グレイシア大洞窟
ギルドがある街、フーレンから数十キロ離れた場所にある大きな洞窟、それがグレイシア大洞窟だ。
ダンジョンにはそれぞれ階級が付けられており、一番レベルの低いダンジョンをFランクとしてFとEが下級、DとCが中級、BとAが上級ダンジョンに区分されている。
グレイシア大洞窟はその中でもAランクダンジョンに属している。洞窟の入り組んだ地形とそこに潜むモンスターのレベルの高さがAランクたるゆえんだ。
「やっぱり、自殺行為だよなぁ」
馬車を走らせ丸一日、俺はグレイシア大洞窟の入り口に立っていた。馬車業者の人にはグレイシア大洞窟近郊の街で待っていてもらっている。
「……ふぅーっ、行くか」
装備を確認し、呼吸を整える。不思議と恐怖や緊張はない。気分は自分でも驚くほどに落ち着いている。
「スキル【空間把握】」
スキルで洞窟内を調べる。俺のスキル【空間把握】の効果範囲は自分を中心にして半径50メートル、一方向に伸ばせば200メートルを把握出来る。
この洞窟にいる魔獣はどいつもBランク以上の力を持っている。もし出くわしてしまったら、俺は即食い殺されてしまうだろう。
ゆえに、ここからは如何にしてモンスターとの衝突を回避出来るかが重要になってくる。全てのモンスターを回避しながら進むのは至難の業であるが、それでも俺のスキルがあれば不可能じゃない。
【空間把握】……戦闘においてはあまり役に立たないスキルだが、いういう場面では役に立つ。空間を把握するということは即ち、その空間に存在するあらゆる情報を把握するということだ。
この洞窟の入り組んだ地形も、【空間把握】の範囲内であれば恐れることはない。
「……っと、魔獣か」
モンスターを察知し、止まる。そこにいたのはBランク魔獣のスカルリザード、そして同じくBランク魔獣のデビルバットだ。
どちらもまともに戦って勝てる相手じゃない。スカルリザードは装甲が硬く、俺の持つダガーや辛うじて使える下級魔法じゃダメージを与えることが出来ない。デビルバットは単体こそ力は無いものの、一度攻撃を加えると仲間と連携して集団で襲いかかってくる。次から次へと肉を食いちぎられ、最後には骨しか残らないと聞いたことがある。
だが、手がない訳じゃ無い。魔獣達にはそれぞれ習性がある。デビルバットへの対策として下級魔法を発動する。
「フラッシュボール」
下級光魔法、フラッシュの応用であるフラッシュボール。それを俺の後ろ、来た道の方へ投げつけた。デビルバットは光る物体に群がる性質を持っているからそれを利用する。フラッシュボールを見たデビルバットはそれを追いかけ、飛んでいく。
次はスカルリザード。やつは強固な骨の鎧を持つ厄介な相手だが、弱点もある。
俺はポーチの中から小瓶を取り出し、中に入っていた魔獣の血を垂らした。
スカルリザードは目が無いため、獲物を匂いで識別している。俺の匂いは事前に消臭液で消しておいたから気づかれることはない。そしてこうやって他の血を垂らしておけば、スカルリザードは獲物と勘違いしてしまうという訳だ。
思惑通りスカルリザードは垂らした血に釣られて、進路を開ける。これで邪魔者はいなくなったな、先へ進もう。
洞窟の内を可能な限りの最大限のスピードで進んでいく。幸い洞窟内は身を隠す場がたくさんある。魔獣との衝突を避けながらでもかなり早く進むことが出来る。
まぁ、通常の冒険者ならこんな姑息な動きはしないだろうけど。魔獣との戦闘を避けながら進むことは間違いでは無いが、それでも全ての魔獣との戦闘を避けるというのは冒険者にしてみれば屈辱的な行為だろう。
自分の力を誇示することが冒険者が冒険をする一つの理由でもある。力ある魔獣を力でねじ伏せる。その瞬間に最高の快感を得るのが冒険者だ。
だからこうやって魔獣から逃げるような真似をする冒険者はほとんどいない。俺だって今まではスキルをここまで逃げに徹して使ったことはなかった。俺だって冒険者の端くれだからな、たとえFランクでも倒して進む道を選んできた。
だが、今回だけはそのプライドを捨てる。プライドよりも大切なものを守るために。
