貴族からの依頼
「それで頼みって何なんだよ?」
エルドさんの脅しとも取れる頼みを引き受けることに決めた俺はその内容を聞こうとする。
「ああ、それはな……」
そう言って、エルドさんはある紙を取り出した。その見た目からおそらく依頼書だろう。俺はそれを受け取り目を内容に通す。
「護衛依頼、か?」
「ああ、お前に頼みたいってのは依頼主のある貴族の護衛だ」
ギルドでは、魔獣討伐の他にも護衛依頼も請け負っている。特に貴族なんていう盗賊などに狙われやすい人たちは良く護衛依頼を出すと聞いた事がある。
「護衛依頼書なんて初めて見たな」
「そりゃあそうだろうな。護衛依頼には、一定以上の力と信頼が求められる。ゆえに護衛依頼を受けるのは大抵Bランク以上の冒険者のみだ」
確かに依頼する貴族側からしてみてもそっちの方が安心出来るだろうな。
「じゃあBランク以上の冒険者に依頼してくれよ。俺はEランク、護衛依頼なんて受けられない身分だろ」
依頼した貴族も来たのがEランクの冒険者と知ったら、大激怒するかもしれない。こんな奴に護衛が務まるかー!って感じで。
「うーん、それがそうもいかんのだ」
「はぁ? 何でだよ?」
「その依頼してきた貴族はお前を指名してきたんだ」
「俺を……? 何で?」
貴族に指名される理由なんて見当もつかない。元々の知り合いであったり、名のある冒険者だったりじゃないと冒険者を指名するなんてことは起こらない。俺には貴族の知り合いはいないし、どこにでもいる下級冒険者だ。その俺に依頼するなんてことはあり得ないだろう。
「依頼して来た貴族ってのは俺の古い友人なんだが、どうやらお前がグレイシア大洞窟から生きて帰った事に興味を持ったらしいんだ」
何でその貴族はその事を知ってるんだ? という考えが俺の中で浮かんだ。グレイシア大洞窟での一件に関しては、俺の存在は一切公にされていないはずだ。
「まぁ、俺が酒の席でうっかり言っちまったのが運の尽きだと思って頑張ってくれよ」
「アンタが言ったんかい!!」
「すまん!!」
本当にこの人は……。
「で、その物好きな貴族はっと……ヴァイス・フィア・ソルフィード辺境伯?」
依頼主の名前を見るとそう書かれている。ソルフィード辺境伯と言えば、ここら一帯を領地とする貴族だ。そう考えると結構偉い人だったりするのかもしれない。
「そう、ヴァイスとはギルド長として随分世話になっていてな、ギルド運営に必要な資金を投資してくれているんだ。だからあまり無下にも出来なくてなぁ」
貴族との密接な関係をここで言われても。
「まぁ、これはお前にとっても悪くない話だと思うぞ。ここで辺境伯に顔を売っておけば、これからの冒険者業で必ず役に立つはずだ」
確かに貴族との繋がりを作れれば、かなりプラスになるだろう。それに護衛依頼は成功すれば、ランク昇級にも大きく影響される。Eランクに上がったばかりだけど、上手くいけばすぐにでもランク昇級試験を受ける事が出来るかもしれない。
そう考えればこれは間違いなくチャンスだ。
「分かった、その依頼絶対成功させるよ」
「おう、頼んだぞ」
◇◇◇◇
「よぉヴァイス。上手くいったぞ」
フェイトに依頼を任せたその夜、ギルドマスターであるエルド・ガイアスはソルフィード辺境伯の屋敷へと足を運んでいた。
「ああ、感謝するよエルド」
用意されたワインを口に運びながら、屋敷の主であるヴァイス・ソルフィードは感謝の言葉を口にする。
「ったく、お前にフェイトの話をしたのは失敗だったな」
エルドも注がれたワインを一気に飲み干しながら、先日の酒の席での自分を後悔するように口ずさんだ。
「おや、悲しいことを言ってくれるね。私と君の仲じゃないか、それに君だって同意してくれただろう?」
「何が同意した……だ。ほとんど強制だったじゃねーか」
空になったグラスに再びワインを注ぐ。そして今度はしっかりと味わうようにゆっくりとワインを流した。
「まあ、それは済まないと思っているよ。だが、仕方が無い……一人でも多くの戦力が必要な状態なんだ。それは君も分かっているだろう」
「分かってるよ、だからノエル、グレッド、シノンの3人を王都のギルドに移籍することを許可したろうが。本当ならあいつらだってまだ早かったと俺は思ってんだぜ?」
若干16歳にしてBランク冒険者になったあいつらは間違いなく優秀な人材だ。だが、あまりにも早く昇級してしまったがゆえに経験値が足りなかった。だからこそ、エルドは後2年は自分のギルドで育てるつもりだったのだ。
「確かに君が懸念するように経験は不足しているかも知れない。しかし、彼女らには確固たる才能がある。ならば、早い内から王都のギルドでハイレベルなクエストを経験しておいた方がいいんじゃないかな」
ヴァイスの言うことにも一理ある。冒険者に限らず、若い内に高いレベルの環境に慣れておくことは想像以上に大きな成長に繋がる事がある。きっと、あいつらなら自分の成長につなげてくれるだろう。
「子ども達を信じてやることも大人の務めだと私は思うよ」
ヴァイスにそう言われ、エルドは思わず黙ってしまう。
「だが、フェイトに関しては別だろう。あいつはまだEランクに昇級したばかりだぞ?」
Eランクの冒険者と言えば、冒険者の中でも下の下、初心者に毛が生えた程度だ。普通なら辺境伯が興味を持つことなどあり得ないことだろう。
「フフッ、ランクは関係無いよ。彼にはグレイシア大洞窟から無傷で生還したという事実がある。それに元Aランク冒険者である君も随分と気にかけている。それだけで理由として十分だろう?」
心底楽しそうに笑いながら、ヴァイスは語る。
「私の知る限り、あの洞窟から無傷で生還した者はいない。どれだけ屈強な冒険者でも必ずどこかしらを負傷していた。なのに何故か彼だけが擦り傷一つ無い状態で生還できた、おかしな話だと思わないか?」
それはエルドも思っていたことだ。フェイトには直接聞かなかったが、Bランク冒険者であるノエル達ですら瀕死の重傷を負っていたというのに何故あいつだけ無傷だったのか。
「きっと彼には何かがある。私の中では確信していると言っても良いだろう。それがなんなのか、自らの目で確かめてみたいのだ」
ヴァイスはグラスに残ったワインを飲み干し、真剣な面持ちで言った。
「もし彼が、彼女のお眼鏡に叶ったのなら、その時は、全力で取り込ませてもらうよ」




