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我が身可愛くて烏は鳴く  作者: 黒胡麻月介
一章 彼は〇〇
5/21

5怪 軋轢とボードゲーム

 定期考査が近いから、そろそろ準備しておけ。

 朝のショートホームルームで担任がそう言って、僕は近頃勉強をすっかり忘れていたことを思い出した。

 なにしろ、ゆっくり学校生活に集中できないような状況に巻き込まれたばかりなのだ。眠れない日は増えて、勉強にも身が入らない。

 だけど、ここの試験で悪い点をとったら夏休み補習が待っている。気を引き締めなくては。

 鐘が鳴って、皆が好き勝手に立ち上がり始める。僕もトイレに行っておこうと廊下に出ると、誰かに後ろから声をかけられた。


「よー、蓮田。なんか元気ねーな」


 振り向くと、明るい色をした短髪の青年が片手を上げて立っている。僕の友人、田切俊(たぎりしゅん)だ。


「ああ、うん、勉強してなくて……」

「あー、定期試験か、俺のところの担任もさっき言ってたわ。俺も勉強してねーな、部活忙しいし」


 彼は腕を組んだ。腕は太く、日焼けしている。彼は運動部だっただろうか。


「部活ってなんだっけ?」

「言ってなかったっけ? ゲーム部」

「あ、聞いてたかも。忙しくなるの? それ」

「ひでー、先輩の将棋練習に付き合わされたりしてんだぜ? もうすぐ大会とからしくて。俺はボードゲーム作ってんのによお」


 僕が思っているより、ゲーム部はきちんと活動しているらしい。今度俺のボドゲ、テストプレイしに来てくれよ、と小突かれ、いいよ。と返した。僕の返事に田切は気持ちのいい笑顔を浮かべる。


「お、マジ? じゃ土曜に学校来てよ、三階の第一資料室」

「文化部なのに休日も活動してんの……?」


 大会前だからな。とよくわからない事を返される。うちの学校の部活動は一体どうなっているのだろう。


「じゃ、俺自販機行くとこだから」

「わかった、じゃあね」


 田切は廊下の向こう側へ戻っていった。僕もそういえばトイレに行くところだった、と思い出す。はやく行こう。




 休日の学校は、普段と比べて人の気配が少ない。これで晴れていたら校庭に運動部の三つや四つも来ているのだろうが、雨だとそういうわけにもいかない。雨粒に打たれ建っている校舎は、なおさら寂しい印象を与える。

 季節は梅雨に入っていた。

 昇降口で上履きに履き替えて、三階まで上がる。言われたとおりに第一資料室のドアを開けると、長テーブルの上に広げられた画用紙といくつかのフィギュアが目に入った。


「おー、よく来たよく来た。もう準備してあるから早くやろうぜ」


 サイコロを弄んでいた田切が、嬉しそうな声をあげて僕を呼ぶ。背の高い本棚に囲まれたテーブルには、既に田切の他に二人ほど生徒が集まっていた。ゲーム部の部員だろう。茶髪を肩まで伸ばしている人と、黒縁眼鏡の人。僕も空いているパイプ椅子に着席する。ちょうど田切の正面だ。

 資料室の奥では、別なテーブルを使って将棋の対局をやっているのが見えた。きっと田切の言っていた大会が近いという先輩だ。


「じゃ、ルール説明すっから」


 そう声をかけられて、僕は慌てて視線を画用紙に戻す。画用紙には四角がいくつも描かれており、フィギュアはそのうちひとつの四角に集められていた。手持ちのフィギュアをコマ代わりに必要なぶんだけ持ってきたのか、ゲームのモンスター、子供向けアニメのキャラ、寿司の食品サンプルと統一感がない。


「まず、プレイヤーは怪異の噂を集める霊能者と怪異に分かれて戦う」

「ッぐ」


 思わず喉から変な声が漏れる。幸い周りには気付かれなかったらしい、部員の一人が声を上げて説明を遮った。


「ちょっと待って、またホラーなの? 前回、次はバトルものにするって言ってたのに」

「うるせ、バトルだよこれも戦うんだから」

「めっちゃ俺とジャンル被ってんじゃん! いつも面白いの出してっから良いけど、製品版一個はよこせよ?」


 茶髪の部員に言われ、トーゼンよ、と田切は歯を見せて笑っている。そうだった。こいつはこういう奴なのだ。

 僕とは正反対の、無類のホラー好き。小学校の時から田切と僕は一緒の学校だったが、当時から図書室の怪談本を制覇した。と自慢げに語り、今日は待ってたホラー映画の新作がレンタルされるから、と誘いを断った。

 一番印象深いのは中三のときだ。田切はクラス替えの自己紹介で、三年連続皆勤賞を狙う、と宣言し、実際寝不足だろうと38℃の熱が出ようと学校に来続けていた。

 しかし、十一月のある日田切は突然休み、計画は断念した。驚いた僕が翌日登校してきた彼に理由を訊くと、「いやー大好きなホラゲーシリーズ作った人の新作がリリースされちゃってさあ、昨日一日中やってた」と言ってのけた。

 田切にとって、あんなに頑張って狙っていた皆勤賞より、ホラーを楽しむことは重要事項なのだ。

 露明も、こういう奴に声をかければ良かったのに。田切が露明の話を聞かされたら、目を輝かせて喜ぶだろう。


「……で、霊能者チームは全滅までに弱点、居所、伝承カードを全部手に入れれば勝ち。どう? わかった? 特に蓮田」


 名前を呼ばれて現実に引き戻された。そうだ、今はボードゲームだ。ルールをあまり聞いていなかったが、そう正直に言うのも憚られる。曖昧に笑うだけにすると、察したのか田切が微妙な顔をする。


