バズレー
「バズレー様ぁ!有難う御座います!」
「聖女様・・・なんと美しい!」
「うおおおおおおおおお!聖女様ぁぁぁ!」
ホロビール王国城下。
今、私達は、魔王討伐からの凱旋中だ。
あんなに暗かった空気が明るくなり、生気を失っていた人々が歓喜の吐息を漏らすのを見ると、あのつらい日々を投げ出さなくてよかったと思える。
これならば、私の生まれ育った村の税も戻り、皆、再び平和に暮らす事ができるはずだ。
「・・・勝って、良かったな」
「はい・・・、本当に」
勇者であるゼッゲンが、私を抱き寄せた。
もちろん、嫌な気は全然しない。
私達は、この後・・・結婚するのだから。
とは言え、相手は私一人だけではない・
剣聖、賢者、弓姫、聖銃士…彼は、勇者の血を残すために、多くの女性を傍に置く。
最初は嫌だったけど、共に戦った女性達はもはや友人以上の存在だ。
(ゼッゲンの正妻は姫様、私達は側室だけど…王家に入ってしまうのね))
ゼッゲンの熱を感じながら、私は苦難の日々を振り返る。
魔王イーヤッツ率いる魔族軍の、突然の侵略。
それにより、戦争が始まった。
当初は劣勢だった。
だが、勇者様が徐々に力を付け、私を含めた仲間が集まるにつれ、戦況は好転していった。
多くの仲間と兵を失いながらも、つい先日、魔王を倒す事ができたのだ。
(ほんと、つらかったなぁ)
私は、貧しい農村の生まれだ。
たまたま聖属性に適性があったため、徴兵された。
だけど、その才能を見出され、ゼッゲン指揮下の軍に入れられたのよね。
周りは高貴なお方が多いから馬鹿にされる事も多かったけど…ふふ、それも良い思い出ね。
(とは言え、ここからが正念場よね)
戦後復興。
教会の為の奉仕。
側室ながらも、いろいろと勉強しなきゃいけない。
何より…。
(アグリカにちゃんと会って、あやまらないと)
戦争が忙しいを理由に、私は過去と決別できていない。
結婚しようと約束した彼を、一方的に切り捨てたままだ。
(でも、アグリカなら解ってくれるよね。あの約束は、世間を知らなかった子供同士の戯言なんだから)
あの狭い村で生きていくならば、それでも良かった。
でも、私は広く大きい世界を、知ってしまった。
あの村での価値観しか知らない彼とは、もはや分かり合えない事も多いだろう。
人は、身を置く世界に応じて変わって行く。
それは…大人になる、ってことなんだろうな。
青空に、大きな花火が咲く。
皆の歓声が、私達の未来を祝福してくれている・・・そう、感じた。
▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲
あの凱旋から、半年。
私は、教会の自室で、大きなため息を吐いていた。
(きつい、なぁ・・・)
華やかで充実した生活。
そんな希望は、簡単に崩れていった。
まず、ゼッゲンだ。
彼が私を愛してくれているのは解る…解るんだけど。
とにかく、側室が多いのだ。
なので、私の所に来てくれるのは、月に多くて2回ほど。
しかも忙しい為、体を重ねるだけで逢瀬が終わってしまう。
次に、王城という魔窟。
煌びやかな外見とは裏腹に、中は人間の負の感情を煮込んだようにドロドロとしている。
私の事を聖女と崇めるふりをして、裏では平民と嘲笑っているのだ。
ううん、それだけならまだしも、明らかに排除しようとする輩もいた。
ゼッゲンにどうにかして欲しいとお願いしたが、全然効果がない。
おそらく・・・黒幕は姫様、なのかな?
