84.認めさせるには力で
九月二日。本来登校日が開始する日の翌日。
本当ならば、私も昨日から登校するはずだったのですが、先生を入院させる事態にしてしまいましたから、私がお見舞いに行くのは当然のこと。
放課後に寄ってもよかったのですが、手続き諸々を私がおこなったため、そのための時間が必要だったので公欠という形にしてもらったわけです。
今は起床して朝食を摂っているところ。ボーッとテレビのニュースを観ていると。
『昨夜、騎士団所属のアイリス・フェシリア容疑者が、殺人の容疑で騎士団にて身柄を拘束されています。
騎士団側では証拠を揃えているものの、フェシリア容疑者は、一度は認めたものの、その後は再び容疑を否認しているそうです』
……今のニュース、気に入りませんね。非常に不愉快です。これではまるで、アイリスが罪を犯したよう。
なにもしていない善良な市民を犯罪者のように吊し上げるなど、私はニュースを信用できなくなりそうです。
それに、アイリスが罪を認めたなど、無理矢理に決まっている。
朝食を摂り終えた私はカバンを掴むと背負う。あまり荷物はないはずなのに、パンパンに詰めてあるような重さに肩が下がる。
足取りもだんだん重くなり始め、一歩一歩がしんどく感じる。息も苦しくなり、心臓が締め付けられる感覚が私を襲う。
アイリス……私はあなたの傍にいるのに足る人間ですか?
荒い息、速い鼓動をなんとか抑えながら、私は学院へと向かった。
◇
教室に着く少し前、アヴァリティアにバッタリと出くわした。
「おっ、セリアおはよ。遅刻ギリギリだぞ~?」
「すみません。昨日のことがあったので」
「大丈夫だよ、わかってるから。放課後行くんでしょ?」
「ええ、そのつもりです」
「そかそか。さ、早く教室入りなよ。遅刻にはしないからさ」
こういうとき、事情をわかっている人がいるというのは助かります。心の状態が不安定でも安心できますからね。
アヴァリティアのあとに続き、いざ教室へ。
すでにほとんどの生徒は来ており、残りは私くらいなものだった。
シンと静まり返る教室には、なんだか不穏な空気を感じてしまう。
「あちゃ~、ちょっと忘れ物しちゃったよ。取ってくるから待っててね~」
そう言って出ていってしまうアヴァリティア。
これを好機と見たみんなが、ヒソヒソと話し始める。話す内容とはもちろん一つだけ。
「(……ねぇ、朝のニュース観た?)」
「(……あれでしょ? フェシリアさんが人を殺したってやつ)」
「(……人は見かけによらねぇんだな)」
「(……なんか幻滅だよな)」
発せられるのは、アイリスに対する誹謗中傷ばかり。
メディアの報道一つで掌を返す人たち。あなたたちの彼女に対する信頼はそれほどだったのですか。
際限なく口にされるそれらの言葉に、ついに私は我慢できなくなり、拳を机に叩きつける。
静まり返った教室に、私はひと言零す。
「──あなたたちの、アイリスに対する見方はそんなものなんですか……!」
「でも、ニュースで──」
「ですから! ニュースなんかを信じるのですか!? ここ数ヶ月見てきたアイリスの姿は、そのひと言で消え去るのですか! ……私は無実を証明します」
ここで再び訪れる沈黙。
見計らったように帰ってきたアヴァリティアは、なにかを察したように声を発する。
「いやぁ~、教員帳簿忘れちゃってさ。もう仲間、相棒みたいな感じなのにね。……だからさ、仲間のことは信じてあげてよ。ね? あの子はなにもしてないんだから」
気まずげな空気が流れる中、数名のクラスメイトが私に声をかけてきた。
「リーフ、俺はフェシリアのこと信じるぞ! あいつがそんなことするわけないしな!」
「そうだね、アルフが言うなら大丈夫でしょ」
「おお、ケリンもそう思ってくれるか! さすがは心の友だぜ!」
「私も同意です。あのアイリスさんがそんなことできるとは思えません。セリアさん、裁判の際はうちの母にお任せを」