「ま、細かいルールはやりながら覚えればいいから」


 はいコマ。と渡された寿司のフィギュアを握りしめた。せっかくの休日なんだ。露明なんかの事を思い出すのはよそう。僕は盤面に集中した。




「あー、負けた負けた!」


 田切が椅子の背もたれにぐでんと凭れた。


「いや自分で作ったボドゲで負けるとか、ある?」

「三対一じゃしゃーねえだろ!」

「少人数有利はボドゲの基本だろ! その辺考えとけよ!」


 田切と部員達がわいわいと騒ぐ。何回か連続でやってみた感想としては、確かにルールに荒い部分もあったけど面白かった。個人でここまで作れるものなのか。


「もうこんな時間じゃん。そろそろ帰んねえと」


 時計を見ると、十二時を少し過ぎていた。


「午前中だけで終わり?」

「うん、日にもよるけどウチは九時から十二時十五分まで」


 画用紙とフィギュアを手早くエナメルバッグに詰めながら、田切がそう教えてくれる。わざわざ休日に活動する割には中々早い。


「感想戦、駅前で昼飯ついでにやるけど、蓮田来るよな?」

「あ、行きたい」


 椅子から立ち上がって、田切の片付けを手伝った。奥でまだ将棋をやっている先輩達に挨拶をして、部屋を出る。ふとケータイを取り出したが、そこには何の連絡も来ていない。

 ここしばらく、露明からの連絡がぱったりと来なくなった。いつかのように学校で絡んでくることもないし、帰り道に突然現れたりもしない。

 僕からも特別連絡するような仲でも無いから、なんとなくそのままになっている。

 理由はわかっている。たぶん、あんな目に遭っても僕が意見を曲げなかったからだ。あの時はうまく返事をできなかったが、今なら露明の言い分も確かにわかる。あれは、確かに亡くなった人とは別物の何かだった。

 だからこそ、わざわざ間違った噂を流し、そんなお化けを生み出してしまうことは間違ってるんじゃないか。

 今の僕の考えとしては、そんな所だった。


「蓮田もハンバーガーでいい?」

「えっと、うん、それでいいよ」


 いつの間にか店が勝手に決まっている。田切に先導されて、僕たちはハンバーガーチェーンへ向かった。注文し、トレイを一番に受け取った田切が二階席へ勝手に突撃する。

 昼時の店内はそこそこ混んでいるが、運良く窓際の四人席に座ることができた。田切が嬉しそうに六段のバーガーにかぶりつく。


「あー! ボドゲってマジで脳使うわ!」


 コーラを流し込んでから、ひときわ嬉しそうな声を上げた。すかさず眼鏡の部員が半笑いでツッコミを入れる。


「いやあなたの場合ゲーム中騒いでるからエネルギー使ってるんじゃないの」

「ゲーム中うるせーもんな、コイツ」

「ひどくね!? 騒いでんのはお互い様みたいなとこあんじゃん!」

「田切が一番うっさい」


 茶髪にバッサリと切り捨てられて、田切はええーと言いながらわざとらしくテーブルに突っ伏した。


「……にしても、今日もサコ先ウザそうにしてたな」

「確かにイヤ~な感じは出してた」

「あー、まあそーだな。ま、部長だししゃーないんじゃね? 大会前とか言ってたし」


 初めて聞く名前だったが、誰の事なのかは推測できた。奥で将棋をやっていた人だ。

 確かにゲームの最中、何度か田切が声を上げるたび厳しい目をこちらに向けて来ていた。本人はちょうど背中を向ける位置に座っていたため、気づいてないのだろう。

 茶髪の部員は更に続ける。


「サコ先は田切嫌いだからさあ、目の敵にされてんじゃん」

「いやサコ先輩はあれでしょ? オカルト嫌い、田切っていうよりも」

「やっぱまたホラーボドゲ作ったからだろ、性懲りもなく」


 そうかなあ、と田切はポテトをつまむ。気持ちはわかるが、ボードゲームをやっているだけで睨んでくるのは少し行き過ぎではないだろうか。


「そうだ! 今ので思い出したんだけどさあ、最近なんか変な噂流れてんの知ってる?」


 変な噂。嫌な予感に心臓が跳ねた。


「なに? またなんか怖い話聞いたの?」

「それがさ、すげえんだよ。話がグロいなんてもんじゃねえの。あとなんか変でさ……」


 ゾンビ映画を見た直後に焼肉に行こうとする田切が、そこまで言うなんて。眼鏡の部員と茶髪の部員も興味をそそられたのか、軽くテーブルに身を乗り出している。


「ごめん、僕ちょっとトイレ」

「おー、いってら」


 個室へ向かって、鍵を閉める。来たはいいが別に催しているわけではない。ズボンのまま便器に座る。

 聞きたくなかった。グロいのも怖いのも嫌だが、何よりもあいつが流した噂を聞きたくなかった。

 あいつがどう脚色すればウケるか好き勝手考えて、適当な味付けをした話なんて。

 時間を潰したくて、ケータイの画面を点ける。惰性で続けているSNSを見ると、神社での不思議な体験談が流れてきていた。発信者はどこの誰とも分からないが、好意的なコメントがいくつも付けられている。アプリを閉じ、お気に入りのサイトでも見ようと検索エンジンを開く。露明に言われて覗いたサイトから【暑い夏に見たい!逸品怖い話まとめ】という記事のおすすめが来ている。僕はケータイを閉じた。

 露明だけを非難しようにも、世間は怖い話が溢れ過ぎていた。

 心配した田切が僕を呼びに来るまで、僕はトイレでそうして俯いていた。


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