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我が身可愛くて烏は鳴く  作者: 黒胡麻月介
一章 彼は〇〇
8/21

8怪 邂逅

『こないだのお詫び、飯行こ』


 田切からそんなメッセージを受け取って、忘れていなかったんだとちょっぴり安心した。

 露明が去ってすぐに起きたとはいえ、気絶した事には変わりないし、ショックを受けたのか帰る最中ずっとカンカンを胸の前で握り締めて、こちらが何か話し掛けても上の空だったのだ。

 頭を打ったりしたのかも、と心配していたが、とりあえず元気そうで良かった。僕は机の下で消音にしたスマホをいじる。


『いいよ、今日?』

『部活あるから待っててくれるんなら』

『用事ないしいいよ』


 どこに行こうかな、と脳内で近くの飲食店をピックアップしていく。サイレントモードの携帯が、手の中でまたメッセージの着信を告げた。


『なんならまた俺の部活でまつ?』

『じゃそうする』


 ふと、彼が先輩に睨まれるのはこうやって部外者を部活へ呼ぶからじゃないのか。と頭によぎった。


『いいの?』

『何が』

『一応部活だし部員以外が来ちゃ悪いんじゃ』

『いーのいーのウチ緩いし』


 なんなら興味持って入ってくれれば嬉しいけどな、との文字列が送られてくる。

 部活か。何となく入らないままで過ごしていたけど、入部してみるのも楽しいかもしれない。

 少しだけそう考えた所で、僕を散々振り回す露明の笑顔と、ゲーム部の先輩の厳しい睨み顔が浮かぶ。

 うん、そこは保留にしておこう。


『じゃあ行く』


 一言返して、僕はいつの間にか進んでいた板書を写す事に専念し始めた。




 放課後、第一資料室に向かうと、田切は先輩の将棋に付き合っていた。手を振り、その辺座っててと声をかけられる。この前居た他の部員達は今日は居ないみたいだ。

 やる事も無いので、田切のすぐ隣の椅子に座って勝負を見守る。盤面だけだとよく分からないが、よく見ると田切の方が多く駒を持っていた。

 気難しそうな先輩が、縁なしの眼鏡を神経質そうに押し上げる。

 

「酒古先輩の手番ですよ」


 田切は不安そうにへらっと笑う。田切が駒を動かしてから、酒古と呼ばれた先輩は五分近く動きを見せていない。溜め息を吐き出して、酒古先輩は「負けました」と告げた。

 言い終わると同時に先輩は立ち上がり、部屋の隅に置いてあるリュックの元へ歩いていく。充分距離が離れた辺りで、僕はこっそりと田切に耳打ちした。


「勝ったの、すごいじゃん」

「わりといつもこうだからさ、勝たせてくれてんだよきっと」


 嬉しさを隠そうともしない笑顔で田切はそう言った。ちらりと横目で先輩の方を窺うと、リュックから取り出したペットボトルのお茶を口に運んでいる。先入観かもしれないが、その様子はどこか腹立たしげに見える。田切が言うような、手加減して勝たせてくれた後には思えない。

 あの先輩、将棋が弱いんじゃないか。それで、自分を負かす田切に八つ当たりしてるとか。

 考えを巡らせていると、田切から話しかけられた。


「この前のゲーム、ルール改正してみたからさ。またやってってよ」

「あ、わかった」

「部長もお願いします!」

「……ああ、悪い点は指摘していいんだな」


 お茶を飲み干した先輩が、こちらを睨みつけながらそう呟く。長テーブルにボードゲームを広げる田切が、こえぇなあ、と明るすぎる声を上げた。それに返事や軽口を返す人はおらず、一言だけが部屋に響いて終わる。

 居心地が悪い。テーブル脇のパイプ椅子で俯くと、自分の指のささくれが目に入った。引っ張ってそれを無理矢理むしり取る。

 椅子が引かれて、よりによって目の前に酒古先輩が座った。テーブルに目をやると、広げられたゲーム盤が目に入る。

 前回の簡単な線しか引かれていなかったものに比べ、色や装飾なんかが付けられ、わりとボードゲームらしくなっていた。田切が描いたらしいお化けのイラストは拙いが、そのぶんどこかうっすら狂気を感じる仕上がりだ。

