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我が身可愛くて烏は鳴く  作者: 黒胡麻月介
一章 彼は〇〇
7/21

7怪 信用してくれてるみたいだから

「お願い! おーっ願い!」


 両手を擦られて頼まれても、到底、ハイわかりましたと言えるような事ではなかった。


「嫌だよ、他の人に頼んでよ」

「マジで頼むよ! お前しか居ないんだって!」

「じゃあ諦めなよ!」


 田切は諦める気配などみじんも見えない。


「雨じゃないと駄目なんだって! 今日じゃないとさあ」

「これから梅雨だよ、雨なんていくらでも降るでしょ」

「俺のボードゲーム案の取材だから! チラッと見るだけでいいんだ、チラッと」


 絶対に嘘だ。田切はこういう時都合よく嘘を言う。

 ファストフード店のテーブルで両手をついて、田切は僕がトイレへ行っている間に話していたという心霊スポットへの同行を求めてきたのだ。ふざけないで欲しい。


「僕、怖いの嫌なんだって」

「大丈夫! たぶんデマの噂だからさ! その確認だけ!」


 じゃあ行く必要ないだろ、と口の中で呟く。他の部員二人はこの話を切り出されて即帰ったらしく、四人掛けテーブルには僕と田切の二人だけになっていた。


「証人として必要なんだって、お願い。今度なんか奢るからさあ」


 ストローのごみを弄るのをやめる、とても深いため息が出た。こうなったらもうこっちが折れるしかない。


「……外からチラッと見るだけだよ」

「マジでアザッす!」


 即座に感謝の意を述べて、要は急げ、と言って田切はトレイを返しに立ち上がった。要じゃなく善だと思う。

 重い腰を上げて、僕もその後に続いた。後日、うんと高い飯を請求してやる。




「目撃談が結構集まってるんだけどさあ、全部雨の日なんだよ」


 田切が語った体験談は、どれも夜だったり遠目だったりでお化けのハッキリとした細部は無かったが、それでも明らかに奇妙なものだった。少なくとも、人間ではないだろう。


「本当に、遠くから見るだけだからな」

「それはうん、マジでそう。だいじょぶ。話見る限り追いかけたりしてこないらしいし」


 らしい、の一言に恐怖を感じる。確定していないということがどれだけ怖いか、わかって欲しい。少し前方を歩く田切は、だから安心だろ? とでも言いたげな顔をしていた。


「まあほら、お化け工場なんて小学生の頃何回も行っただろ? だから大丈夫だよ」

「行ってない」

「え、マジ?」


 そういや蓮田居なかった気する。と呑気に上を向いて喋る。お化け工場なんて名前の場所に、わざわざ行こうとする奴の気がしれない。

 当時の同級生には探検隊気分で行く奴も多かったが、不法侵入がバレ、親に一時間のお説教を受けた奴が居るとの噂を聞き、何故親とお化けの二重の恐怖を押してまで行くのか訳がわからなかった。


「父親に行きまくってるのがバレてさ〜、そんな不良に育てた覚えは無い! て三時間くらい説教されたわ」


 目の前に噂の本人が居た、そこで懲りてくれれば良かったのに。どんどん重くなる足を無理矢理動かしてついて行く。


「じゃ、蓮田はお化け工場初挑戦ってワケだ」


 どこか嬉しそうな声を田切は上げる。返事をする気も無くなり、無言で応える。


「お、見えた見えた。アレだよ、お化け工場」


 手を目の上に翳してから、指差しに仕草を変更して教えてくれる。示す先には、いくつかの煙突がある灰色の建物が見えた。


「あ、蓮田ってお化け工場自体の噂は知ってる?」

「え、知らない、けど」


 教えてくれなくてもいい――

 そう続ける暇もなく、田切はベラベラと語り出した。


「あのなー、何かかなーり前から廃墟らしくって。詳しい話は分かんねーんだけど、なんか色々? 説があんだよね。従業員が焼身自殺してるとか、工場長が機材の下敷きになったとか、ゴミ捨て場から人骨が出てきたとか。

