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語彙力最強少女の英雄譚  作者: 春夏冬 秋
第三章《童話教典》編
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82.セリア、アイリスの決裂

 私は思わず耳を疑った。

 いえ。私だけではなく、アヴァリティアはもちろん、当事者であるアイリスも同じだったでしょう。

 彼らはなにを言っているのか。それをしっかり理解するのに、かなりの時間を要した。



「アイリスが人殺し? バカな冗談ならやめたほうがいいですよ」

「冗談ではありません。こちらで証拠も握っております」

「そちらを見せてもらっても?」

「いえ、守秘義務がございますので」



 チッ……ガードが固いことで。

 しかし騎士団ギルド側の言うことには納得せざるを得ない。下手に工作されては面倒ですから、証拠は公開はしないでしょうね。

 確かにその件に関しては納得しました。ですが──



「──あなたたちは、アイリスを連れていくことに関して納得させられていません。渡すわけにはいきませんね」

「そ、それに! わたしはなにもしてません!」

「ま、ずっとウチらと一緒にいたしねぇ~。そんなヒマないっしょ?」

「もし証拠が嘘であれば、今すぐに騎士団ギルドに報告させていただきます」



 どんな役職も、このひと言には弱い。

 しゅんじゅんしたのち、不承不承ながら一枚の写真を差し出してきた。



「……これです」



 そこに写るのは紛うことなき空色の少女、ここ《ラングエイジ》の王女・アイリスの姿だった。

 写真の背景から読み取るに夜。昨晩……でしょうか。であれば、私が寝てしまっていたら、見ている者はいない。

 つまり、彼女のアリバイを証明するものがいなくなる。簡単に言えば、今現在ではこの状況を覆すことは不可能に等しい。

 ……いや、待ってくださいよ?



「もしや、たったこの一枚で疑ってかかったとでも?」

「我々はなにも……。騎士団ギルド長より命を受けまして」

「なぜ騎士団ギルド長がそんな薄い証拠で逮捕の命令を?」

「さ、さぁ……」



 諸々の根源は騎士団ギルド長ですか。しかしなぜそんな適当な調査をしているのでしょう。



「信頼性のある証拠が見つかるまで、この子は渡せません。お帰りください」

「そういうわけにはいきません。アイリス・フェシリアさんにはご同行を」

「物わかりが悪いですね……。こうなれば実力行使で──」

「そうなれば、あなたも公務執行妨害で連行させていただくことになりますが」

「勝手にすればいいでしょう。さあ来なさい」



 私が戦闘体勢に入ると、アイリスが私の肩に手を置く。



「……いいんですよ、わたしはやってませんから。きちんとお話しすれば大丈夫です」

「やってもいないのに行く必要はありません。私がきっちり止めますので」

「わたしは、セリアさんも連れていかれるほうがつらいんです! ……ですから、わかってください」

「セリア、ここは退いとこう。ウチらで調べて、潔白を証明すればいい」



 それしかありませんか。心苦しいですが、仕方ないですね。

 私はアイリスに目を向けると、ひと言だけ。



「絶対にあなたは助けますから」

「セリアさんたちなら大丈夫だって信じてます。……しばらくの間さよならですね」



 そのときのアイリスの涙を、私は見逃さなかった。これが嘘だと証明できた暁には覚えていなさい。

 無力な私は、ただただその寂しげな背中を見送ることしかできなかった。



「アヴァリティア、手を貸してくれますか」

「もちろんだよ。手どころか、身体全部貸してあげるからさ。みんなにも伝えとく」



 それだけわすと、自身の帰る場所へと歩みを進めた。

 


     ◇


 