 田切が改正版のルールを読み上げ始めた時、資料室のドアがゆっくりと開いた。


「すみません、酒古黎和先輩はいらっしゃいますか」


 聞き覚えのある、涼し気な声が響く。教室の入り口に目を向けると、そこには露明が立っていた。何故かその手には大きな傘を握っている。真っ黒で、こうもり傘、と呼ぶのがしっくり来るような造りだ。

 先輩は驚いたように席を立つ、知り合いなのか。


「よくここがわかったな」

「教室に伺ったんですが、クラスの方から放課後は第一資料室に居ると教えていただきまして」


 露明が傘を渡す。その馬鹿みたいな長身のせいで、酒古先輩の肩越しと言わず、頭越しくらいの位置に奴の目が見えた。その目が、ふ、と僕を捉える。


「あれ、蓮田くん」


 露明が名前を呼ぶ。同時に、何、知り合い? と田切が興味深そうに僕の方を向いた。その間に露明は僕たちの居るテーブルへと近付いてくる。


「何してんの、きみも部活?」


 僕が何か言う前に、田切が口を開いた。


「蓮田の友達? 今俺の作ったボドゲやってもらってんだけどさあ、人数足んねえの、良かったらやってかない?」


 そういえば、前は四人でやっていたんだった。だけど、よりによってこいつを勧誘しなくても。

 断るかと思ったが、露明は意外そうな表情をして、「君が作ったの?」とボードゲームを見つめた。その視線の先には、ドアから出てきた無数の手が、逃げる人間の足を掴むイラストが描かれている。


「うん、あ、ホラー大丈夫? 一応ホラーボドゲなんだけど」


 露明の目がするりと細まる。一瞬だけ、奴の顔が路地裏で見たような恐ろしい笑顔になったように見える。が、それは数少ない僕の友人とこいつが親しくなろうとしているという、最悪な事実が見せた錯覚かもしれない。

 兎も角少しの錯覚の後、露明は普段よりも明るい笑顔を装備した。


「僕、そういうの大好き」


 じゃあ座って座って、と喋る田切の隣で、僕は頭を抱えて絶叫したい気持ちになった。




「だいぶ、形になったんじゃないか」

「っすね! 先輩マジありがとうございます!」


 酒古先輩がパワーバランスについて厳しく指摘したり、露明がルールの穴をついた戦法を生み出したりしたテストプレイのお陰で、田切のボードゲームは何個もルールが改善された。

 気がつくと、射し込んでいた夕陽がすっかり消え失せていた。壁の時計を見ると、六時を少し過ぎている。

 そういえば、このゲーム部では顧問の先生を見た事がない。普通は常に部室に居るか、そうでなくとも帰宅時間が迫ったら教えたりしてくれるものだと思うのだが、その辺は生徒任せになっているようだ。

 僕が田切に時間の事を告げると、やべ。と声に出して席を立った。慌ててボードゲームをカバンに詰め込んでいく。いつもこんな感じで慌てて撤収しているのだろうか。


「鍵、よろしくお願いします!」


 田切がそう言えば、酒古先輩は黙って会釈した。三階から昇降口に下りるまで、別れる理由も無いので露明と僕と田切で三人並んで歩く。

 べらべらと田切は露明に向かって自慢のオカルトトークをぶつけていた。普段僕にこう言った話をするのは遠慮しているぶん、思う存分話せるのが嬉しいのだろう。周りがほとんど見えていないかのような、熱の入った語りだ。

 露明も露明で、話を聞くのが上手いのだ。いや、純粋に興味がある話だからというのもあるだろうけど、それを差し引いても上手い気がする。相槌の絶妙なタイミング、単調な話でも先回りをせず最後まで相手に言わせる、そういった部分が、横で聞いていると尚のことよく分かった。


