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運命の出会い

 私の剣が受け止められ、グレッドの盾は砕かれ、シノンの魔法を防がれた。


 ドラゴンを目の前にして絶体絶命の状況だというのに、どうして今思い出してしまうのだろう。


 あの日の、私にとって一番大切な出会いを。


「さっさと出て行け売女の娘が」


 何で、どうして、そんな感情は全く出てこなかった。


 ついにこの時が来たのかとしか思わなかった。


 バレンティア伯爵家の新当主となった異母兄、ゲラード・バレンティア伯爵によって私は家を追放された。


 ゲラード兄さんの周りを群がる、兄弟姉妹たちが下品に私を嘲笑う。その様子を見て、さぞ嬉しかったんだろうと思った。邪魔者の私を追放することが出来たことが。


 私は元当主のお父様が外で作った子だった。他の兄弟姉妹たちとは違い、半分は平民の血が流れていた。それが余程気に入らなかったのだろう、お母様が死んでこの家に私が引き取られてからは陰口や暴力などをお父様にバレない程度に行う、陰湿なイジメが繰り返された。


 だけど、当主だったお父様がいる間はそれ以上のことが出来なかったからストレスが溜まっていたんだと思う。お父様が死んで、当主が長男のゲラード兄さんになってついに私はこの家を追い出された。


 別に悲しくはなかった。自分が嫌われていることはとっくに分かっていたことだから。ただ、お母様が死んで、お父様も死んで、私はこの世界に独りぼっちになってしまったんだなぁと思っただけだった。


 それから自分がどうしたかは全く覚えていない。行く当てもなく町を彷徨い、お金も持っていなかったから何も食べることが出来ず、ずっと空腹だったことだけは覚えている。


 どれだけの時間歩いていたかは分からない。知らないうちに私は気を失っていた。気付いたときには、私は知らない部屋のベッドの上だった。


「あれ、目が覚めた?」


 ベッドの横には知らない男の子がいて、私の顔をのぞき込んでいた。


 多分、私と同じくらいの歳の子だと思う。短い黒髪と黒い瞳が特徴的な男の子だ。


「ここはどこなの? あなたは誰?」


 状況が全く飲み込めず、私は彼にそう尋ねる。もしかしたら兄さんたちが私を殺すために放った刺客? とかも考えたけど、こんな子どもが刺客なんて事はないだろうと考え直す。だったら一体、彼は何者なのだろう?


 警戒する私は見て、彼は何がおかしかったのか大きく笑った。そして一言、「大丈夫!!」とだけ言って部屋の奥へと走って行った。


 しばらくして彼は綺麗な女性と共に帰ってきた。その服装から、国教である『アルセル教』のシスターである事は理解出来た。


「そんなに警戒しないで、私達はあなたの敵じゃないわ」


 そう言いながら、そのシスターは手に持っていた暖かいスープを私の口に運んでくれる。


 空腹だった私は毒が入っているかもと思いながらも、美味しそうな匂いを放つスープを前に我慢できず飲んでしまう。


「美味しい?」


「あっ……その……」


 そう聞かれるが、上手く返すことが出来ない。誰かとまともに話したことがあまりなかったからだと思う。私は会話が下手だった。


「シスターのスープなんだからうまいに決まってるよ! な?」


 シスターの隣にいる少年はそう言ってスープを鍋ごと持ってくる。


「腹減ってるだろ? いっぱい食えよ!」


 満面の笑みでそう言った少年。シスターに「お鍋ごと持ってくるなんて危ないでしょ!」って怒られていた。


「ふふっ、あははっ……」


 二人のやりとりを見ていて自然と私は笑っていた。そんな私を見て、二人も安心したように笑う。


 急な状況で私の頭の中は凄い勢いでかき混ぜられていた。けれど一つだけ分かったことがある。この人たちは私に優しくしてくれるんだと。


 それが出会いだった。


「私の名前はマリア、マリア・レイグルート。よろしくね」


「俺はフェイト、家名はないからただのフェイトだ」


 私が落ち着くのを確認すると、二人は自己紹介をしてくれた。


「あっ……私は、あの、えっと……」  


 私もしなきゃと思い自分の名前を言おうとするが、すぐに口をつぐんでしまう。


 自分がバレンティア家の人間であると言ってもいいのか分からなかったからだ。


 バレンティアの人達から疎まれて追放されて、要らない人間だと言われた。


 そんな自分がバレンティアと名乗ってもいいのだろうか?


 そう思うと言葉が出て来なくなってしまった。


「大丈夫だぞ、別に名前言わなくても」


「……え?」


 沈黙を続けていた私に彼、フェイトはあっけらかんとそう言った。


「言いたくないなら言わなくてもいいよ。俺たちが名乗ったのは俺たちが誰かを知って欲しかったからだし、嫌がってることを無理にやらせたくはないしね」


 ねっ、シスターと言うとシスターのマリアも「そうね、フェイトの言う通り」と微笑みながら同意した。


「なんで、私が誰かも分からないのに助けてくれるの?」


 普通は見ず知らずの人間を助けたりしない。助けたとしてもそれは何かしら自分にメリットがある場合だけだ。


 無償で誰かを助けるなんてことはありえない。


「なんでって……そりゃあ、あれだけ助けて欲しそうな顔で蹲ってたら助けるだろ」


「助けて欲しそうな顔?」


 その言葉を私は全く理解できなかった。助けを求める顔を私がしていたと? そんなはずはない。だって私はこの世界で独りぼっち、なんの未練もない。そんな私が助けて欲しいなんて思うわけがないじゃないか。だから、そんな顔を私はしていないと断言出来る。


「何だよ、自覚ないのか?」


「自覚がないと言うか、そんなことは有り得ないと思ったのだけれど」


 私は生きる理由も、その気もない。だから、助けを求めるなんてことはないと思ったのだ。


「有り得ないってことはないだろ。誰だって困っていたら助けを求めるだろ? 一人で生きていけるやつなんていないんだからさ」


 あまりにも当然のことのように言い切った彼の目が私の目を捉えて離さない。というよりも、私が彼から目が離せなかったんだと思う。


 一人で生きていると、私はそうやって生きていくしかないのだと思っていた。


 生まれた瞬間から、私は一人だったから。お母様は私を恨み、お父様は私を憐れみ最低限の生活環境を与えてくれたけれど、そこでは私の存在を許せない兄弟姉妹たちがいた。


 だから私は知らなかったんだ。この人たちのように温かい人たちがいることを。


「うぐっ、ひっぐ、ぐぅっ……」


 涙が溢れてくる。今まで何があっても、お母様が死んだ時もお父様が死んだ時も涙なんて出て来なかったのに。


「ふぐっ……」


「お、おい。大丈夫か?」


「だ、大丈夫……」


 心配そうに声をかけてくれる彼に私は精一杯そう答える。


「辛かったのね。ずっと、頑張ってきたのよね」


 そんな私をシスターマリアは優しく包むように抱きしめてくれた。その温もりはなんだか懐かしいような感じがした。


 結局、私が泣き止むまでシスターマリアは私を抱きしめ、フェイトはずっと心配そうに私を見ていた。

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