幼馴染みの冒険者
それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。シスターの孤児院に来て、一緒に生活して、グレッドやシノン達が孤児院に来たりして、色々なことがあった。
私がバレンティア家の人間だということは時間をかけながらもフェイト達に話した。話すと決めてからも、伝えるタイミングが分からず、かなりの時間がかかってしまった。
私の家名を聞いて、フェイトや他の子ども達はピンときていない様子であったが、シスターだけは驚いていた。多分、シスターはバレンティアの名前を知っていたんだと思う。
追放された私はもうバレンティア家とは何の関係もないけれど、自分の家名をみんなに話せて良かったと思う。胸につっかえていたものがスッと消えていったのを感じた。
そうして私が13歳になってしばらくした時に、それは突然訪れた。
「ノエルー!!」
「どうしたの?」
孤児院の手伝いをしている時のこと、彼は急いだ様子で私を呼んだ。
「俺、冒険者になる!!」
「冒険者?」
「そう、冒険者!!」
そう言った彼の目は輝いて見えた。なぜ急に冒険者なのだろうと私は疑問に思った。
「なんで冒険者なの?」
そう訪ねると彼は拳を握りながら力強くこう言った。
「このまま孤児院で暮らしていたって明るい未来なんて待ってないだろ? だったら冒険者になって、みんなで裕福な暮らしが出来るくらい金を稼げるようになった方がいいじゃん!!」
フェイトの言う通り、孤児院での暮らしは厳しいものであった。毎日の食事だって満足には取れない。だからフェイトの言うとおり冒険者になって稼ぐという選択は間違いでは無いと思う。でも、
「でもそれだとこの孤児院を出ることになるんだよ? この村には冒険者ギルドなんてないし、冒険者として稼ぐならそれなりに大きな町に行かないといけない。そしたらみんなとも、シスターとも離ればなれになっちゃうよ?」
孤児院を出るという選択をフェイトが取るとは思えなかった。だってフェイトは重度のシスコンなのだから。シスターマリアの事が大好きなのだから……腹立たしいことに。
私の事なんて、一緒に暮らしている妹程度にしか思っていないのだと思う。そうじゃなかったら私のこの気持ちにだって少しは気付いてくれているはずだ。
気づいてくれていないということはそういうことだとため息が出てしまう。
「ん、どした? ため息なんてついて。何か怒ってる?」
こういう所にはすぐ気付くくせに。
「それは今はどうでもいいから……いや、どうでもよくはないけど」
それよりも、と話を戻す。シスターと離ればなれになってしまうことをフェイトが選ぶ事なんてないと思っていたけど、もしかしてシスターのことは諦めたのかな。もしそうなら私にもチャンスがあるのではないだろうか。
「確かにシスターやみんなと離ればなれになっちゃうのは寂しいし、辛いけど、でも……こうするしかないんだ」
「ぐぐぐっ……」と苦渋の決断をするかのように厳しい表情を浮かべるフェイト。
それを見て、私は少し申し訳ない気持ちになった。フェイトの表情を見るに、きっと相当悩んだ末に決断したのだろう。それを私は、フェイトの気持ちを試すようなことしてしまった。
私はフェイトに謝ろうとする。が、そこにふらりとシスターがやって来た。
「あら、まだフェイトは冒険者になるって言ってるの?」
そう言って、シスターはくすりと笑った。
「シスターはフェイトが冒険者になりたいって知ってたんですか?」
「ええ、私とフェイトの二人で話してる時にね、私が「冒険者ってカッコいいわ」って言ったら、じゃあ俺も冒険者になるって言い出したの」
正直この時、私はちょっとだけイラッとした。フェイトも私の事を察したのか、あさっての方を見ながら吹けもしない口笛を吹いていた。
「ああ……なるほどね。それで冒険者なんだー。へぇーそっかぁ」
罪悪感を感じていたさっきまでの自分が馬鹿馬鹿しくなってしまう。ぐつぐつと怒りが湧いてきた。
けど同時になんだか上手く言えないけど、焦燥感みたいなものが胸を強く締め付ける。
「じゃあ、私も冒険者になるよ」
「えっ!! なんで!?」
冒険者なんてなりたいとは微塵も思っていない。でも、ちょっとでも同じ場所にいないとフェイトが遠くへ行ってしまう気がして、私は考えるより先にそう口に出していた。
◇◇◇◇
「ハハ、私が冒険者を目指した理由ってそんなことだったっけ」
あまりにも幼稚な理由に私は笑ってしまった。
あの時は自分の抱いていた感情が自分でも分からないままだった。分からなかったから、せめてフェイトと一緒にいようとして同じ冒険者を目指した。
今にして思えば、あの時には既に私は彼に特別な感情を抱いていたんだろう。彼と過ごす毎日が楽しくて、彼の笑顔を見るだけで嬉しくて、でもシスターにデレデレしている彼を見ると無性に怒れてきて胸が苦しくなって……。
もうそんなの恋愛感情以外に何があるというのか。
幼き日に彼と出会ってから、きっと私はずっと彼に恋焦がれている。
それなのに……
「最後は喧嘩別れなんて、絶対に嫌だ」
地に伏していた身体を無理矢理たたき起こしながら、私は自分をそう鼓舞した。
全身に力が入らない。それになんだか寒気もする。
血を多く流しすぎたせいかな、体中を脱力感が支配している。
グレッドとシノンは? そう思い周りを見渡すと、グレッドは盾を破壊された状態で倒れ、シノンは魔力切れを起こしているのか、立つことが出来ない状態で全身が痙攣していた。
竜の攻撃を一番受けていたグレッド、戦闘中絶えず魔法を使い続けていたシノンが限界であることは明白だった。
ここまでなのか、そう思った。
目の前に立つ竜は依然として堂々と君臨している。
これまでの戦闘で多少のダメージを与えることは出来たけれど、どれも致命傷には至らず、かすり傷程度のダメージしか与えられていない。
これが竜……太古の支配者にして、生物の頂点。まさかここまで強いとは思わなかったな。
戦わずに逃げていれば良かったのかな? いや、きっと逃がしてはくれないか。
だからって諦める訳にはいかない。例えここで最後なのだとしても、それでも最後まで彼にもう一度会うために私は全力を尽くす。
最後の力を振り絞り、折られた剣を握る。
スキルを発動する余力はもう残っていない。この一撃はきっと届かないだろう。
「でも!!」
ノエルは大きく足を踏み出す。その動作には型と呼ぶには程遠い不格好なものであったが、これまでの戦闘で一番の意志が感じられた。
竜もそれを感じ取ったのか、瀕死であるノエルに対して全力のブレスを放とうとする。今までの広範囲のブレスではなく一点に絞った、確実にノエルを殺すためのブレスを。
ああ、ここでおしまいなんだ。
死を直感し、心の中でそう呟く。
最後に彼ともう一度、話したかったな……。
その瞬間、ノエルの身体は何者かに引っ張られる。
身体に力が入らないノエルはそのまま、抵抗する事なく身を預けた。
ドォゴオオン!!
洞窟中に響き渡る轟音、大地が抉られ、大穴が開けられた。
「ふぅーー危ねー。何とか間に合ったな」
もたれかかるノエルを彼は強く抱きしめる。そしてノエルの方へと視線を向けた。
その声を聞き、目を見て、体温を感じて、ノエルは自然と涙していた。
それを見て、彼は親指でノエルの涙を優しく拭う。
「お待たせ……助けに来たよ」
絶体絶命の状況の中、最愛の幼馴染みが笑顔でそう言った。