「そーだ、蓮田どこ行く?」


 靴を履き替えながら、田切が唐突に話を振ってきた。そうだ。今日はご飯を食べに行くのがそもそもの目的だった。


「とりあえず、駅の方行って決めない?」

「あー確かにあそこまで行けば色々あるもんな」

「どこか行くの?」


 露明は当然のような顔をして話に割り込んでくる。


「あー、飯飯。奢る約束してんの。なんなら露明も来る?」


 来ないだろ、と思った。靴箱からスニーカーを出して、のんびり履き替える。昼飯も遠慮する怪物は、学生同士のファミレスの晩ご飯なんか、興味が全く無いに違いない。

 だから、その後の返事に僕は心臓が跳ね上がるほど驚いたのだ。


「いいなら、是非」


 僕が振り向くと、視線が合った露明はよそ行きの笑顔で笑ってみせた。




「お前、ちょっとは遠慮しろよ」

「知らない」


 駅前のファミリーレストラン、僕の前には一番高価なステーキセットと、サイドメニューのポテトとサラダ、スープが並んでいる。もちろんドリンクバーだって付けてやった。こちらは死にかけたのだから、これくらいは正当な要求の筈だ。

 田切は肉の乗ったピザを、露明の前にも、意外なことにカルボナーラが運ばれていた。好きじゃない、と言うだけで、普通の食事も食べる事は食べるのか。


「バイト代マジ無くなる」


 田切はわざとらしく嘆いてみせる。おごるっていったのはそっちでしょ、と言ってやると、露明がドリンクバーの紅茶を啜りながらへらへらと笑った。注ぐだけのアイスでなく、わざわざホットで作っている。


「まあなあ、あんな目にあったもんなぁ」


 田切にそう言われて、背筋にピリッと緊張が走った。やっぱり、お化け工場に行ったという事実だけでなく、謎の怪物、いや、【お化け】に会った事も覚えているのだ。

 とっさに露明の顔色を見る、奴は大して興味が無さそうにスパゲッティを巻き続けていた。

 興味が無い訳はない。おそらく彼が一番、自分の姿が見られたのかどうか気にしてるに決まっている。

 話を続けさせないと、僕は口を開く。


「僕、えーと、その……驚き過ぎてあんまり覚えてなくてさ……そっちはどれくらい覚えてる?」


 我ながら下手な演技だったが、確認する為にはこれくらいしか思いつかなかったのだ。うまく騙されて欲しい。

 幸い突っ込まれる事も無く、田切はピザを一切れ口に運んでから、腕組みをして考え出した。


「まあ……あの噂の化け物に会ったのと……まあ結構覚えてるけどさ、言っちゃって大丈夫なわけ?」


 心配そうに田切がこちらを見る。気遣われているのだ。

 やっぱり良い奴だな。そう思いながら、料理を片付けつつ返事をする。


「うん、わかんない方が怖いからさ……言ってよ」

「ああ……あ、露明はこの話何なのかわかんねえよな?」

「ううん、なんとなく事情は蓮田くんから聞いた」


 そっか、と返し、田切はコップの水を一気に飲んでから話し始めた。


「俺が工場内に入って……例の倉庫前で、隠したクッキーの缶を見つけようとしたんだよな? で、立ち上がって振り向いたらあいつが居た」


 彼は確認するように一つ一つ喋った。僕は頷く。


「それで……あいつが追い掛けてきて、倉庫に逃げようとしたけど壁際に追い詰められて、俺がコケて気絶した……」


 強く頷きながら、内心胸を撫で下ろす。良かった。露明の姿はどうやら見られていない。


「でもさ、なんか変な記憶あんだよ」


 ぎゅ、と反射的に僕はカトラリーを握りこんだ。


「へ……変な記憶って?」


 田切は緑色のソファにもたれ掛かり、顎を天井へ向ける。


「なんかな、ちょっとだけあの後起きた気がして、あの俺らを襲ってきた怪物が真っ黒の怪物に食べられてるような、黒い灰みたいなのが降ってて……」


 ガチャン、と大きな音を立てて、露明の手からパスタを巻いたフォークが皿に滑り落ちた。田切がうお、と小さい声を上げ、露明はごめん、と呟いて拾い直す。僕も不自然にならない様無理矢理ステーキを口に含むが、味がしない。


