episode.killer
助けたかった。
好々爺然とした老人が居る。背が高く、腕や足も長い、しかしアンバランスなほど線が細い、そしていやに手が大きい
老人だ。
その老人は、看守に気が付くと嗄れた声で話す
やぁ、看守さんまた私の昔話でも聞きに来たのかな?
そして看守の返事も待たずに話始める。
看守を見つめているのに、虚空に話しかけるように滔々と
それはまるでなにかに懺悔をしているような、それでいて自らの話を聞いてもらいたくて仕方ない童のように喋り続けるのであった。
これは私が起こした快楽と倒錯と後悔とそして狂気の物語だ
私はしがない開拓村に生まれた
産婆もいないような開拓し始めの村だった
そんな村だったからだろう、様々な事情が絡んでいたにせよ
私は母の命と引き換えに生まれ落ちた。
不可抗力であろうが私にとってはこれが、これこそが最も初めの殺人であった。
父は私に物心がつく前から狂っていた、恐らく母が死んだ時から既に狂っていたのだろう。
さすがにまだ、周りに手を出してはいなかったが孕んだ獣を見つけるたびに腹の仔を割いて殺していた。
人に手を出すのはもう時間の問題であった。
幼心に父の狂気に私は気づいていた、いや気づいて理解した振りをしていたのだろう、私も既に物心つく頃にはどこか壊れていたのであろうからな。
それが2番目の殺人だった。
父は一時正気を取り戻す時があった。
その時にはしきりに母の元へ行きたいと願っていた。
行かせてやりたいと思った。
だから殺した。
たったそれだけ、それだけの理由だった。
父は笑顔で死んでいった。
それが父の私への精一杯の愛情であったのかもしれない。
死んだ父は魔物にやられたことになった。
なぜ私が断罪されなかったのかは分からない、恐らく村の皆は父の狂気に薄々勘付いておりどこかで排除しなければならないと思っていたのかもしれない。
そんなことで、私は赦された。
3番目の殺人は、向かいの家の娘さんだった。
娘さんは国の徴兵で恋人と離れ離れになっていて、その日恋人の訃報が届いた。
娘さんは泣き腫らして気持ちを落ち着かせると言って村を出た。
私はその後を着いていき、娘さんにこう聞いた。
恋人の元へは行きたくないのか?
娘さんは涙を流して行けるならば行きたいと叫んだ。
ならばと刺し殺した。
しかし、娘さんは殺されると分かると途端に抵抗し死の間際には恋人の名前を呼んで助けを求めた。
私にはそれが心底理解出来なかった。
何故、恋人の元へ行けると言うのに泣き叫び、赦しを乞い
剰え恋人の名を呼び助けを求めるのか。
父は死ぬ間際やっと母の元へ向かえると笑顔を浮かべていたというのに。
そこからは奈落に落ちるが如く人を殺した。
小さい開拓村だ、皆が家族みたいなものだった。
皆が悲しんでいた、だから殺した、殺して回った。
村人にとって悲劇だったのは、私が殺しの才能に溢れ尚且つ父から闘いのすべを習っていたことだった。
分からなかった、理解できなかった。
なぜ命乞いをするのか、全員死ねばみんな一緒なのに。
そして、小さな開拓村の全てを殺し尽くして私は自らをも突き刺した。
しかして、私は生き残った。
町で訃報を聞き付けていた馴染みの商人が、駆けつけてくれたのである。
心の臓を突き刺しても、私は商人が着くまでの間では死にきれなかった。
それほどまでに私の体は頑丈であった。
私はこの惨劇の犯人ではなく、哀れな被害者の生き残りだとされた。
この惨劇の犯人は皮肉にも父の時と同じ魔物の仕業ということになった。
私は、魔物には殺されまいと自殺を図ったとされた。
何せ私はこの時、成人してすらなかった。
この惨劇を誰が成人してない童に出来ると思うのだろうか。
私は生き残ったことを都合のいいことにこう捉えた。
私は村の皆に拒絶されたのか
そうは思いたくない。
そう願いあることに気がついた。
訃報は徴兵された者の全員のものではなかった。