それか・・・、と考えだしたらキリがなく、今や人間不信に陥っている。
そして、教会。
彼らは私の「聖女」の力を、権力に組み込もうとしている。
戦争で傷ついた兵士や、病気になった民を癒そうとするも、教会の許可がなければダメになってしまった。
癒すのは、貴族や王族の人ばかり。
勿論、従う義理はないけど・・・戦時中に本当にお世話になったから、無視できないでいる。
(・・・神父様の部屋に行こう)
神父ハゲテンネン様。
徴兵されたての私が、お世話になった御方だ。
魔法に頼らない応急処置法や、軍人や貴族との接し方、処世術・・・色々と、教えて貰った。
ちなみに、もうこの世にはいない。
ある日、後方で教会の方々と会議している時に、魔族からの流れ魔法で、その身を焦がされ、命を落とした。
もうそろそろ片づけられるだろうが、あの御方の部屋には、いろいろな本がある。
本を読む時は、私は嫌な思いを忘れる事ができるから。
(・・・ん?)
途中、食堂より声が聞こえた。
いつもであれば素通りするのだが、戦争の話をしていた為、つい聞き耳を立てる。
<いやぁ、魔族領を奪って、ほくほくですなぁ>
<まったく、あの馬鹿どもは案の定、資源をため込んでおったわ>
<左様、戦争を仕掛けて正解でしたな>
・・・え?
戦争って、魔族から攻めてきたのでは?
<これこれ、魔族から仕掛けてきたのであろう?>
<くくく、そういう設定でしたな!実際は魔族の村を我々と騎士団が襲ったのですが>
<あの魔族のガキ共は、よい刺激になったのぉ、くはははは>
<まったく猊下も趣味が悪い。魔族の標本を作るなどとは>
・・・あの戦争では、多くの人が死んだ。
知らない人も、顔見知りも、仲が良かった人も。
私の事を常に心配してくれた、兵士長さん。
私に愛を告白してくれた、初々しかった新兵。
魔族に親を殺されたと復讐に燃える、傭兵さん。
故郷の恋人を想い涙ぐむ、事務官さん。
夕方、野花を届けてくれてた、少女。
あの人達は、魔族が悪だと、戦って、死んだ。
魔族が最初に攻めてきたから、皆が不幸になったんだと信じ、散っていった。
なのに、なのに実際は・・・。
気づけば、神父様の部屋で、茫然としていた。
あの戦いで傷ついた人を癒さず、戦争を作り出した人達を癒してる、この気持ち悪さ。
先ほどのは・・・聞かなかったことにした方が、良いのかしら。
ううん、ゼッゲンは、知ってるのかしら?
ふと、神父様の机の引き出しから、手紙らしき封筒がはみ出しているのに気付く。
私はそれを直そうと、引き出しを開け・・・見て、しまった。
「何、これ・・・。村からの手紙じゃない!」
差出人は、ショキノ村・・・私の生まれ育った故郷だ。
私は封筒を破き、中身を見る。
それは、村の危機に対する救援のお願いだった。
ううん、それだけじゃない。
アグリカから、私宛の手紙もあった。
内容は、同じように村の救援、それか王都に皆が逃げられるよう取り計らって欲しいというモノだ。
しかも、一通だけじゃなく、何十通も!
日付は、いつ?
・・・嘘、でしょこんなに前!?
今、村はどうなってるの!?
「おや、聖女様。本日も読書でしょうか」
「ヌケゲーさん!これは、一体なんですか!どうしてココにあるんですか!」
ノックと共に部屋に入ってきたのは、神父様の愛弟子、ヌケゲーさんだ。
私は挨拶もせず、彼に詰め寄る。
私が何を見たかを知った彼は、若干迷いを見せつつ、その唇を開いた。
「聖女様への手紙は、ここで検閲してたのです。その・・・魔王との戦いを前に、不安にさせる事は無いと」
「なら、村へ救援は送ったのですよね?まさか、そのまま見捨てたと言うわけでは無いですよね?」
「・・・残念ながら、救援を出す価値無しと仰ってました。・・・逆に、魔族に滅ぼされた事にして、聖女様の美談の一部にしよう、と」
「そん、な・・・」
ヌケゲーさんは、良心の呵責に耐えられずに、全てを話す事にしたらしい。
村は、見捨てられていた。
今はどうなっているかは、わからないそうだ。
確かに、私はアグリカを切り捨てた。
だけど、それはあくまで恋人としての彼であって、幼馴染としての彼は、まだ心に残っている。
それは、生まれ育った村もだ。
少なくとも、私が戦った理由にはあの村を守るため、というのもあったのに!
