覚醒
「あぁ、なんだ……何が起こった?」
知らぬ間に意識を失っていた。確か俺は白竜の両眼に攻撃しようとして……それでどうなったんだっけ?
頭がボーッとして考えがまとまらない。多分、頭を強く打ったんだな。痛みは無いけど血がドバドバと出ている感じがする。
それに体中の感覚もない。手を動かそうとしても足を動かそうとしてもまるで動かない。
壁を背にしているって事は頭の他に背中も強く打ったって事か。その時に全身の感覚がぶっ飛んだんだな、うん。
「ヴルルル……」
首はどうにか動かせるようだったので首を上に向け、その音の方へと目を向ける。
「……ああ、俺の攻撃は……し、失敗してたか」
蒼月の瞳を剣呑に細めながら佇む白竜。尚も輝きを放つ双眼は俺の攻撃失敗を如実に物語っていた。
そしてもう一つ、白竜を見て分かったことがある。俺は一体何をされたのか、なぜこんな大ダメージを与えられているのか、なぜ攻撃が失敗したのかの答えを白竜は纏っていたからだ。
「……魔力障壁か」
白竜の全身を覆うように広がっている魔力、白竜の鱗のように白く光る魔力はあまりにも巨大で見惚れてしまうほどに繊細な魔力だった。
魔力障壁はシノンが前に使っているところを見たことがある。グレッドのようなスキルによる防御結界ではなく、魔力による防御技。防御力こそグレッドの防御結界には劣るが、使用者の魔力量や技量に応じて多岐に渡る使用が可能なもので、シノンも防具にしたり攻撃に生かしたりしていた。
それをこの白竜は全身に展開して俺の攻撃を防御するのと同時に攻撃にも使ったのだ。ゼロ距離にいた俺を魔力障壁で押しだし、数十メートル離れた壁と挟んで押しつぶした。
結果、俺は頭と背中に大ダメージを受けて動けなくなってしまった。魔力障壁を受けた前の方は両手でとっさにガードしたからそれほどダメージを負っていないが、両腕は動かせない上に強力な魔力を受けた影響で肉を抉られ、骨がむき出しになっていた。
「は、はははっ……なんだよ、出来るなら最初からやれよな」
現実を突きつけられる。
魔力障壁を使えばもっと早く俺を吹っ飛ばすことが出来たはず。俺がヤツに飛びついた時に障壁を展開していれば、攻撃のチャンスを与えることはなかった。もっと早い段階で俺を殺すことも出来たんだ。
じゃあなぜそうしなかったのか、理由は簡単だ。ただただ俺が舐められていただけ。
俺が必死こいて戦っている間もこいつにとっては取るに足らないことで、いつでも殺せるというのにあえてそれをしなかったんだ。
「はぁーあ゛あ゛ぁぁああ……」
今出せる全力で叫ぶ。もう大きな声も出せなかったけど、それでもできる限りの大きな声で。
別に勝てるとか思っていたわけじゃない。まともに戦うことすら出来ないなんて事は最初から分かっていたことだ。
気持ちを整理して俯いていた顔を前に向けた所で、自分の力が何か変わったわけじゃ無いことは分かっていた。あいつらにあんなに格好つけたのに、戦いも格好悪く地面を這いずる戦い方しか出来なかったわけだしな。
これが現実だと最初から分かっていたんだ。だけど、
「あ゛あ゛ぁぁぁ!! ぐやしい!!」
もう体中の感覚は失われたというのに、頬を流れる涙の感触を感じる。自分が泣いているのが分かった。
俺はこんなものだと始めから知っていた。知っていたけど認めたくは無かった。ノエル達を追って、この洞窟に来て、ノエル達を助けて、俺の中で何かが変わるのは感じたんだ。
きっとこれからが俺の本当の冒険者としての始まりなんだと本気で思った。
強大な力を持つドラゴン相手でもなんとかなるんだと心の中で高をくくっていた。
その結果がこの様だ。羽虫のように飛び回って、勝手に戦えている気になって、ちょっと本気を出されたらあっけなく倒される。
戦いにすらならないという事実が、俺に与えられた現実だった。
だからしょうがないんだって?
「・・・・・・ふざけるな」
そうやってまた逃げるつもりかよ。自分じゃあ実力不足、役不足、そんなことは言い飽きたんじゃないのか。
足掻け、足掻け、足掻け!! 例え指一本動かせないとしても、もう敗北が確定しているとしても、心まで屈するな!!
顔を上げて、目の前の白竜を睨みつける。ヤツが俺のことを虫ケラ程度にしか思っていないとしてもありったけの殺気をヤツにぶつける。
「グォォォォオオ!!!」
それがヤツに通じたのか、白竜もまたとてつもない殺気をはらんだ咆哮を放つ。
その咆哮に屈することなく、白竜の眼光を受け止める。
「グガァァァァァ!!!」
白竜の顎門が大きく開かれる。そこに巨大な力が集約されていくのを感じた。さっきの魔力障壁とは比にならないほどの魔力、シノンのエレメント・アル・バーストよりも遥かに高密度のエネルギーが一点に凝縮されていった。
「ハハッ!! やっと本気になってくれたってか!!」
もうハイになってるのか、高揚と興奮で変なテンションになってる。死の恐怖を抑え込むために体が防衛本能としてそうしているのかも知れない。
「でもいいやこれで、落ち込んでた頃に比べればずっといい!!」
覚悟はとうに決めてきた。最後の最後まで抵抗してやる。
キュイーン・・・・・・
集約されていったエネルギーは少しずつ、形を得ていく。そして、
キュゥワァアアアン!!!!
全てを消し去る威力を持ったブレスとなって放たれた。そして放たれた瞬間に確信する。これは白竜の全霊の一撃だと。
ならば俺のすべき事はたった一つ、
「うぉぉぉぉおおお!!!」
力の限り、抗うことだ!!! 俺に残る全ての力を使って、放たれたブレスへと向かう。
体は一歩も動かせないけれど、俺の意思がブレスへと立ち向かう。
「うおおおおぁぁぁぁ!!!」
全身全霊の力をブレスへと向けた時、
ぐにゃり・・・・・・
空間がブレスごと歪んだ。