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芸人魂  作者: ゆいまる
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芸人魂 1

「お前の言ってる事はもっともや。そやかて、できひんもんはできひん」

 そう奴は俺に怒鳴りつけると、ネタ合わせしていた部屋から飛び出して行った。

 コンビを結成して5年。喧嘩なんかいくらでもしてきたけど、今回ばかりはその感触が違っていて、叩きつけられたドアを見つめながら「今回はほんまにやばいかも」と溜息をついた。

 敦との付き合いは高校の頃からだ。

 世間でお笑いブームが走り出していたあの頃、女の子にもてるのはバンドよりお笑いだと思って、文化祭に奴と組んだのが始まりだ。

 っていうか、そもそも誘って来たのはアイツの方だった。

「なんやねん。肯定か否定かはっきりせいや」

 俺は苛立ちに舌打ちすると、箱からだらしなく飛び出ていた煙草を乱暴に取り出して口にくわえた。

 初めての舞台を思い出す。

 アイツがツッコミで、俺がボケ。結構受けたし、思惑通り、その後女子に一時期もてた。

 そういや、クラスで一番人気の女の子に手紙をもらって、俺宛てか奴宛てかってもめたっけ。あの後すぐに彼女が転校したから、今になってはどっちにだったかわからないけど、あれがファンレター第一号だった。

 で、いい気になって高校を卒業してからは親の反対を押し切って一緒に養成学校に行って、そこでもそこそこイケている方だった。

 同期や講師からの期待の声に二人していい気になっていた。

 そこまでだった。デビューして、いざプロの舞台に立つと、まるで空気が違った。

 それまでの観客席からの視線は、芸人を育ててやろうという温かなものだった。それは評価が厳しかろうと甘かろうと大なり小なり、そんな親切心が漂っていた。

 それが、いざプロの現場に立つとどうだ。

 金を払って見に来ている客は、おもんなかったら容赦なく厳しい反応をする。ちょっとでもしょうもなかったら、親の敵の様な顔をして野次を飛ばすか、俺達の存在何かそこにないような扱いをする。

 そんな場に立って一年。

 敦と俺は焦り始めていた。

 こんなはずじゃない。俺達はもっとイケてるはずだ。そう思えば思うほど気持ちが空回りし、喧嘩も増えていった。

 今も、明日の舞台のネタ合わせでぶつかった。

 っていうか、ネタ作りはいっつも俺の役目。アイツは演じるだけだ。俺の言う通りにすれば絶対にうけるのに適当な事しやがって。

 こんなんじゃ、俺達このまま埋もれてしまう、そういう危機感がアイツにはない。少数のマニアックな追っかけの存在にしがみついて安心し「別にええやん」で薄笑い。ネタ合わせにも何やかんやと出てこない時もある。なんか用事があるんかと訊いても「別に」と隠し事。たぶん遊びにでも行っているのだ。

 こんなんじゃ、今ついてくれてる数少ないファンにだって失礼だろ。

 もっと芸を磨いて、頑張らないと。

 くわえた煙草に火をつけようとライターを探した。

 食べかけのカップラーメンやビールの空き缶が生息しているテーブルに目をやる。

 敦が買った漫画雑誌の間に挟まった、月刊のお笑い雑誌が目に入った。

 表紙が同期のコンビだった。養成学校時代は俺らよりつまんなかった奴が、来期からテレビのレギュラーを持つらしい。

 顔だけのくせに、うまいことやりやがって。

 俺は苛立ちに火のついていない煙草を灰皿に押し付けると、この現実から逃げる様に立ち上がり、外の空気を吸いに出る事にした。


 平日の昼間の公園は、厭味なくらい静かだ。

 今住んでるボロアパートからバイト先のコンビニに行くまでの間にあるこの公園は、見回せるほどの大きさしかないが、こ綺麗で常に人の影があった。

 今日は数組の親子連れが楽しそうに遊具のあるあたりで、楽しそうにしている。

 そこにも笑顔が溢れていて、このくそ寒い真冬の北風の中、明るい声が漏れ聞こえてきている。

 笑い、笑い、笑い……なにがおもろいねん。

 昨日の舞台を思い出す。考えただけで怖くて足がすくむような舞台だった。

 敦と舞台裾で喧嘩して、そのまま向かった光の下。

 どんなに喧嘩した後でも、仮にこっぴどく失恋に打ちのめされた後であろうと、俺は舞台ではプロとしての顔を作れているつもりだった。

 それは奴も一緒で、最近は喧嘩が絶えなかったが舞台は何とかこなせていた。

 なのに……。

「あ〜ちくしょっ」

 俺は頭を抱え髪をかきむしった。

 昨日のネタは結構自信があったんだ。構成も内容も、これまでのと比べものにならないくらいに力を入れた。

 けど。

 目の前にあの舞台が広がり、背中に悪寒が駆け抜ける。

 昨日のお客の反応。

 無反応だった。

 ヤジも飛んで来なければ、ため息も、冷たい視線すら飛んで来ない。

 能面のような顔がこちらをじっと見ていた。

 無視でもない、こっちを確かに見てはいる。

 でも、みな、同じ顔だった。

 悪夢でも見ているようだった。

「なんやねん。どないせぇっていうねん」

 冷たい風が俺を嘲笑うように上空で渦巻くのが聞こえた。

 そもそも、どうすれば正解と言う世界じゃないのはわかっている。何がいい方に転ぶかわからない、それはその逆も同じで……。

 頑張れば頑張るほど、笑顔が遠のいていく気がした。

 初舞台で見たのは、知ってる奴等の笑顔だった。

 何か口にするごとに、何か動きを見せる度に、みんな笑顔になってくれた。まるで自分の存在自体が肯定され喜ばれているような錯覚に、胸が躍った。

 振り返るといつも敦がいた。

 敦も笑っていた。素直に嬉しかった。

 自分達の道は、みんなの笑顔で溢れるんだと思った。

 さっき出て行った敦を思い出す。

 最近の不真面目な態度を指摘しただけだった。

 このままじゃ、俺ら埋もれて終わりだ。もっと、もっと真剣に芸に取り組もう……そう諭しただけのつもりだった。

 俺は間違ってなんかいない。

 なのに、この胸の中の苛立ちは何なのだろう?

「くそっ」

 視界に、何かの影が差した。

 ふと軽く顔を上げる。

 ピンク色のドッジボールくらいの大きさのゴムボールだった。

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