語で会話するようになった。生き残った元の村人の血は徐々に薄まった。新たな神様を欲した新たな住民は丘の上の瓦礫を処理すると、木造の礼拝堂を建てたんだ。ライフルの代わりに皿や鍋を持って後からやってきた連中は、前線で撃ち合う経験がなかったおかげで、いくらかヒトとしての心が残っていたんだな。再び神様のことで何人も挑発してはならない、と決めた。神様を欲したはずの彼らは、それでも本堂を立てなかったし偶像も祀らなかった。それぞれで祈ればいい、としたんだ。とはいえ戦時中に夫や父や息子の為に祈った場所は、以前に暮らしていた町の聖堂だったり、人によっては街の大聖堂だったりしたわけだろ?」


 「俺の気配に気づく者は相変わらず誰もいなかったが、各々に祈る彼らは、それでもさすがに殺風景すぎないか? と言い出した。そこで町から絵描きが呼ばれ、天井に神様以外の画を描いてくれ、と頼んだ。絵描きは聞いた」


 「天使はいいのですか?」

 「悪魔じゃなければ構いませんよ」


 「木の板に直接描くよりも永く色褪せないフラスコ画を天井に張り付けた方が、絵描きとしての誉だったし、そもそも請求できる額が桁違いに違う。名もない若者だったが、この仕事を足掛かりに、名前を売りだせれば? と考え依頼主と交渉した。聖堂や大聖堂の天井に描かれるフラスコ画の鮮明な色彩を見慣れていた彼らの返事はyesだった」


 「俺は絵描きの作業をずっと見守っていた。駆け出しの腕は認めないわけにはいかなかった。入村するとすぐ、下見時に伝えた作業に必要な資材の量と材質を確認し、作業中邪魔されないよう一方的でしかし最低限の約束を取り付けた。村人を使った最初の段取りも細々した指示にも終始一切の無駄はなかった。まずは八日間で殺風景な四角い屋根を装飾する円い画を床で仕上げ、翌日は夜明けとともに、以前から指名していた六人の男手と足場を組み、昼過ぎには「空」を天井に接着させ、屋根裏にも上がって穴を開けると裏からワイヤーで釣った。九分割したのは重量を分散させるためだった。駆け出しの絵描きはお見事、予定通りの九日間で完成させちまった。さすがにげっそり痩せ細ってはいたが、時間をかけて数えあげる大札の枚数には微笑んだ。画の出来に満足した村人は村を挙げての、まぁなんていうか散財した昂揚感もありひと晩中酔っぱらった。どいつもこいつもかわるがわる木槌を使って100年分の鐘を鳴らし続けたもんさ・・・・・・さてそろそろ俺の話をしてもいいか?」

 翼を捨てた裸の老人の隣でプラネッツは黙って頷きました。一方壇上に座ったリロはどこかの時点で舟を漕いでいたようです。膝の上に抱えていた、押しつぶされたヤマユリの花瓶は一応足元に置かれていました。




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