86.エミル・ミソロジアの正体
いきなり仲裁に入ってきたのは一体どういうわけか。
その真意を知るのはすぐだった。
「ウチが気になってたことだけどさ、確信が持てたよ。セリアから離れなよ、エミル・ミソロジア。いや──《グリム》」
なるほど。私も薄々感じてはいました。
クラスメイトは何事かとザワザワしている。こちらの声は届いていないようでなにより。
しかしエミルはなおも間延びした声で誤魔化す。
「え~? なんのことですか~?」
「もう誤魔化せないよ。普通の人間じゃあり得ない反応速度、短刀の形状、口調、体格、容赦のない残忍さ。そして極めつけが戦い方だよ」
「先生の勘違いじゃないですかぁ~?」
「これでも盗賊やってるんだよ。変装のために鍛えた観察力、洞察力を舐めないでもらいたいね」
アヴァリティアがトドメとなるであろうひと言をぶつけると、それまでの様子とは一変、舌打ちを一つしたのちに口調を鋭いものにする。
「チッ、あーあ、バレちゃあしょうがないなぁー。それにしても口調かぁ……この喋り方、本当は好きじゃないんだよね。いわゆるキャラ付け的な? だから《グリム》のときにもこの喋り方だったんだけどさぁ──バレたんなら関係ないよね?」
「なにするつもり!?」
「あたしの目的はセリア・リーフなの。はぁ~あ、それにしても、こんな弱っちぃのを〝お姉様〟なんて呼んでたと思うと笑えてきてお腹痛くなるよ」
エミルは制服のポケットから小さなスプレーを取り出すと、その噴射口を私へと向ける。
不敵な笑みを浮かべると、
「おやすみ♡」
そのひと言とともに液体を噴射。だんだんと視界が霞み始めた。……催眠ガスですか……!
なんとか起きていようと試みるも、そんな抵抗は意味を為さず、とうとう眠りに落ちてしまった。
「ねぇ《強欲》。あたしとゲームしよ? ここに一人で来てね。待ってるよ」
「──待て! ……くそっ、どうするかな……」
◇
「ん、んん……。んぅ?」
私が目を覚ますと、そこは薄暗い部屋でした。
いくつかの小さいライトは、なんとか部屋の内部を見ることができる程度のもの。
確認するために立ち上がろうとするも身体が動かない。
ここでようやく意識が覚醒し、脳が私の置かれた状況を把握し始める。
腕はうしろ手にイスの背に、脚はイスの脚に拘束されており、身動き一つ取ることもできない。口には布が噛まされており、声を出すこともできない。
さらに首には首輪でしょうか、なにかが嵌められている感覚がある。
この状況、前にも似たようなことがありましたね……
そのうち縛られることに快感を覚えたらどうしましょう。まあそのときはアイリスにでも頼みましょうか。ちょっとSっ気ある感じで。
なんてくだらないこと考えている場合ではありません。早く脱出の手立てを考えねば……
残った意識で聞こえていたのは、エミルもとい《グリム》がアヴァリティアをここへ呼び出すような会話。
普通に戦えば、あのエミルに勝つ見込みはありません。
しかも一人で来るようにとも伝えていましたよね。一対一では負け確実です。
ダメだ、私一人の力で逃げなければ……!