(村に、行かなきゃ!)
あんなに気まずかった帰省への念は消え失せ、私は馬車の手配の準備をし始めた。
▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲
一年中冠雪している霊峰は、そのままだ。
だけど、村は・・・ううん、村だった場所は、ひどい事になっている。
むせる様な土のにおいを放っていた地面は、どす黒く染まり。
子供のおやつである木の実をつけた新緑の木々は、悉く枯れ。
魚が時たま跳ねていた川は、異臭を放ち。
季節を届けてくれた風は、どんよりと生ぬるい。
建物はほとんど瓦解し、唯一形を保っている教会は、大きな爪痕などの暴力を、その身に刻んでいた。
「ひど、い・・・」
「・・・これは、誰も生き残ってはいないんじゃないか?」
私のつぶやきに、ゼッゲンが心無い一言を放つ。
今回、私が帰省するに当たり、彼も・・・あと、護衛数人が付いてきたのだ。
彼も、王城の雰囲気に嫌気が刺していたのだろう。
極めて遺憾だけど、どうやら私は、逃げるための口実に使われたらしい。
「これは、陛下に伝えて、この村を見捨てた連中を罰して貰わないとな」
ゼッゲンが意気込むが、恐らく村を見捨てた関係者に、陛下も入っているはずだ。
どうせ、あまり関係の無い生贄が、罰を受けるだけだろう。
「教会に誰かいるかも知れない。ちょっと行って来るね」
「魔獣が残っているかもしれない、俺も行こう」
「大丈夫よ。ゼッゲンは周りに魔獣がいないか見張ってて」
彼の心配は嬉しいが、今はただ鬱陶しく感じた。
教会に近づくにつれ、人の気配を感じるようになる。
私は少しの間を置き、教会の扉を、軋ませた。
「シスター=サキュバ!?」
「あら、これは聖女様、このような場所に、何用でしょうか?」
中にいたのは、私の第二の親とも言える、シスターだった。
つややかな赤い髪は健在で、まるで年を取っていないように感じる。
「シスターこそ何故、ここに?」
「・・・ここに残されたものを取りに来ていたのです。もう、ここには住めませんので」
ズキリ、と心が痛む。
暗に、私達が見捨てたからだと言われた気がしたのだ。
私は、それから逃れるように、今までの事を説明した。
村からの、アグリカからの手紙が届かなかった事。
村の危機を知らなかった事。
知っていれば、駆けつけた事・・・自分でも嫌になるほど、ほんとに言い訳がましく、伝えた。
「そう、ですか。ですが、一度くらいココに帰ってきていれば防げたか知れないと思うのは私だけでしょうか?あの事もありましたし、近いうちに戻ってくると思っていましたよ、私は」
「それは、その・・・。あとシスター、お願いですから、昔のように話して頂けませんか?」
「貴女は聖女です、そのような失礼な事は出来ません」
村の事もだが、シスターの距離を置かれた事にも、ショックを受ける。
違うのに・・・私は、知らなかったのに!
「私を、恨んでいますか?」
「少なくとも、聖女様にも見捨てられたと思う人は多かったと思います」
「見捨てなかった!知っていれば、見捨てなかった!村の人たちが平和に暮らせるように頑張って戦っていたのに!私は悪くない!悪いのは・・・!」
涙が、溢れる。
どう言葉で取り繕うが、シスター達にとっては、私は村を見捨てた裏切り者の一人、なのだ。
シスターの目を見て、それを感じ取ることができる・・・嫌って程に。
「・・・皆は、どうしました?アグリカは・・・?」
「大型魔獣の群れが村を襲った時に死にましたよ。私はたまたま霊峰へ祈りに行ってたので、助りました」
シスターの言葉に、再び言葉を失う。
アグリカが、死んだ?
私が、手紙の事を知らなかったから、結果見殺しにしてしまった?
