白竜の名
キュゴォォォォオオオン!!!!
放たれたブレスは空間と共に捻じ曲がり、標的である俺に当たる事なく、俺から5メートルほど離れた所を一直線に通過して行く。その線上にある全てを消し去りながら。
「ハァ……ハァ……ハァ」
何だ、何が起こったんだ? 白竜のブレスは確実に俺の方へ向けて放たれていた。だが、それが途中で曲がり俺に当たる事なく代わりに地を一直線上に消滅させていった。
ブレスが通った後には何も残っていない。本当に何もかもを破壊しながら洞窟の奥へと消えていった。
白竜が途中で曲げたのか? いや、そんな感じじゃなかった。
訳がわからないまま、思考が停止してしまった俺の前に白竜がゆっくりと近づいてくる。ブレスが曲がってしまったから直接とどめでも刺しに来たんだろうか。
――お主、今何をした?――
「……は?」
耳心地の良い女性の声質だった。この白竜が喋ったのか?
――は? ではない。私はアレはお主がやったのかと聞いているのだ。聞かれたことのみに答えよ。――
動揺している俺にこの白竜は、――さっさと答えよ――と偉そうに急かす。その態度は高慢な女性を思わせる。
「……俺は何もしてねーよ、お前のブレスが勝手に曲がっただけじゃないのか?」
もちろんさっきの現象がこの白竜によるものだとは思っていない。勝手に曲がるなんて事が起こることがないということも分かっている。だが、俺にもなんでさっきのブレスが曲がったのか分かっていない。だから今はそう答えるしかない。
――ふむ、自覚は無いのか――
「自覚……?」
自覚も何も俺は何もしていないし、あんな威力のブレスを曲げたりなんて出来るわけがない。こいつは何を言っているんだ?
――私のブレスが曲がった時、お主から尋常ならざる力を感じたのだ。ゆえにアレはお主がやったものであると私は確信している。無自覚ということは、おそらく死の間際で潜在的に眠っていた力が解放されたとみるべきか――
何やら自分の中で勝手に結論づける白竜、思案している様子は俺の存在を忘れているんじゃ無いかと思うくらいに隙だらけだ。
「てか、お前喋れたのかよ……」
一応の結論をつけ考えを終えた白竜に、俺はさっきから気になっていたことを聞く。
――ん? ああ、人語のことか。もちろん喋れるぞ、叡智の種族たる竜にかかれば人語を操るなど児戯に等しい――
「じゃあ、言葉を理解することも出来るわけか」
――もちろんだ。お前達の会話は全て理解していた。お前の仲間が逃げている間も待っててやったであろう? ――
それを聞いて俺はやはりと思った。ノエル達を逃がしている間、もっと言えば俺が残ると言ったときに少し言い合っていた間もこいつは動かずにずっと待ってくれていた。何故なんだと思っていたが、俺達の会話から状況を察してくれていたのか。
「なら、何で今まで喋らなかったんだ?」
――それは、簡単な話だ。お主は地に這う虫に話しかけたことがあるか? 普段食している生物に耳を傾けたことがあるのか? ……無いであろう? つまりはそういうことだ――
その白竜の言葉には一切の冗談や嘘は含まれていない。つまり本気で俺達人間をそういう対象でしか見ていないということだ。
――だが、先程のお主から感じだ力は久方ぶりに私に動揺を生じさせるものであった。だからお主にはこうして言葉を交わしているのだ――
褒められているのは悪い気はしないな。こいつが感じた力ってのが本当に俺の力かは分からないが。だが、力によって対応を変えるというのなら一つ疑問に思うことがある。
「だったら俺の前にお前と戦っていた三人には何で話しかけなかったんだ?」
俺が知っている限りこいつが三人と言葉を交わしているところは見ていない。もしかしたら俺が来る前は何か話していたのかも知れないが、そんな感じでも無かった。
力あるものには言葉を交わすというなら俺よりもあの三人の方だろう。才能も、実際の戦闘能力も雲泥の差があるのだから。