 家に到着すると、私は力なく扉を開ける。



「ただいま帰りました……」



 リビングに向かうと、お父様とピグリティアが出迎えてくれた。



「おや、セリア君、おかえり」

「セリア様、ただ今料理で手が離せず、玄関までお出迎えできませんでした、すみません」

「いえ、構いませんよ……」

「そうだ、アリシアはどうしたんだい?」



 親であるお父様が気づかないはず……いや、私と一緒にいる人であれば、真っ先に訊くであろうこと。

 この事実はあまりにも伝えづらいのですが、隠し通せるものでもありません。



「アイリスは……騎士団ギルドへ行きました」

「それでは、セリア様もご同行されるのでは?」

「ははっ……私は人を殺しておりませんので」

「? セリア様、それは一体──」

「もしや、アリシアが人を手にかけたとでも言うのかね?」

「……そういうことになりますね」



 だんだんと早鐘を打ち始める心臓。罪悪感から来るこの拍動の加速。

 左胸元を握るように掴みつつ、床に敷かれたカーペットに膝をつく。

 目からは涙が流れ落ち、呼吸が荒くなることで、過呼吸になる。



「はぁ……はぁ……。ごめんなさい、ごめんなさい。私が至らぬばかりに、アイリスを護ってあげられず、すみません……!」

「せ、セリア様、落ち着いてください! あなたは悪くありませんから! ……さくらん状態になっていますね」

「そうだ。君はなにも悪いことなんてない。ほら、涙を拭いて落ち着きなさい。部屋まで運んであげてもらえるかい?」

「承知しました。自室へと参りましょう、セリア様」



 頭が混乱したまま、ピグリティアに連れられて自室へ。

 一目散にベッドに向かうと、布団を被り、視界が暗闇に包まれる。



「セリア様、大丈夫ですか?」

「大丈夫なんかじゃありません。私にはなにもできませんでした。あの子の隣にいるべきなのでしょうか」

「……アリシア様を助けられるのは、あなただけではないでしょうか?」

「一体なにを……」



 なにを言っているのでしょう。私には無理な話。他の皆さんに任せるのが一番です。



「いつものセリア様であれば、アリシア様になにかあれば、いの一番に駆け出すではありませんか。口を開けばアイリス、アイリスなセリア様が、今回のことであきらめるあなたではないはずです。今のセリア様は混乱しているだけで、その場では助けようと考えていたのでしょう?」



 そこで私はハッとした。

 どうして、どうしてあきらめようとしていたのでしょう。

 そうですよね、こんなのは私じゃない。私らしくない。愛する女性一人護れないで、なにが好きですかバカらしい。

 ふふっ、私を敵に回したこと、後悔するがいいですよ。



「ありがとうございます。目が覚めました」

「それはそれは。普段は早起きですのに、今日はおそようさんでしたね」

「もしかしたら春なのかもしれませんね。春眠暁を覚えずってね」

「まだ冬眠中なのかもですね。そちらはわたくしも協力いたします故、必ずや疑いを晴らして見せましょうか」



 アイリスに手を出したこと、それこそが自身を滅ぼす。騎士団ギルド長、あなたは私が潰す。徹底的に。

 ──ここからは、私の発言の時(ターン)間です。



「そうと決まれば早速動きましょう」

「本日はお食事を摂り、お休みしてはいかがでしょう? 明日を万全に迎えるのが得策かと」

「なるほど、一理ありますね。ですが、こうしている間にもアイリスは……」

「問題ありません。この間は、アヴァリティアたちが動いてくれることでしょう。わたくしたちを信じてください」

「わかりました。そちらは任せることとしましょう」



 夕食をるために一階へと下りる。そこでは、お父様が頭を悩ませている様子だった。

 安心させるために、私はひと言かける。



「ご安心ください、お父様。アイリスは──あなたの娘は私が必ず助けて見せます。彼女の無実を証明して見せます。お父様にも、天国にいるお母様にも、悲しい思いは決してさせません」



 お父様の目を見据え、少し強い口調で伝える。これは私の本気の気持ちだと、しっかりわかってもらうために。

 私の言葉に、ふっと小さく息を吐くと、こちらに微笑を向けてくる。



「君なら大丈夫だろう。今までもアリシアを助けてくれたんだから。信じてるよ、セリア君」

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