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ワンインチパンチ #1/見えない足は何度も床から離れました

 ーワンインチパンチ #1/見えない足は何度も床から離れましたー


 どうしてなのかは全くの不思議です・・・・・・


 初対面の印象と違い口の悪かった新しい恋人と夕焼けのきれいなビーチのカフェで午後四時のアイスティーを飲んでいるとき、日没を待つまったりした客で込み合う店内に複数の悲鳴が上がりぼくはゆっくりとだったが振り向いた・・・・・・発情した鳥のように踊る情熱的なカルメンを映す大きな液晶モニターがある、沢山の酒瓶が二段の棚に収まるカウンター席の方だ・・・・・・坊主頭で刺青だらけの巨漢の半裸男が、実は密かにぼくのことを意識していることが見て取れた大人の女の店員の大きなお尻に本物の銃を押し付ける嫌がらせをしているようだ・・・・・・口の悪い恋人は白くて細い指の華奢な手でぼくの手首を掴み、密かにキスマークを待っている首を振った。ケガをしちゃうからやめてよ・・・・・・でもぼくはこのままじっとしてやり過ごすことなど出来やしない・・・・・・みんなが見ている前で尻に銃を押し付けられている、あの大人の女の店員の大きな胸へ悪口を言い続けていた平らな彼女(礼拝堂のなかにいる女の子)に小鳥程度の軽いキスをして席を立った・・・・・・心配しないで、ぼくは平気だよ。ところで、ぼくには君の方がずっと魅力的だ・・・・・・ただ彼女は今とても困っているようだから・・・・・・やめて、あなたになにかあったら私はどうするの?・・・・・・どうもしなくていい。嫉妬することだけはよしてくれよ、マイ・スイート・シンフォニー・・・・・・誰も怖くて近づけないカウンター席に向かった・・・・・・炎を飲み込んでいるのか吐きだしているのか判断できない、水月に彫られたドクロを褒めてやった・・・・・・大きなお尻からぼくの眉間に「オートマチック」を突き付けた巨漢がニヤリ笑い、貧しい暮らしの怒りのなかで暴力に頼る卑怯者として成り上がった証の悲しい金歯が言う。なんならお前でもいいぞ・・・・・・手あたり次第勘違いしてきたクズが腰を振って突き出したので、ぼくも微笑みながら・・・・・・


 階段の修繕をしながら、心の中では礼拝堂にいる知らない女の子の名前を聞く練習をしていたはずでしたが、最初に手をつけていた段へコルクチップを撒き終わったときにはこのようなストーリーに発展しているのでした。


 「水は遊女、月は客」

 リトは右手の人差指を伸ばして相手のみぞおちのドクロを二度三度軽くトントンしました。

 「何してやがんだ、小僧、脳天にぶっ放してやるぞっ!!」

 酷い脇の下の臭いがしたのですが、そんなことに惑わされずにリトは右拳を縦方向に握ります。

 「いやね、お客が遊女までの距離を測ったんですよ。1インチほどの」

 「どっちが欲しいか言ってみろ」巨漢はもっと強くオートマチックをリトの眉間に押し付け、手首まで死神連中に埋る、空いている方の手で自分の革パンの下半身を擦り始めるのでした。

 「ぶっちゃけ、さっきから抜群に素敵な坊や、でもこんな男に構わないでお逃げなさい」

 胸の大きな大人の女の声はハスキーだった。

 「測っているんですよ、ワンインチほどをね・・・・・・」

 軽く首を回してから全身を脱力させ、怒りや悲しみなどではない、真っ白で純粋な若者のエネルギーを「水面の月」へ伝えるべく撃ち抜いたリトのワンインチパンチは体重120キロの巨体から銃を投げ出させ、余りの一撃に悲鳴すら追いつけなかった数人の客を巻き添えに、店の入り口にあるレジまで吹っ飛ばしてしまいました・・・・・・というようなシーンに展開していたとき、まさにワンインチパンチがさく裂した瞬間、一瞬セピア色の眩暈がしたのでした・・・・・・


                  *


 「リロ、見てっ」プラネッツの声で時の躓きから戻ったリロは、扉の方を見やりました。

 でもそこには誰の姿もありません。しかしクネクネ絡まる青い電気の筋が見えない誰かの足元のような二か所の場所から、脛の高さまでバリバリっと放電しています。

 「こんにちは天使さんっ」プラネッツは嬉しそうに言いました。

 「やっと出れたぞ坊主っ、お前のおかげだ。それとリロ、お前もだ。ありがとう」

 「・・・・・・」リロに姿は見えませんでした。しかし声は聞こえました。

 「あれ? 天使さん、翼はどうしたの?」

 プラネッツが言いました。

 「取っ払ったのさ。それが目的だったんだからな」ハハハ

 二組の青い放電がゆっくりした歩みのように近づくと、リロは見えない誰かがすぐそばで笑うのを生まれて初めて目にしました。

 「おい、リロ、お前は俺が見えるか?」

 「あっ、いえ。私には見えていません。足元がバリバリしているのは見えていますけど・・・・・・」

 「そうか。まぁ永い時間がかかっちまったからな。影すら残らなかったんだな」ハハハ

 「ねぇ、サンソン君。天使様はどんな姿なの? なんていうかイケメン?」リロは小声でプラネッツに聞きました。果たして「完璧」な恋人はこの人だろうか?