 何が本当かは分かんねえけど、あとは従業員の一人が仕事中おかしくなって? カッターで他の従業員を襲ったとかの話もあったな。ま、そんな感じのとこ」


 血なまぐさい話がポンポンと飛び出す。どれが真実だとしても、そんな軽い調子で話す事なのか。

 軽く頭がくらっとして、このまま倒れたら行かなくて済むかな、と思ってしまう。


「お、おいごめん。顔色悪いぞ」

「ああ……うん、大丈夫」


 本気で心配そうに顔を覗かれ、怒るに怒れなくなってしまった。良い奴なんだ。ちょっと並外れて怖い事が好きなだけで。

 そうこうしているうちに、僕達は工場の周囲をぐるりと囲むフェンスの側まで来ていた。


「おー! 懐かしー!」


 田切がフェンスに両手で張り付いた。錆が付きそうだから、触んない方がいいよ。と声をかけると、やべ、と言って離れる。

 とにかくこれで、後は少しだけ確認して帰ればいい。


「それで、どこに居るんだっけ、そのお化け」

「えーと確か、倉庫の前だったから……あ」


 田切がゆっくりと振り向く、口がへの字に曲がり、眉が困り果てていた。蚊の鳴くような声でぼそりと呟く。


「ごめん、倉庫って外からじゃ見えない……」


 今日二回目になる溜め息が出た。自分でも驚く程に深い。わざとじゃねえの、マジでわざとじゃ。と田切は両手を振って必死に弁解する。

 わかってるよ、と返して、僕はフェンスにちょうど空いていた穴をくぐる。ここで嫌がっても、また押し問答になるのは目に見えていた。

 ごめん、高いもん奢るから。と言いながら田切が後に続いた。

 制服を着たままだった事を思い出して、近所の人に見咎められないか心配になる。慌てて見渡しても人の姿は無かったので、これ幸いと田切の腕を引いて外から見えない場所まで進んだ。


「田切、倉庫ってどっちにあるかわかる?」

「確かこっち」


 辺りを見ながら、うわ久々、前に来たの何年前だろ。と田切は話し続ける。工場内はかなり荒らされていたが、それに対しては特に何も言わなかった。

 もしかすると当時から此処はこんなものだったのかもしれない。そうだとしたらそりゃ小学生が出入りしていたら怒られもするだろう。


「おっ! あったあった。相変わらず壊れてんなー!」


 どこかズレたコメントを田切がする。前方には長方形で半壊した倉庫が建っていた。


「なんだ、なんもいねーじゃん」


 確かに、倉庫の付近には人影らしいものは何も見えない。雨もまだ降り続けているし、これは本当にデマだったのだろう。


「マジ懐かしい。俺の隠したカンカンまだ残ってるかな」


 田切が倉庫へと駆け寄って行く。ちょっと、と声を掛ける暇すらなく、慌てて後を追った。追いつくと、田切は倉庫脇にある木の下を掘り返していた。


「あ、マジでまだあった! タイムカプセルじゃんこれ」

「それ、ここで見なくても良くない? 早く帰ろうよ」


 田切の背中に向かって声をかける。それもそうだな、とカンカンを小脇に抱えて田切は立ち上がった。


「……にしても、出るかと思ったんだけどなあ、二本首の幽霊」


 そう呟く田切に残念だったね。と言いながら後ろを振り向くと、

 そこに、何かが居た。

 倉庫から20メートルほど離れた先、体をふらふら左右に揺らす人影。人間が二人寄り添っているように見える……いや違った。

 首が二本ある。


「た、田切……」

「あれ、あれ……アレ本物だよな? お前の仕込みとかじゃなく」


 僕の顔を凝視しながら彼はそう言う。雨か汗かわからない水滴が、ひとすじ田切の頬を落ちた。

 何度も頷いて本物だと示す。ゆっくり田切は視線を動かす、その目はここまで脅威が迫っていても好奇心を失っていなかった。


「だ、大丈夫……噂だとな、確か追い掛けてきたりしねえ筈……」


 噂だと。確か。筈。断定してくれない言葉達が不安を募らせる。僕の脳内ではそいつが今にも振り向いて、静かに、緩やかに、だけど確実にこちらに向かってくるイメージが出来上がってしまった。

 その途端、二本首のそいつはこっちを振り向いて、ゆっくり歩き始めた。

 喉から悲鳴がほとばしる。田切がこっち、と鋭く声を上げて倉庫の方に走ったのを見て、兎に角そちらへ掛けた。


「やばいやばいやばい」

「どうしよう! どうするの!?」


 声の限り叫ぶ。どちらかと言うと、その声は自分に向けていた。

 露明の声が脳内に響く。

 ――お化けは、噂で生まれるんだ――

 田切が僕に呟いた、二本首のお化け、という言葉。アレが引き金になったのだろう。タイミング的にもそうとしか思えない。

 加えて今追いかけられているというこの状況も、おそらく僕が招いたものだった。

 悪い想像を止められればいい。しかし、僕の生存本能はそれを許さない。生命の危機を感じて、全ての最悪なパターンを予測しておこうと働く。


「やばい来てる来てる!」


 田切が壁の外から視線を離さず、そう叫んだ。考える前に嫌悪の悲鳴が飛び出る。


「うああああ! 嫌だやだやだ!」


 あの化け物を近くで直視したくない。思考が一瞬それだけに支配される。

 崩れた壁から、応えるように怪物が顔を出した。


 やたらと高く大きい身体は、青に近い緑色がかかっている。長い首、と思っていた部分は、胴体との境目が無く、伸びた胸のようにも思えた。顔は二つ、口だけが付いた真っ黒の顔と、目が縦方向に二つ付いたぶよぶよの襞だらけの顔だ。