なんとかロープを解こうと暴れてみるも、頑丈に縛られているためにギッギッと音を立て、私に「逃げようったって無駄だ」と伝えてきているよう。
なんだかロープにバカにされたと思うと腹が立ちますね。
催眠ガスによる眠気や、先ほどの戦闘での疲れが残っているせいで余計に力が入らない。
いろいろと模索していると、暗闇からカツカツとこちらへ近づいてくる靴音が。誰か……いる? もちろん予想はつきますが。
「あっ、起きた? やっぱり、人質は起きてたほうが脅しの材料にしやすいからね。相手に悲鳴とか聞かせるとさ、目も当てられなくなって要求を呑んでくれるんだよ」
なんて言っていますが、今の私はある程度の体力が回復した状態。拷問なんて効きませんから問題ありませんね。
「でもね、本当の人質はセリアじゃない。──あの《強欲》だよ。飄々としててさ、イライラするよね。だから、セリアを使って《強欲》を捕らえる。それから、おとなしくセリアが投降するのを待つ。どう?」
どう? と訊かれて素晴らしいとは答えられませんが。
私は声を上げられないために、目を細めて睨むことしかできない。私の威嚇が見えていないのか意に介していないのか、なんの反応も見せない。
「なんなの、その目は!」
「ん、ぐぅぅぅ……」
「ねぇねぇ、苦しい? 苦しい!?」
「ん、んんん! んぐぅぅぅぁぁぁ!」
私が睨んだのを気に入らなかったようで、首に手をかけてくる。
絞める力は強く、口の布によって元々呼吸がしづらかったのに加えて、首を絞められることでさらに呼吸ができなくなる。
身体が縛られているために、暴れて悶えることもできない。
意識を失いかけたとき、突然絞める手が離される。
「ま、死なれても困るからこの辺でやめとくよ」
「ふぅ……ふぅ……」
呼吸もままならず、なんとか酸素を確保しようと息をすると、食に飢えた獣のような息遣いになってしまう。
「正直言うと、《ドクター》からのお願いなんてどうでもいいんだよ。あたしはボスしか愛してないんだから」
ボス……? 《神の機械仕掛け》を取り仕切る人物でしょうか。今の私には皆目見当もつきませんが。
ですが誰であろうとこの現状では関係ない。
エミルはこてんと首を傾げる。
「んー、なにか言いたそうな顔してるよ? 今から口のを取るけど、逃げないでね。というか逃げられないか」
縛られているから逃げられないとでも? バカですね、これはむしろチャンスです!
「逃げられますよ──《東奔──うぐあぁぁぁ!」
「だから逃げられないって言ったじゃん。その首輪はね、《言霊》を使おうとすると、人間が痛みに耐えられないほどの電流が流れる仕組みなんだよ。理屈は忘れたけど」
「な、なんてものを……!」
「それで、《言霊》を使おうとするたびに体力もごそっと奪うらしいから、《空前絶後》を使いたければ下手に動かないことだね」
ハメられた──!
口に布を噛ませることで、《言霊》の使用を防いでいると錯覚させ、どこかのタイミングでわざと《言霊》を使わせる。
そこで電流を流すことで、心を折り、完全に逃げることをあきらめさせる。これで抵抗しない従順な人質の完成。
条件が《言霊》の使用であるならば、《空前絶後》であっても電流は流れるのではないか。
そんな疑問が浮かぶものの、自動発動のものはなにかしら外部からのスイッチがいる。たとえば外部からの外傷で《空前絶後》が発動するように。
下手に使おうとすれば、死んでもおかしくない。
ですが、
「私には《起死回生》があります。即死でなければやり直しは効くんですよ」
「それなら即死するようにしておけばいいだけ」
「ふふっ、面白いことを言いますね。私が死ぬわけありません」
「セリアが死ななくていいんだよ。アイリス──アリシアが死ねばね」
「……どういうつもりですか」
「殺人の罪で捕まったアリシアだけど、あの日から一週間後に裁判があるんだってさ。最悪、死刑になっちゃうかもね。そしたら、ショック死か後追い自殺なんてあるかも」
一週間後……!? そうなると、昨日と今日を除いてあと五日。九月七日──そこがタイムリミット。
エミルのやつ、私の死が狙い──いや、そうなると。
「なぜわざわざアヴァリティアを人質に取ろうとなど? 今ここで《言霊》を使い続けるように仕向ければいいのでは」
「さっきも言ったけど、あたしは《ドクター》の計画なんてどうでもいいの。結末は〝セリアの死〟ただ一つなんだから。あたしはね、ボスが与えてくださった計画を破綻させたあんたが気に入らないだけ」
「でしたらなおさら……!」
「でもさ、せっかくなら絶望で顔を歪めながら死んでほしいと思わない? だから、身近な大切であろう人を傷つける形で絶望してもらおうかなって」
エミルの弁論を聞いて思ったことはたったの一つ。
この女──狂ってる。
長々とお待たせして、申し訳ありませんでした。
一応、ひと段落しましたので、投稿を再開します。
毎週日曜日の定期更新の予定ですが、投稿できない日もあるかと思います。そのときはご了承ください。
同時に、少しお話を活動報告でさせていただきます。よろしければ一読お願いします。




