82.セリア、アイリスの決裂
私は思わず耳を疑った。
いえ。私だけではなく、アヴァリティアはもちろん、当事者であるアイリスも同じだったでしょう。
彼らはなにを言っているのか。それをしっかり理解するのに、かなりの時間を要した。
「アイリスが人殺し? バカな冗談ならやめたほうがいいですよ」
「冗談ではありません。こちらで証拠も握っております」
「そちらを見せてもらっても?」
「いえ、守秘義務がございますので」
チッ……ガードが固いことで。
しかし騎士団側の言うことには納得せざるを得ない。下手に工作されては面倒ですから、証拠は公開はしないでしょうね。
確かにその件に関しては納得しました。ですが──
「──あなたたちは、アイリスを連れていくことに関して納得させられていません。渡すわけにはいきませんね」
「そ、それに! わたしはなにもしてません!」
「ま、ずっとウチらと一緒にいたしねぇ~。そんなヒマないっしょ?」
「もし証拠が嘘であれば、今すぐに騎士団に報告させていただきます」
どんな役職も、このひと言には弱い。
逡巡したのち、不承不承ながら一枚の写真を差し出してきた。
「……これです」
そこに写るのは紛うことなき空色の少女、ここ《ラングエイジ》の王女・アイリスの姿だった。
写真の背景から読み取るに夜。昨晩……でしょうか。であれば、私が寝てしまっていたら、見ている者はいない。
つまり、彼女のアリバイを証明するものがいなくなる。簡単に言えば、今現在ではこの状況を覆すことは不可能に等しい。
……いや、待ってくださいよ?
「もしや、たったこの一枚で疑ってかかったとでも?」
「我々はなにも……。騎士団長より命を受けまして」
「なぜ騎士団長がそんな薄い証拠で逮捕の命令を?」
「さ、さぁ……」
諸々の根源は騎士団長ですか。しかしなぜそんな適当な調査をしているのでしょう。
「信頼性のある証拠が見つかるまで、この子は渡せません。お帰りください」
「そういうわけにはいきません。アイリス・フェシリアさんにはご同行を」
「物わかりが悪いですね……。こうなれば実力行使で──」
「そうなれば、あなたも公務執行妨害で連行させていただくことになりますが」
「勝手にすればいいでしょう。さあ来なさい」
私が戦闘体勢に入ると、アイリスが私の肩に手を置く。
「……いいんですよ、わたしはやってませんから。きちんとお話しすれば大丈夫です」
「やってもいないのに行く必要はありません。私がきっちり止めますので」
「わたしは、セリアさんも連れていかれるほうがつらいんです! ……ですから、わかってください」
「セリア、ここは退いとこう。ウチらで調べて、潔白を証明すればいい」
それしかありませんか。心苦しいですが、仕方ないですね。
私はアイリスに目を向けると、ひと言だけ。
「絶対にあなたは助けますから」
「セリアさんたちなら大丈夫だって信じてます。……しばらくの間さよならですね」
そのときのアイリスの涙を、私は見逃さなかった。これが嘘だと証明できた暁には覚えていなさい。
無力な私は、ただただその寂しげな背中を見送ることしかできなかった。
「アヴァリティア、手を貸してくれますか」
「もちろんだよ。手どころか、身体全部貸してあげるからさ。みんなにも伝えとく」
それだけ交わすと、自身の帰る場所へと歩みを進めた。
◇
家に到着すると、私は力なく扉を開ける。
「ただいま帰りました……」
リビングに向かうと、お父様とピグリティアが出迎えてくれた。
「おや、セリア君、おかえり」
「セリア様、ただ今料理で手が離せず、玄関までお出迎えできませんでした、すみません」
「いえ、構いませんよ……」
「そうだ、アリシアはどうしたんだい?」
親であるお父様が気づかないはず……いや、私と一緒にいる人であれば、真っ先に訊くであろうこと。
この事実はあまりにも伝えづらいのですが、隠し通せるものでもありません。
「アイリスは……騎士団へ行きました」
「それでは、セリア様もご同行されるのでは?」
「ははっ……私は人を殺しておりませんので」
「? セリア様、それは一体──」
「もしや、アリシアが人を手にかけたとでも言うのかね?」
「……そういうことになりますね」
だんだんと早鐘を打ち始める心臓。罪悪感から来るこの拍動の加速。
左胸元を握るように掴みつつ、床に敷かれたカーペットに膝をつく。
目からは涙が流れ落ち、呼吸が荒くなることで、過呼吸になる。
「はぁ……はぁ……。ごめんなさい、ごめんなさい。私が至らぬばかりに、アイリスを護ってあげられず、すみません……!」
「せ、セリア様、落ち着いてください! あなたは悪くありませんから! ……錯乱状態になっていますね」
「そうだ。君はなにも悪いことなんてない。ほら、涙を拭いて落ち着きなさい。部屋まで運んであげてもらえるかい?」
「承知しました。自室へと参りましょう、セリア様」
頭が混乱したまま、ピグリティアに連れられて自室へ。
一目散にベッドに向かうと、布団を被り、視界が暗闇に包まれる。
「セリア様、大丈夫ですか?」
「大丈夫なんかじゃありません。私にはなにもできませんでした。あの子の隣にいるべきなのでしょうか」
「……アリシア様を助けられるのは、あなただけではないでしょうか?」
「一体なにを……」
なにを言っているのでしょう。私には無理な話。他の皆さんに任せるのが一番です。
「いつものセリア様であれば、アリシア様になにかあれば、いの一番に駆け出すではありませんか。口を開けばアイリス、アイリスなセリア様が、今回のことであきらめるあなたではないはずです。今のセリア様は混乱しているだけで、その場では助けようと考えていたのでしょう?」
そこで私はハッとした。
どうして、どうしてあきらめようとしていたのでしょう。
そうですよね、こんなのは私じゃない。私らしくない。愛する女性一人護れないで、なにが好きですかバカらしい。
ふふっ、私を敵に回したこと、後悔するがいいですよ。
「ありがとうございます。目が覚めました」
「それはそれは。普段は早起きですのに、今日はおそようさんでしたね」
「もしかしたら春なのかもしれませんね。春眠暁を覚えずってね」
「まだ冬眠中なのかもですね。そちらはわたくしも協力いたします故、必ずや疑いを晴らして見せましょうか」
アイリスに手を出したこと、それこそが自身を滅ぼす。騎士団長、あなたは私が潰す。徹底的に。
──ここからは、私の発言の時間です。
「そうと決まれば早速動きましょう」
「本日はお食事を摂り、お休みしてはいかがでしょう? 明日を万全に迎えるのが得策かと」
「なるほど、一理ありますね。ですが、こうしている間にもアイリスは……」
「問題ありません。この間は、アヴァリティアたちが動いてくれることでしょう。わたくしたちを信じてください」
「わかりました。そちらは任せることとしましょう」
夕食を摂るために一階へと下りる。そこでは、お父様が頭を悩ませている様子だった。
安心させるために、私はひと言かける。
「ご安心ください、お父様。アイリスは──あなたの娘は私が必ず助けて見せます。彼女の無実を証明して見せます。お父様にも、天国にいるお母様にも、悲しい思いは決してさせません」
お父様の目を見据え、少し強い口調で伝える。これは私の本気の気持ちだと、しっかりわかってもらうために。
私の言葉に、ふっと小さく息を吐くと、こちらに微笑を向けてくる。
「君なら大丈夫だろう。今までもアリシアを助けてくれたんだから。信じてるよ、セリア君」