「ゆ、夢だよ夢。そんなの」


 声は震えていないだろうか。心配になりつつも今はこう言うしかない。そうかなあ、と田切はピザをもう一切れ食べる。


「夢にしてはリアルだったんだよな……」

「夢だって、そんなのあるわけ無いじゃん」

「でも、なんかなあ」


 田切は俯いて何やらぶつぶつと喋り出す。僕はここぞとばかりに追撃する。


「気絶した時って夢見たりとかあるらしいし? 僕はそんなの見てないって、だから夢だよ」

「……なんか蓮田、変じゃね?」


 田切が僕の顔をじっと見つめる。しまった、焦りすぎた。


「……お前も、実は見てんじゃねえの」

「いや、僕は見てないって」

「本当にか?」

「本当だよ」


 手が緊張で湿る。なるべく、露明の座っている方を見ないようにしていた。彼がどんな表情をしていたとしても恐ろしすぎる。


「じゃあ聞くけどさ」

「な、なに?」

「……あの化け物は、食われたんじゃなきゃどうやって居なくなったん?」


 言葉が一瞬詰まった。思考する前に、意味の無い言葉ばかり出てくる。


「そ、それはほら……あの、なんかよくあるように……そう、消えてったんだって」


 田切が深い溜め息をついた。


「あのな……嘘は良くない」

「嘘じゃ、嘘じゃないよ」

「いきなりどもり過ぎ、口数多過ぎじゃん。誰でも分かるってそんなん」

「違う、そんなんじゃ」


 田切は少し黙った後、ゆっくり口を開いた。


「……あのな、お前が何でそんな嘘つくのか、わかってるんだよ」


 喉の奥から空気が漏れる。なんで、どうして?

 バレてしまったのだろうか? 実は露明が変身を解く所まで見ていて、その正体を明らかにする為にわざわざ僕たちを食事に誘ったのか? だとしたら、だとしたら――

 全身が寒い。恐怖にぼんやりした思考の中、それだけをかろうじて感じ取った。友人、家、クラスメイト。隣の怪物はいくつも僕の弱点を知っている。怪物の報復。そのイメージが広がり始めた瞬間、田切の声が響いた。


「お前があんな真っ黒の化け物に合って怖い思いをして、それを否定したいのはよーっくわかる! でもな、だからって起きた事を無かった事にしたら駄目なんだよ!」

「……へ?」

「お前も見たんだろ? 真っ黒の怪物。それにしても、お化けを食うお化けなんてのが居るなんてな!」


 言われた内容を頭で整理する。つまり、田切は露明の正体には気付いていない。

 ふと、携帯の通知音が鳴る。ポケットから取り出すと、露明から『ギリセーフ』とメッセージが届いていた。


「マジでさ、一瞬だったからよく見えなかったんだけどアレだよな? 妖怪同士の戦い! みたいな? マジでアガったわ」

「あ……うん、そうかな」

「だろ!? あ〜もっと無理にでも起きて見とけば良かったわ〜、ホラー好きの名折れって奴」


 手を拭いた紙ナプキンをぐしゃぐしゃに丸めつつ、ちょっとトイレ、と田切は席を立った。姿が見えなくなった瞬間、露明はこちらを向く。


「……ま、一応セーフだよね」

「はい……」

「下手に僕の噂を撒かないか、注意しないと」

「そうですね……」

「その辺は、友達らしいしよろしく頼むよ?」


 露明が僕に目を合わせる。黒と青の混ざったような色の瞳に見詰められて、はい、と返事をするしか無かった。うん、と言って露明は自分のカルボナーラに視線を戻す。そしておもむろに僕の方へとそれを押しやった。


「これあげる」

「えっ」


 カルボナーラは手遊び代わりにフォークへ巻き付けられていた以外、運ばれた時から全く姿を変えていない。僕はもう自分のぶんの料理を食べているし、正直に言って食べ切るのは無理がある。


「食べないんですか」

「言ったでしょ? 一度お化けを食べたら、他のものは食べられないって」

「何で頼んだんです」

「ご飯に来ておいて、何も頼まないのは変でしょ」


 ほらあの子が戻って来る前に早く、と囃し立てられる横で、僕は腹がはち切れそうになりながらもスパゲッティを平らげる羽目になった。



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