「……アルフ、ステラ、あとは……知りませんけど、ありがとうございます」
「あはは、僕はケリン・フィレット。覚えてくれるとうれしいな」
ケリンと名乗るのは、なぜアルフとつるんでいるのかわからない、茶髪の爽やかイケメン。
名前を覚えていなかったことに罪悪感は覚えました。あと名前も今覚えました。
私、人の名前を覚えるの得意ですからね! もうみんなの名前とか覚えちゃってる。うん。
信じてくれている人もいるのだと再認識できると同時、またそれに水を差す輩が。
「でもさぁ~、アイリスお姉様がやってない証拠はないんじゃないの~? だから捕まっちゃったわけだしぃ~?」
この腹の立つ話し口調。アイリスをお姉様と呼ぶのはただ一人。
「エミル……! また余計なことを……」
「でもぉ~、あたしが言ってることも間違ってないでしょ~? セリアお姉様は、ちょっと過保護なところあるよねぇ~。信じすぎは時に毒になるんだよ~?」
「私は信じすぎではないと思っていますが。これでも足りないくらいでしょう」
そう。足りないのです。もしかしたら本当にやってしまっているのでは、と疑ってしまう自分がいる。
違う、あの子はやってなんかいない。
どれだけ頭から追い出そうとしても、しつこく張りついてくる。
そんな中にまたもエミルの声が流れてくる。
「それならさぁ~、勝負しようよ~」
「は? 勝負? 一体なんのです? スタイル勝負とかならお断りですね、出来レースに参加するほどバカじゃないので」
「あはは、それはセリアお姉様が可哀想だからやらないよ~。この学院で勝負なんて、そんなものは一つだよぉ~。──戦いに決まってるでしょ~?」
「なぜあなたと戦わねばならないのです。それとこれとは話が違うでしょう」
「あれぇ~? あたしに負けるのが怖いのぉ~? あたしはセリアお姉様に勝てると思うんだけどなぁ~。それに、何事も認めさせるには力がいるからね~」
「そんな安い挑発に誰が乗りますか。残念でしたね、これで勝負の話はなかったことに」
無理矢理に話を終わらせ、授業の準備へと入る。
一時間目は戦闘実習でしたか……──しまった!
「あーあ、一時間目の実習、どうしようかなぁ~」
「それなら、セリアとやったらどう? ちょうどいいじゃん」
「なにを言っているのです。私は嫌ですよ、あんなぶりっ子と戦うなんて」
「まぁまぁ、頼むよ~。ちょっと気になることもあるしさ。調査の一環だよ」
むぅ……そう言われたら断れないじゃないですか。仕方ありませんね、今回は安い挑発に乗ってあげますよ。
私は一つ小さくため息を吐くと、言葉を返す。
「わかりましたよ、今回だけですからね。二度目はごめんです」
「助かるよ。ウチの顔を立ててくれて」
「別に顔を立てたつもりはありませんが……」
「ウチが直接だと、ちょっと面倒だからさ」
「面倒って、戦闘が面倒ってことではないですよね……?」
「もちろんだよー!」
「痛い、痛いです」
背中をバシバシ叩くアヴァリティアの顔がひきつっていたのを私は見逃さなかった。ダブルミーニングでしたか……ハメられた気分ですよ。
アヴァリティアの言う「気になること」というのも、私、気になります!
「よし、じゃあ闘技場に移動しまーす!」
◇
ここしばらく来ることのなかった闘技場。相変わらずの広さを持っており、クラスで入ったところでスペースは無駄なほどある。
……奥に私が《一網打尽》で割ってしまったヒビが残っているのは知りません。記憶にございません。
それよりも早く直したらどうですか?
だだっ広い闘技場のど真ん中で向かい合い、互いに剣と短刀を構える。
「私は必ず勝ちます。──ここからは、私の発言の時間ですから」
「あはは、そういうのは四月一日に言いなよ~」
睨み合い、相手の動きを読むために神経を集中させる。