まだ、皆同じところにはいないのだと。
だが、まだ成人していない私には戦場に行くすべなどない。
だから、私は冒険者の弟子となった。
商人に紹介してもらったそこそこ腕の立つ冒険者に師事し、
旅に同行した。
その頃の冒険者は町から街、国から国へと旅をするのが普通だった。
今のように、街に根を張り依頼をこなすようなものはいなかった訳では無いが臆病者と蔑まれていた。
冒険者は徴兵されることは無かったが、志願兵になることは出来た。
だから丁度良かったのだ。
次の殺人は、師事した冒険者の1人であった。
師事してから数年後のある日の事だった。
街から街へ旅している最中、パーティの1人が魔物の凶爪に倒れた。
私は狂喜した。壊れた私の心は数年の月日を経て歪に成長していた。
倫理を持ちながら破綻していたのだ。
ただの荷物持ちだった私は数年でこのパーティの中で最も強くあった。
だが、魔物を殺す際誤って武器を折ってしまった。
そして、仲間を亡くして悲しみにくれる師達を殺した。
これが初めて素手で人を殺した瞬間だった。
素手で人を殺すことは私に快楽をもたらした。
師を殺した私に残ったものは、人を幸せにする喜びと殺すことに対する快楽のみだった。
人は死ねば幸福になると本気でそうおもっていたのだった。
この時も死んだものは魔物の仕業その魔物は辛くも私が仇を討ったこととなった。
悲劇の者、私はそう呼ばれていた。
私は冒険者では居られなくなっていた。
縁起が悪いとされた私はどのパーティにも参加できなかったのである。
それから私は自らの快楽と童の頃の目的を達するために、
賞金首狩りとして生計を立て始めた。
遺族から依頼を受け、賊を殺した。
そして、悲しむ遺族をまた殺した。
バレることは無かった。
なぜなら賞金首狩りに依頼をよこすような者は、極限状態であるものが多く自殺を図ったりどこか遠くへ旅に出たりするものも少なくなかったからである。
そして素手で殺す事に傾倒していた私はいつしか、
首折り
と呼ばれるようになった。
そんなある日のことである。
ある街でこんな御触れが出た。
戦争加熱、志願兵募る!
あの時の戦は、冷戦を迎えており志願兵は募集していなかった。
しかし、戦は終わってはいなかったので徴兵された者は死なぬ限り村などに戻って来ることは無かったのだ。
やっと村の皆を集めてあげられると、諸手を挙げて志願した。
戦争は地獄であった。
魔法を使えぬものは初めから死兵であり、壁であり、ただの肉であった。
私のやることには何ら変わりなかったのかもしれない。
首を折り、人を殺して、殺して、殺して、殺して。
いつしか私は部隊の長にあった。
戦争において人を殺すことは讃えられることであった。
人を殺す才能は英雄の才能であった。
味方を殺すことはなかったことが幸いしたのかもしれない。
だがそれも時期に終わりを告げた。
村の者を見つけたのだ。
再会を喜ぶ皆を、1人づつ殺して回った。
もちろん私は捕らえられた。
だがここは戦場、生きるためには力がいる。
私は手錠をかけられたまま前線に戻された。
戦争が終わりを迎えるとき、それが私の命日になるはずであった。
私は殺し尽くした、尽くしてしまったのだった。
敵も味方も全てを
時間をかけて殺し尽くした私は、思いついた。
国ごと殺せばみんなが一緒になれるのでは?
その時の私にとっては、とてつもない名案だった。
それから私は、正体を隠し、村から町、町から街、街から都
へ、次々と壊滅に追いやった。
人を殺した。
人を殺した。
そしてまた、人を殺した。
何日も何月も何年もかけて殺し続けた。
私も何度も殺されかけた。
だがただの1度も死ぬことはなかった。
ついに王都まで、殺し尽くして…。
教国の勇者に捉えられた。
もうそこに国はなかった。
人はいなかった。
私はいつの頃かこう呼ばれた…
人殺し
と。
だから殺した。