もしもあいつらが難なくこのグレイシア大洞窟を攻略したならそれはそれでいい。俺のこの行動が無意味になってしまってもそれに越したことはない。
だが、この洞窟にはあの魔獣がいる。グレイシア大洞窟の主、この洞窟がAランクに区分されている最大の所以たる魔獣が……。
そいつのことはあいつらも知っているはずだから油断は無いだろうけど、今は精神的に不安な部分がある。
不安が拭えない。だからこそ進むスピードも自然と速くなってしまう。洞窟内をスキルで隈なく把握し、魔獣をかわしながら進んでいく。
だが、この洞窟、思った以上にデカい。流石に大洞窟と呼ばれることはある。【空間把握】を使いながらもう2、3時間は進んでいるが、この洞窟の底が見えない。
スキルをフルでこれだけ長い時間使い続けたのは初めてだ。想像以上に負担が大きい。頭が痛くなってきた。それに凄い脱力感だ。足元がおぼつかない。
「最下層はまだかよ」
持ってきた回復薬の内の一つを取り出し、飲み干す。これで残りは3本。あいつらが万が一瀕死の状態に陥っていた場合を考えて、これは残しておかなければならない。
「……よし、急ぐか」
身体が回復し、更に走るスピードを上げる。目指すは大洞窟の最深部、そこにおそらくあいつらはいる。
一抹の不安を胸に、俺はグレイシア大洞窟をひた進む。
◇◇◇◇
私達はグレイシア大洞窟の最深部、その目前まで迫っていた。
「……エル、……ノエル!!」
「……っえ? な、何?」
耳元でグレッドが怒鳴ってくる。ちょっとビックリしちゃったじゃない。
「何? じゃねーよ!! さっきからずっーーと無視しやがって、ボーッとしてんじゃねーよ」
「ボーッとなんてしてないわよ!! ただ……ちょっと集中してただけじゃない」
ここはダンジョンの中、それもAランクのグレイシア大洞窟だ。そんな場所でボーッとなんて出来るわけがない。だからこれは集中なのだと自分に言い聞かせた。
「ううん……ノエルちゃん、グレッドくんの言うとおりボーッとしてる。……ずっとね」
グレッドに続いてシノンまでそんなことを言う。
「ああ、ダンジョンに入ってもずっと心ここにあらずでミスも連発。剣筋もブレブレで、判断もすごぶる悪い。ハッキリ言って足手まといな状態だったぞ」
「なっ……」
私が足手まとい? そんな……確かにちょっと今日は調子悪かったけれど……
「シ、シノンもそう思うの?」
「うん……私とグレッドくんがフォローに回っていたから何とかなったけど、多分この先は通用しない。グレイシアの主、きっとヤツにはみんなの全力の力を合わせなければ勝てないと思う」
グレイシアの主、この大洞窟がAランクダンジョンに区分されている最大の所以。確かにヤツには私達が全力で挑んだとしても勝てるかどうか分からない。
「フェイトのことは俺達もショックだったさ、俺だってフェイトにずっと憧れて冒険者を続けてきた、あいつの背中を追ってきた。それが重荷になっていることに気付かずにな……。でも、だからこそ俺達に出来ることはこれしかないだろ」
「うん……苦しめていた私達に出来ることは強くなって、冒険者として成長していくこと。王都のギルドに行ってフェイトくんをこれ以上苦しめないようにすることだよ……」
グレッドもシノンもその言葉とは裏腹に、表情は今にも泣き出しそうなものだった。二人だって辛いのだと理解出来た。当然だ、だって私達は同じ理由で冒険者を志したのだから。
「そうだね……そうだよね。私達がすべきことは決まってる。冒険者として大成する。それが私達の夢であり、フェイトのために出来る唯一のこと。そのためにまず、グレイシアの主を倒そう」
グレッド、シノンも頷いてくれる。
そうだ、今は昇級試験の真っ最中でここはAランクのダンジョン。他のことを考えている場合じゃない。フェイトのことは今は考えないようにしよう。私は私のすべきことを全力でやる。
「行こう」
「ああ!!」
「……うん」
大洞窟の最深部、そこにグレイシアの主がいる。
私達が勝てるかどうかは分からない。けれど、絶対に勝ってみせる。
その覚悟を胸に、私達は戦いに望んだ。