――あの三人か、確かに力も才能もお主よりも持っていたな。私も彼女達との戦いは楽しかった。あと数十年修練する時間があったのなら私の命に届いたかも知れない。だがそれだけだ。私は才能があり力もあり、さらには修練を重ねてきた強者とは今まで何度も戦ってきた。そして挑んできた全ての強者を返り討ちにしてきたのだ。彼女達も才能だけで言ったらかつての強者達に比肩するが、まだ雛鳥のようなものだ。そんな者達に私は興味を持ったりしない――
――お主は少し勘違いをしているようだな。私は力を持ったものに興味を持つわけではない。私は悠久の時を生きる竜だ、力ある人間など見飽きている。私がお主と言葉を交わしているのは、その力が私の記憶にない特異なものであったからだ――
「……特異なもの?」
――そうだ、あの空間の歪みは私のブレスをねじ曲げて見せた。未だかつて防がれた事の無い私のブレスをだ。これは驚くべき事であり、とても興味深き事でもある。その発生が人間であり、羽虫のように私の周りを回ることしか出来なかったお主ともなればなおさらな――
「ハハ、はっきり言ってくれるな」
――フフフっ、お主にも自分が羽虫である自覚はあるのであろう? でなければ、あのような戦い方を取るはずもない。ああいや、勘違いしてくれるな。私は別に馬鹿にしているわけでは無いぞ? 自身の身の丈をわきまえているものは得てして厄介なものだ。自分の力を過大評価して無謀な戦いを挑む馬鹿な者よりもよっぽどな。自分をしっかりと理解しているものは強く、恐ろしいものだと私は知っている――
「まあ、お前の言う通りかも知れないな。身の丈に合わない事をした結果がこの様だ。お前にしてみれば俺も馬鹿な者だってことだな」
――お主、中々に卑屈な男だな、そういうのは止めたのでは無かったのか?――
「ははっ、今のは皮肉で言ってんだよ」
俺はハハハっと笑い上げる。その様子を見て、白竜が首を傾げる。
――お主、そんなにボロボロの状態でよくそこまで言葉を紡げるな――
「ああ、もう感覚が麻痺して痛みを感じないし、それにさっきから頭が冴えてんだよな。さっきまでは頭ぶつけてボーッとしてたんだけど」
白竜は―ふむ―と何かを考え込む。そして自身の考えを語った。
――頭が冴えているのはおそらく力の覚醒によるものだろうな。眠っていた力が解放されたことによって脳が激しく刺激されているんだと思うぞ――
力の覚醒……あの空間の歪みはやっぱり俺がやったのか? だが、俺のスキル【空間把握】にはそんな力は無いし、魔法にもそんなものはない。なら、他の何かの力が覚醒したということなのか。
――まだ、自分の力では無いと思っているようだな――
「そんな簡単に信じられるかよ。お前のブレスを曲げるほどの力を俺が持っているなんてよ」
今までFランクのゴブリンやコボルド達ですら倒すのにやっとだったというのに白竜の必殺の一撃に影響を与える力を俺が持っているなんて。
――フフフっ、まあいい。今はただ助かったことを喜ぶがいい――
「何だよ、見逃してくれるのか?」
――せっかくお主に興味が湧いたのだ。ここで殺してしまってはもったいないというものだろう? ゆえにお主を殺すのは先延ばしにしておいてやろう――
そう言う白竜は全身に淡い光を纏い始める。
――ここは元々私が支配していた洞窟でな。この間は私の寝床だったのだ。ゆえにここならば洞窟内のモンスター達も入ってこない。一匹無礼な野良犬が入り込んでいたが、それは私が殺しておいたしここにいれば安全だろう――
その光は白く輝き、まるで月のように丸く竜の体を包み込む。
――その怪我が治り、体力が戻り次第洞窟を出るがいい。そして数多の試練を超え、その力を洗練させてゆくのだ――
光に包まれた竜の体は徐々に小さくなっていき、月のように大きかった光の玉は一つの宝石ほどの大きさまで小さくなる。
――我が名は月下竜グレイシア。お主が私と渡り合える力を身につけ雌雄を決する資格を得たときに、再び相まみえようぞ――
そう言い切ると、光の玉が強く光る。洞窟内を強烈光が埋め尽くした。その光に俺は思わず目を瞑る。
そしてそのまま数日の間、俺が目を覚ます事はなかった。