 身体には灰と紺の間の色をした汚らしい布切れが、赤く太い糸で皮膚にじかに縫い付けられていた。


「来んな来んな来んな!」


 田切が何度目かわからない叫びを上げる。このまま下がっても後ろは壁だ。逃げ口が無いか必死に見渡すと、どこかへ繋がっていそうな通路が右手にあった。


「あっち! あっち逃げよう!」


 田切の服を引っ張って駆け出す。瞬間、くん、と抵抗があって、音を立てて田切の服が破れる。


「うぁっ! ってぇ!」

「田切!」


 空き缶を思いっきり踏み付けたらしく、田切は派手に横転していた。しゃがみこんで肩を貸そうとするが、田切は目を開けていない。

 死んだ?

 嫌な想像が広がる。しかし彼の口からぐが、といびきのようなものが漏れたことで、気絶したんだ、と気付いた。

 顔を上げる。いつの間にか怪物は手を伸ばせば届きそうな位置まで来ていた。腕を拡げて、ゆっくりと黒い顔の口を開いていく。そこで初めて、この顔は炭になっているのだと気づいた。強い腐臭が鼻をつく。

 化け物の口から無数の蝿が飛び出す。布が縫われた肌から、蛆虫が這い出てきているのが見えた。

 捕まったら、どうなるんだろう。死ぬのかな。そこまでは噂になっていなかったな。

 青い腕が僕の顔を掴もうとしたその瞬間、

 黒い嘴が、怪物の胸を貫いた。

 怪物はがくん、と苦しむように大きく痙攣した。広げていた腕を縮めて、胸に刺さった塊を抜こうと試みる。

 唐突に現れた闖入者は、煩いほどの羽音を立てながら閉じていたその嘴を開いた。

 砂糖菓子の如く、怪物はあっさりと二つに引き裂かれる。狂喜するかのように、黒い羽根が激しく動かされた。

 露明。露明だ。

 抜けた羽根が、僕と田切の身体に積もっては消えていった。




 しばらく食事を終えた後、露明は羽根と嘴を仕舞った。僕の方を見、「こんな所でなにしてるの」と訊ねてくる。


「僕は、この田切に……連れられて……」

「お化けを見ようって?」

「うん……」

「そう言えば、その子ちゃんと気絶してるよね? 見られてない?」

「…………うん……」


 絶対の自身は無いが、おそらく露明が出てくる前に気絶していた筈だ。それより何故露明がここに居たのか、訊こうかと思ったがやめた。どうせ今の怪物が目的だろう。露明は背中を向けてわざとらしく伸びをして見せる。


「あー良かった。見られたりしたら洒落にならないからね」

「僕は……見ましたけど」

「きみは特別」


 振り返りニヤリと笑ったその顔からは、やはり真意が読めない。

 とりあえず、言いたい事があった。


「あんなめちゃくちゃなお化け、作らなくたっていいじゃないですか」


 露明は黙っている。


「あんな、怖いの……こわ、怖かった……せめて、もっと普通な…………」


 安堵からか、気づくと視界が滲んでいた。露明がここに来ていなかったら、僕と田切はどうなっていたんだろう?


「ごめんね」


 顔を上げる。涙のせいで、露明の表情はよく見えなかった。

 謝られた? あの露明に?

 何が起きているのかわからず、記憶をもう一度思い返す。

 あれ?

 お化け工場の噂って、いつからあったんだっけ?

 うまく動かない喉を酷使して、声を捻り出した。


「つ、ゆ、あけ。お化けこうじょうって、お前の話じゃ、ないだろ」

「……まあね」

「じゃ……なんで」


 悪くないのに謝ったんだ。そう言う前に、露明の言葉に遮られた。


「僕を信用してくれてるみたいだから」


 また貸してあげる、とハンカチを投げられた。そのままどこかへと露明は歩いていく。あの化け物から転げ落ちたらしき蛆虫を拾って、彼はそのまま口に含んだ。うわ、と思っている僕の顔を見てケラケラ笑う。


「また学校でハンカチ返してよ」


 そう言って、露明は手を振った。



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