アグリカ
まだ雪も溶けきれないキブツジム山の麓、ショキノ村。
普段は静かな農村だが、今日は月に一度、隊商が訪れる日の為に賑わっている。
「ほれ、アグリカ。手紙を預かっているぞ」
「有難う御座います!・・・っ!」
馴染みの商人から受け取った、一通の手紙。
それは、幼馴染からの久々の手紙だった。
目を閉じ、彼女の事を思い出す。
肩まで伸びた、藍色の光沢ある髪。
目は細く鼻が高いため、一見すると冷たい印象だが、誰よりも温かい娘。
今は聖女として、王都で皆の為に力を振るう、自慢の幼馴染だ。
幼馴染の名前は、バズレー。
彼女とは、辛い過去を共に乗り越えた仲だ。
僕達の両親は、昔、冒険者をやっており、同じパーティーだったらしい。
僕は、剣士の父と、魔導士の母。
バズレーの両親は、僧侶と精霊使いだった。
両親達はこの村の空気が気に入り、住むようになったらしい。
そして、野盗や魔獣を倒す事で、この村の皆から頼りにされていた。
だけど、数年前の収穫祭の夜。
普段は大人しいはずの赤狼の群れが、村を襲ったのだ。
赤狼は異常に興奮しており、村人を見境なく襲い始めた。
僕とバズレーの両親も慌てて応戦するが、収穫祭で泥酔していたため、本来の力を発揮できずにいた。
その後、何とか赤狼を撃退。
だが・・・僕とバズレーの両親は、赤狼からの傷が原因で、あっけなく他界してしまった。
『ねぇアグリカ、お父さんお母さん死んじゃった・・・、どうしよう』
『… ・・・ ・・・』
『貴方達のお父様お母様のお陰で、村が救われました。今日から教会にいらっしゃい』
家も赤狼に壊されてしまい、僕達は途方に暮れていた。
そこで拾ってくれたのが、村の教会に住む、シスター=サキュバだ。
幸運だったのが、村の人達が僕らを見捨てなかった事。
両親に感謝し、当時農作業もできなかった僕達を、村に住まわせてくれた。
もちろん、生活は厳しかった。
だけど、飢えず、雨風を凌げる事ができただけでも、御の字だろう。
僕達は農作業をする傍ら、村の助けになる為に、教会での勉強も頑張った。
その甲斐あってか、僕達は魔法を使えるようになる。
僕は、農作業の効率を上げる為に、土魔法。
バズレーは、皆を癒す為に、聖魔法だ。
本来であれば、これらは適性が無ければ中途半端になってしまう。
なのに、僕達はまるで狙ったかの様に、それらに適性があった。
シスターの「貴方方のご両親が天から授けてくれたのでしょう」という言葉に、一晩中泣いたなぁ。
魔法を使い、僕達はやっと村の一員に成れた気がした。
だがそこで、魔族との戦争が起こってしまう。
始めは、税の引き上げだった。
それでも、僕の土魔法で何とか対応は可能だった。
戦況が悪化すると、今度は王国内に徴兵令が出された。
この村も例外では無く、役人が来て、若い村人を連れて行こうとしたんだ。
『おおっ!まさかこんな所に、このような逸材がいようとは!』
そこで、バズレーが、役人の目にとまってしまった。
彼女の聖魔法はかなり優秀らしく、医療班に組み込まれるべく、王都行きが決定してしまった。
一方、僕は情けなくも、村へと残る事になった。
『バズレー、気を付けてね。・・・僕も、一緒に行きたいんだけど』
『仕方ないよ、アグリカがいないと税収が落ちちゃうみたいだから』
『ねぇ、バズレー。帰って来たら、僕と結婚してくれないか?』
『アグリカ・・・っ!うん!・・・うん!もちろんよ、約束ね!』
『手紙、書くから!毎日は無理だけど、書くから!』
『私も!返事出すね!約束、忘れちゃダメだからね!』
離れていても互いの気持ちは、近い場所にある。
そう信じて、僕達はバズレー達を送り出したんだ。
<布をアカネソウの実で染めたんだ、髪留めに使って欲しい>
<街で素敵なバッグを見つけたの、アグリカ、ずっと昔の使ってるでしょ?>
<シスターと神父様がもう子供の名前を考えてるよ、早すぎるよね>
<お2人は相変わらずね。アグリカも、ちゃんと決めておいてよ?>
<愛してるよ、バズレー>
<愛してるわ、アグリカ>
手紙は、週に一度の頻度で送った。
バズレーが活躍している内容を見る度嬉しくなり、少しでも彼女の力になるために、僕も頑張った。
