異例の昇級試験
「エルドさんは居るか!?」
ギルドへと急ぎ、その扉を開く。もうすでに時間も遅いため、他の冒険者達の姿は少なかった。
「あれ、フェイトさん? どうしたんですか、今日はもう来られないかと思っていましたが、そんなに息を切らして」
受付には一日の仕事を終え、やや疲れ気味のミーナさんがいた。
「ミーナさん!! エルドさんは!?」
急いだ様子の俺にミーナさんは困惑しながらも答えてくれる。
「ぎ、ギルドエルドさんなら今は上のギルド長室で書類作業をしていると思いますよ?」
ミーナさんにお礼を言って、俺は階段を駆け上がる。
「エルドさん!!」
「……フェイトか」
エルドさんは部屋の自分の席に座りながら、落ち着いた様子で俺を出迎える。まるで俺が来ることを分かっていたかのように。
「要件は……って聞くのは野暮ってもんだろうな」
ふぅっと一息ついて書類に向けていた視線を俺の方へ向ける。
「何でノエル達の昇級試験を止めなかったんだよ」
「……やはりそのことか」
エルドさんは続けて言う。
「あいつらにはAランク冒険者になれるだけの才能がある。それに努力だって怠らない。止める理由なんて何もないだろう」
そのエルドさんの言い分に俺は違和感を覚えた。いつものエルドさんらしくないと。
「確かにあいつらには才能がある。Aランク冒険者になるのも時間の問題だろうよ。けど、まだ早すぎる。それはエルドさん、あんたが一番分かってるはずだろう」
エルドさんはギルドに所属している冒険者の実力を明確に把握している。そのエルドさんがこのことに気づいていないはずがない。
「Aランク昇級試験ってことは試験内容は上級ダンジョン攻略か高難度の魔獣討伐ってとこだろう。あいつらなら決して不可能ではないだろうが無事で済むとも思えない。その辺、どう思ってんだよエルドさん」
そう問い詰めるとエルドさんは観念したと言わんばかりに両手を上げる。そしてある事実を語り出した。
「今回の試験が王都のギルドからの推薦だという話は知っているか?」
「ああ、ベルーガから聞いたな」
王都のギルドはセンターギルドとも言われ、全ての依頼が集うギルドであり、冒険者の頂点達が集まる場所だ。そのセンターギルドから推薦ともなれば冒険者にとってこれほど誉高いことはない。だからこそ町もあれだけ活気付いていたんだろうな。
「その王都のギルド、センターギルドから通達が来た時、俺はこれを断ろうとした。理由はさっきお前が言った通りだ。いかに優れた才能があろうとも現状ではAランク昇級は早いと思ったからだ」
エルドさんの表情がだんだんと険しくなっていくのを感じた。不意にその拳を見ると、血が滲み出るほどに握りしめられていた。
「しかしセンターギルドはそれを許さなかった。断りの連絡を送ると返ってきたのは、もし断った場合はこのギルドとノエル、グレッド、シノンをギルド協会から追放し潰すと言ってきたのだ」
「なっ……」
センターギルドが脅しを行なって無理矢理受けさせたってことか? 一体何のために。
「何やら王都で不穏な動きがあるらしくてな。センターギルドとしては一刻も早く戦力となる人材を集めておきたいらしい。迷惑極まりない、全くもって腹立たしいことだがな」
エルドさんはギルド協会の一員、センターギルドには逆らえない。つまりは、
「センターギルドに脅されて、あいつらを行かせたって事ですか?」
そう問いかけると、エルドさんは首を横に振った。
「いや、この試験を受けると決めたのはアイツら自身だ。もしあいつらが受けないと言ったならば、センターギルドが何をして来ようとも俺はノエル達三人だけは守るつもりだった。俺がどうなろうともな。だが、あいつらは受けた。センターギルドのことを知らないにも関わらずな」
「何で……」
「俺も詳しくは知らん。だが、分かることがあるとすれば、それはあいつらが何か焦っているように感じたってことだな。それに表情が暗かったようにも思えた」
そこまで聞いて俺の脳裏によぎったのは昨日のギルドでの一件。あの時のことが今回の原因であるかも知れないという予感だった。
「まあ、センターギルドの所属冒険者になれば一気に名が売れるし、冒険者としては間違った選択とは言えない。センターギルドも試験に合格した暁には全面的なバックアップを保障している。ハイリスク・ハイリターンという訳だ」
