芸人魂 5
敦の方を凝視したまま固まる祐樹。
敦は手にコンビニの袋をぶら下げたまま、口を半開きにこちらに近づいてくる。
「何してんねん」
「敦君!」
その腕を、祐樹の母親が掴んだ。
敦は自分を引き止めたその声を振り返り、軽く驚いたような顔になって彼女を見つめてから「なんで?」と声をひっくり返す。
「うちが頼んだん。ごめん、驚かせて」
「いや、ごめんも何も……これ、どういう事やねん?」
目を白黒させる敦に、母親の方は申し訳なさそうに眉尻をさげ目で訴えている。
「アツシ!」
「お、おぉ!?」
もう一度勇気が叫んだ。むりやり俺の肩の上から降りようと身を捩り、奴に手を伸ばす。
「危ないて!」
俺は祐樹が落ちないように気をつけながらも急いでしゃがむと、祐樹は足が地面に着いたとたんに走りだした。
「アツシ!」
そして母親と彼の元に飛び込んでいく。
なんやどういう事や?!
周りを見る。子ども達もその母親たちも、勘ぐりあう顔を寄せ声をひそめて彼ら3人を見ている。
俺は鼻血を裾で拭いながら彼らの様子を見ながら立ち上がる。
祐樹は敦の知り合いなのか?
って言うか、知り合いどころか……。
さっきの噂話と最近の敦の様子を照合する。
練習に身の入らない敦
再婚相手とうまく行かない祐樹
ネタ合わせに顔もろくにださん相方
昼間からウロウロする父親
もしかして、もしかしたら……。
「敦、お前」
「何や? お前、彼女に会っとったんか」
敦は両手をポケットに突っ込んでおもしろくなさそうな顔をしてこちらを振り返った。
俺は祐樹の手をつなぐ母親の方を一瞥した。
母親の方は敦のそんな横顔に声を上げる。
「違うの。ほんまに、ここで会ったのは偶然で……。ただ、まだうちなんも話してへんし」
「ほんまに?」
「ほんまに」
彼女に尋ねる敦の声は、低くて優しいものだ。夫婦と言うより、友達以上の想いがあるも恋人の線を越えられない、まだ恋をしている男の青臭さが漂っている。
彼女の方はそれを感じていないのか、祐樹を引き寄せると後ろから抱き竦めるように腕を回した。その手の柔らかさに、俺は母親と言う言葉が吸いつくように似あう事を感じ、すぐに敦の声が不釣り合いな事に気がつく。
ほんまに、敦が『そう』なら彼女の事を好きでも、祐樹の父親にはなりきれてないのかもしれない。
「なぁ、敦。水くさいやんけ。俺ら、もう5年もコンビ組んでんのに、なんで話してくれへんかってんや」
「はぁ?」
「彼女の事や」
俺は視線で彼女達の方を指す。
敦は少々鼻じろみ、口ごもりながら
「アホか。今更、言ったってしゃぁないやろ」
「しゃあないことあるか。俺ら、コンビやぞ。芸の事だけやのぅて、困ってる事でもなんでも、話してくれや」
そして俺はしゃがんで祐樹に目線を合わせる。
祐樹は困ったような顔で俺を見つめていた。
それに笑顔で応え、頭を撫でる。敦の子どもか……せやったら、俺の子どもみたいなもんやんか。
「俺、こいつに教えてもろてん」
「何をや」
背中の敦に声に俺は振り返らずに答える。
「心から自分も楽しまなぁ、相手を楽しませる事なんかできひんねんな。最近の俺、なんか計算ばっかで、焦って、俺自身お笑いを楽しめてなかったわ。そんなんで、人を笑わせる事なんかできるわけあらへん」
ほんまにくだらないネタだった。
鼻に煙草突っ込んで、くしゃみして飛ばすだけの、しょーもないネタや。それでも、やってる時、俺は楽しかった。
鼻血流して走り回ってる、そんな理屈も捻りもない場所に、笑いはついて回って来てた。
今の俺が見失ってたんは、笑いを楽しむ心やってんや。
「なぁ、敦。これからはこいつを一緒に育てたるから、芸の方も一緒にもう一度頑張ろうや」
俺は少々自分の言葉に感動しながら、奴の方を思いっきり男前に振り返ろうとした。その時だった。
「なんでやねん」
後頭部に思いっきり敦の蹴りが叩きこまれたのは。