前年度の3割増しの農作物を収める事ができ、代官様から褒められた程だ。
だけど、バズレーの手紙に、僕以外の男の名前が載り始める。
勇者。
どうやら、バズレーの聖魔法が認められ、勇者の指揮下へと入ったようだった。
それから、手紙の頻度が落ちた、んだよな。
こちらから送っても、返事がなかなか帰ってこない。
バズレーは忙しいから仕方ない。
そう、思ってたんだ。
(忙しい中で送ってくれたんだ!すぐに返事を書かなきゃ)
僕は嬉しさに胸を躍らせ、農作業も放り投げ家へと帰る。
彼女はきっと忙しかったのだろう。
何せ、世間で有名な聖女という身分だ。
逸る気持ちを抑え、封筒が破けぬよう、手紙を取り出す。
毎月、彼女からの手紙を見るのが、これ以上ない幸せな時間だった。
そっと、手紙を開く。
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アグリカへ
ごめんなさい
私は勇者であるゼッゲン様と、結婚します
長年の約束を反故にして申し訳なく思います
恨んでくれて結構です
願わくば
あなたに相応しい相手と結ばれますように
追伸
村に帰った際、詳しくお話します
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だが、そこに書いてあったのは、幼馴染…バズレーからの、一方的な。
そして、極めて簡単な、別れの言葉であった。
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あの手紙から、約一年。
戦争は更に激化し、税も重くなる一方だ。
周囲にあった村は労働力の兵を取られ、更に重い税を払えず、地図上から名前を消していく。
そこに住んでいた人々がこの村に住み、農作業を手伝って、なんとか税を納める事が出来ている状態だ。
正直、僕だけの力では、もはやどうしようもない。
しかも不運は重なる事に、魔獣が数を増やし、活発化しているのだ。
今は獣除けや、腕に覚えのある有志のお陰で何とかなっているが…国に討伐して貰わないと、正直まずい状態だ。
「アグリカ、やはり返事は来ませんか?」
「シスター・・・、はい、来ない、ですね」
僕達は、王国に討伐のお願いを出した。
だが、一向に返事が来ないのだ。
最初は代官様を通してだったが、最近は直訴の形で、騎士団の方にもお願いを出しているのに、だ。
見捨てられたとは、思いたくない。
税をちゃんと納めているので、ここが無くなれば困るはずだ。
戦争で王国も余裕がないのだろう…と、言い聞かせてはいたんだが。
「・・・仕方ありません。バズレーにも手紙を出してみます」
「それは有難いけど・・・、いいの、かしら?」
シスターの遠慮がちな声に、つい苦笑を浮かべてしまう。
長い間、この村ではバズレーの話題を避けているのだ。
本来であれば、村から聖女が出た事を誇るべきなのに、皆、俺の気持ちを汲んでくれる。
それ故に、僕はこの村の為に頑張れるのだ。
「もう吹っ切れ・・・いえ、諦めたので、大丈夫です。アイツと勇者様は、ともに死線を潜り抜けている。そこに、もはや僕が入り込む余地はないでしょう」
最初は、絶望だった。
僕達が重ねてきた長い年月より、たかが2年程接しただけの奴に奪われたのだから。
だが、彼女は今や聖女、だ。
王国内で畏怖され、勇者と共に並び、皆の希望となっているのだ。
田舎で僕と農作業して生きるより、彼女は今の方が輝いている。
それが、彼女の幸せなのだと、自分に言い聞かせ、心を何とか殺している。
「ここは彼女の両親が眠る故郷です。彼女が無理でも、王国内の誰かを動かしてくれるはずです」
「そうね・・・。だけど…、いえ、何でもないわ。それじゃあ、この事を皆に伝えてくるわね」
無理やり明るい顔を作ったシスターが、赤い髪を靡かせ玄関を開ける。
すると、新緑の匂いが、鼻腔をくすぐってきた。
この自然豊かな村を、・・・皆を、守らなくちゃいけない。
シスターの言いかけた言葉は、僕が抱いてるモノと一緒だ。
もし、バズレーも返事を寄越さなかったら?
僕はその不安を忘れるよう、少し強めに、頭を振った。