 「すごいよ。たぶん逆の意味で。身体はガリガリの鳥ガラで髪も数本しかないね。ものすごくおじいさんって感じ。見た目で言えばまず間違いなく、どんな小さな願い事でも叶えてくれるような力はないかな? リロには残念だけど」

 「・・・・・・」

 「おう、これが翼を持たない俺の重力なんだな」

 白い煙を立てて放電が収まると、見えない足は何度も床から離れました。

 「・・・・・・少し休ましてもらうぞ」

 天使は、永い時のなかで痩せさらばえた身体をベンチに預け恐る恐る腰を伸ばしてみました。

 「ケツの穴がしびれるくらい痛えぞ」

 「・・・・・・じじいなの?」リロはもう一度プラネッツに聞きました。

 「うん。きっとリロも見たことないくらいだと思うよ。裸だし」

 「こっそり帰っちゃおうか?」

 「・・・・・・」

 気持ちを理解したプラネッツは即答しませんでした。


*


 ・・・・・・ぼくたちは当然店の中で日没を待つことはできなかった。店を出るときレジの男の人にお代はいりません、と言われたけれどぼくは二人分の料金を払い、騒がしてしまいすみませんでした、と謝った・・・・・・口の悪い恋人がぼくと組んだ腕に力を入れたのはあの大人の女の店員がこちらに近づいてきたときだ・・・・・・さっきはありがとう。本当に助かったわ。あなたはまるで悪魔をやっつけてくれた天使のよう。でもそこの可愛い女神ちゃんをハスキーな魔女から守ってあげられるかな?・・・・・・そう言った瞬間のことだ!! 柔らかな大人の唇がぼくの唇に触れるとすぐさま毒と牙を持つ濃厚な桃色の、すさまじくタフな蛇が口の中でのたうち回ったのだ・・・・・・ぼくは、ぼくの理性と愛を奪われないようにしようとしたのだったが・・・・・・大人の女のキッスはまだ子供のような恋人と交わす「ちゅ~」とはまるで違い・・・・・・


*


 太陽の妖精はまだ帰りたくありませんでした。どうしてあんなところにわざわざ閉じこもっていたのかを知りたかったですし、有難みの欠片すらないみすぼらしい裸の老人をこのまま放っておいても構わない、とも思えなかったからでした。

 「リロ、ぼくはもう少し残るよ。でもリロは帰っていいと思うよ。下の車まで見送るよ」

 「・・・・・・」

 リロは逡巡しました。残ることで私に「得」はあるのか? 残らないことで私に「損」はないのか?

 「いつか必ずお前に礼をしてやるからな。損得なんぞ考えなくていいぞ」見えない天使は笑いました。

 「人の心を勝手に覗かないでください!!」

 「覗いてなんかいないぞ。顔に書いてあるから読んだだけだ」ハハハ

 「・・・・・・」

 「行こう、リロ」

 「・・・・・・でもあのお花どうしよう? 絶対に私がぐちゃぐちゃにしたって思われるわ」

 ヤマユリはリロが花瓶に戻していたのですが、花弁が反り返るほど開いていた方の大輪はしわくちゃになっていました。

 「ごめんね。強く押し付けすぎちゃったんだ」サンソンくんは、少しだけ反省しましたが、基本的にはそれほど反省していませんでした。

 「心配するなリロ、そいつを俺のところへ持ってこい」

 リロはタペストリーの下に行き深緑色の花瓶ごとベンチの前に持ってきました。花瓶は見えない手に渡りました。空中に浮かんでいるようです。

 「カッー、ペッ!!」天使は唾を吐きかけました。

 「・・・・・・嘘でしょ」目の前にいる見えない裸の老人の口の奥で鳴ったに違いない擬音を聞いたリロは青ざめました。

 太陽の妖精は大笑いしました。

 「そのうち下のやつも開くから置いてこい。水がなくても夏が終わるまで咲いているだろうよ」ハハハ

 「ねぇ、私も少し残るわ。それであの花が元に戻ったら私にも唾を吐きかけて、さっきの約束を実 行してちょうだい天使様。いいですか?」

 「ぼくだったら絶対に嫌だよリロ!!」

 太陽の妖精がもっと笑うと天使もゲラゲラ笑いました。


 「ねぇ、天使さん。あのさ、どうしてあんなところにいたの?」プラネッツには見えるらしい裸の老人の隣に座って聞きました。

 リロはヤマユリの花瓶を持ったまま正面の壇へ腰を下ろしました。そのときズボンの後ろポケットにいれていたスマホで時間を確かめようとしたのですがいつの間にかバッテリーが無くなっていて(とリロは勘違いしました)電源を入れても反応してくれませんでした。画から天使が出てきたときの放電により精密な電気機器は壊れていたのです。またリロはバッテリーが切れるときには鳴るはずの合図音のことを思い出しませんでした・・・・・・


 「あぁ、そうだな。確かにあんなところだったな」

 天使は天井の画を見上げました。

 「あそこは、いや九番目のあいつはいわばトンネルの出口みたいなもんだったんだ。翼を折られていなけりゃ俺はスルっと出てこれていたんだ。1200年も前にな」


 天使は戻れない「世界」と行こうとしていた「世界」の隙間に挟まっていたのです・・・・・・




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