そこから先の会話はあまり頭に入ってこなかった。ただ今、俺がすべきことが何かという事だけがしっかりと理解出来た。
「……行く気なのか、Aランク昇級試験なんだぞ? お前が行ったところで何か出来るとでも思っているのか、Fランク冒険者フェイト=レイグルート」
「AランクとFランク、圧倒的な力の差、天と地よりも大きな差がある。それをひっくり返すのはほぼ不可能だと俺も思う。俺が今からしようとしているのは自殺行為以外の何物でも無い。けど、今ここで何もせずにじっとしていたら、もう俺は二度とあいつらと……あいつらの隣に立つことが出来ない気がするんだ」
自分で放っておいてくれって言ったくせに、俺は未だにあいつらの隣に立つことを諦め切れていない。自分で突き放したくせに未練がましく縋り付こうとしている。本当にみっともないと思う。でも、だからこそ、俺は行かなきゃならない。
「はっははは!! その目じゃ、何を言っても止まらないよな。フェイト、お前のそんな目を見たのは随分久しぶりだ。……やっと帰ってきたか」
これまでの険しい表情から一転していつもの豪快な笑い顔をする。
「ノエル達が向かったのはAランクダンジョン、グレイシアの大洞窟。今から馬車で向かえば明日の夕刻には到着できるだろう。もう既に準備はしてある」
親指で窓の外を指す。その下を見るとギルド御用達の馬車が待機していた。
「エルドさん……あんた最初から俺がこうすること、最初から分かってたのか」
そう聞くと、エルドさんは悪戯好きの子どものような笑みを見せる。
「ははっ、試すような真似をして悪かったな。お前とノエル達が喧嘩別れをしたと聞いてな。その真偽を確かめたかったんだ」
ベルーガにも伝わっているくらいだ。エルドさんが知っていてもおかしくない。あいつらに暴言を吐いた時、既にエルドさんはあの場にはいなかったがギルド自体にはいたはずだからな。わりかし早く伝わっていたのかも知れない。
「その話は本当だよ。喧嘩とは少し違うけど、……俺があいつらに暴言吐いて、傷つけた」
あいつらに自分の責任を押しつけたんだ。
「……そうだとしても、今のお前の目を見て確信した。あいつらも今のお前に会いたいだろうよ」
エルドさんは俺の背中を押してくれた。それがとてつもなく頼もしく感じた。
「……行ってくる」
「ああ、行ってこい!!」
エルドさんに一礼し、ギルド長室を後にする。そして下に待機されていた馬車へと駆け込んだ。そして馬車は、グレイシア大洞窟へ向かって疾走した。
◇◇◇◇
「……行かせてよかったんですか?」
フェイトが出て行ったギルド長室にギルドの従業員、受付嬢のミーナが訪ねてくる。その表情には少しの陰りが見えた。
「心配しているのか、ミーナ」
「当たり前です。フェイトくんは私の担当ですから」
食い気味にミーナが答える。それで本当にフェイトの事を心配していることが分かる。
「担当であるなら信じてやればいいじゃないか」
「フェイトくんのことは信じています。ただ、普段のエルドさんならフェイトくんを止めていたはずです。なぜ今回は行かせたのですか?」
普段からギルド所属の冒険者達に自分の力量を正確に見極め、それに見合ったクエストを受ける。そう言っているエルドさんがなぜこんな無茶を許すのか、ミーナはそれを知りたがった。
「そうだなぁ……確かにいつもの俺なら止めていたな、危険すぎるってよ。けどよ、あいつの目を見て、言葉を聞いて、冒険させてみたくなったんだ」
冒険者には危険が付き纏うものだ。絶対に安全な冒険などないが、冒険における危険は極力を排除するようにしてきた。だが、時には止めてはいけない冒険というものがある事もまた理解している。今回の件はまさにそれだ。
「フェイトを信じろ、信じて待て。それがギルドマスターとしての俺の判断だ」
「そうですか……なら私も信じることにします。フェイトくんの無事を」
それだけ言うと、ミーナは一礼し、部屋を出る。
「さて……ここから先どうなるのか、見させてもらうぞフェイト」
この判断がどのような結果をもたらすのか、それは誰にも分からないことだ。だが、この判断だけは間違いではないと、俺の予感がそう告げていた。