「もう、ここにはこない方が良いでしょう。瘴気も篭ってますが、何より、死者の魂が、貴女を求めてはいない」
心を抉る、喪失感。
アグリカに、謝る機会すら失ってしまった。
謝るって何を・・・約束破った事?いや、見捨てた事・・・、私は・・・。
「お墓は何処に?祈らせて頂けませんか?」
「死体が残っているとでも?村の惨状、ご覧になりましたよね?」
もはやシスターは話も終わりと言う風に、荷造りを再開し始める。
視線すら、交差しない。
確かに、平民だと馬鹿にされるたびに、この村を呪いはしたけど!
ゼッゲンと結ばれる際、アグリカじゃ邪魔だなとも思いはしたけど!
実際に無くなって欲しかったわけじゃ無い!
私は、ふらふらと教会から立ち去る。
両親の墓も、どこか解らない。
アグリカと上った大きな樹木も、残っていない。
生きてた頃の両親と耕した、小さな畑も残っていない。
シスターとの繋がりも、失ってしまった。
「もはや、聖女として生きるしかないのね」
それが、私が選んだ選択だ。
だけど、村を滅ぼす要因を作った教会に、このまま身を置けるのか自信が持てない。
無理でも、聖女を捨てた私が、どこで生きられると言うのか。
「やぁ、どうだった?」
「えぇ、ここには誰も住んでいないみたい」
「だろうな。・・・あとコレ、持ってて」
無理やり笑顔を作った私に、ゼッゲンが皮袋を投げてきた。
ジャラっと音がし、金属っぽい何かが入っているのは解る。
「今さっき、スケルトンが襲ってきたんだ。そいつらが持ってた指輪だよ」
「え、大丈夫?呪われていない?」
「と思うけど、向こうに帰ったら念の為に解呪を頼む」
皮袋をしまいながら、私は村だった場所を振り返った。
今は余裕が無いが、いずれ、両親の墓を探しに来よう。
そして、皆の魂に謝罪し、祈ろう。
私には、それしかできない。
「・・・そういや、ここ、見た事あるなぁ」
馬車に乗ろうとすると、ゼッゲンが霊峰を見ながら呟いた。
「あぁ、小さい頃だ。勇者の力を鍛えるために、赤狼と戦ったのがこの付近だったっけ」
(え・・・?)
ゼッゲンの言葉に、どこか引っかかった。
赤狼と言えば、両親を殺した、憎き相手だ。
「して、結果は?」
「いや、惨敗だったよ。あいつ等仲間呼んで群れになるから、適わないと思って逃げた」
護衛の一人の言葉に、ゼッゲンは笑いながら答える。
でも私は、それどころではない。
「よく逃げる事が出来ましたな」
「なんかさ、途中に騒がしい村があったんだよ。そこに押し付けちゃった・・・まぁ、若さゆえの過ちさ」
(コイツノセイデ リョウシンガ シンダノカ)
正義の戦いは、権力者の私服を肥やすために作られていた。
信じていた教会に、結果的に村を滅ぼされた。
愛する人が、お父さんとお母さんの仇だった。
それらを知った私は、今後どう生きていけばいいの?
今の立場は捨てる事はできないし、捨てる勇気も無い。
愛する人は憎いが、復讐なんて出来るはずも無い。
勿論、許すなんて論外だ。
今後、親の仇の横で・・・私は、生きて行くしかない。
(ねぇ、アグリカ、私、どうすればいいの・・・)
幸せだと思ったのに。
幸せを掴んだと思ったのに。
ふと、土のにおいがした。
畑仕事で汚れたアグリカに、夕食の準備をしながらおかえりと言う。
彼は怪我をしていて、ソレを私が癒す。
アグリカは土の色が取れない指を絡めてきて、有難うと言う。
その言葉に私が、料理中だから汚さないで、と笑いながら手を跳ね除ける。
質素だけど、彼は「聖女」ではなく「幼馴染」の私を、愛してくれる幸せな日々。
なぜかそんな場面が見え、私は、涙を流した。