81.王女、疑惑
その翌日の夕方。私たちは、身体をボロボロにした先生のお見舞いに来ている。
今日は公欠という形で学院を休んでいる。
明日からは学院に行かねばならないので、その準備が必要なのですが、私のせいで起こったことですから。
私は深々と頭を下げ、謝罪の気持ちを吐き出す。
「すみませんでした。私が至らないばかりに」
「大丈夫ですよ。あなたは《言霊》に呑み込まれていただけです。意思があったわけではないですから」
「それでもです。この《全知全能》という力は私がコントロールせねばならない能力。大きすぎる故に、その責任も大きくなる。それを果たせなかった私の落ち度です」
そう。《全知全能》はすべての《言霊》を扱える、非常に大きな力。かつて魔王と呼ばれたセルシア・リーフェルも扱っていた能力。
なにをもってこの言葉の力を制御しているのか。それは私にはわかりません。
心の強さか。はたまた己の肉体の強靭さか。
言葉というものは心に深く作用する。であれば、前者である可能性があるわけですが。
考え考えしている私をよそに、アイリスは先生へと声を向ける。
「先生、大丈夫なんですか?」
「全治一ヶ月ほどと診断されましたね。それからしばらくは戦闘を控えるようにとも」
「戦ってまた折っていたら話になりませんからね」
「まあ、骨折が治ったら骨が強くなるとも言いますし」
「あの……非常に言いにくいんですけど──それ嘘ですよ」
ポカンと口を開き、呆然とする先生。あっ、結構信じてた感じなんですね。
治った際に一時的に骨が太くなるそうですが、リモデリングにより、元の状態に戻ると言われていますからね。
「し、知っていましたとも」
「先生でも知らないことってあるんですね、セリアさん?」
「やめなさいアイリス。不可能のない最強教師をバカにしては……ぷぷっ……ダメですよ……」
「セリアさんが一番バカにしてますよ!」
「それなら、あなたもバカにしていたんですね……」
「あ。ご、ごめんなさい……、反省はしてませんけど」
「はぁっ?」
「ひいっ!! 先生が怖いです!」
この子ってば、煽る天才ですか? そんなところで才覚を発揮しなくていいんですよ。勉強で使いなさい、勉強で。
だんだんと日が落ち、病室が陰り始める。時間的にはそろそろ夜に入る頃でしょうか。ちらと時計を確認すると、まもなく六時になろうといったところ。
そろそろ帰りましょうかね。
「では、私たちはこれで失礼します」
「そうですね。あまり遅くなっては困らせますから」
「また明日来ますね!」
「アイリス、病院では静かにしなさい。……また明日の放課後に」
「よろしくお願いします。それではまた明日」
軽く会釈し、病室を出る。スライド式のドアの先には、腕を組んで壁に寄りかかるアヴァリティアが。
実は、先にお見舞いを済ませていたアヴァリティアにひと言断り、先生と話す機会をもらったのです。
そうしたら、「たぶん遅くなるだろうし、ウチが帰り送っていくから、ここで待ってるよ」と、申し出てくれたわけです。
「おっ、終わった? 用がないなら帰ろうか」
「お待たせしてすみません」
「わたしたち、ちょっと長く話しすぎましたね」
「あはは、いーんだよ。いろいろ気持ちもあるだろうしさ。吐き出すだけ吐き出してこればいいよ」
「そう言っていただけると助かります」
電灯の明かりに照らされた廊下を歩く。
途中いくつか切れかけの蛍光灯があり、ジジッ、ジジッと断続的に足下を白く染める。
いや替えといてくださいよ、こういうのめっちゃ怖いんですから。もう病院に来れません……
蛍光灯による恐怖に震えていると、アヴァリティアは唐突に口を開く。
「そうだ、ここの地下一階に霊安室があるの知ってる?」
「おっと? ここで嫌がらせですか?」
「れーあんしつってなんですか?」
「一時的に遺体を保管しておくんだよ。ここ結構大きいからさ、そういう場所もあるみたいだね」
別に霊安室があるのはいいんですよ。なにが問題って、霊が出るかもしれないことですよね。
まあ行くわけじゃないですし、関係ないですね。
「じゃ、降りるよ」
エレベーターのボタンを押すアヴァリティア。
はぁ……なんだか気疲れしてしまいました。大きい病院なら蛍光灯くらいは管理してくださいよ。
現在の階数を示すランプをボーッと眺めていると、やがて3、2、1と順々にランプが灯ってゆく。
ようやく到着かと思った瞬間、ランプがB1に到着したことを報せてくる。
……おや?
「えっ、なんでですか。なんで地下一階に来てるんですか?」
「ウチ知らないよ? ちゃんと押したし」
「もしかして、お化けが連れてきたんですかね!」
なんでこの子は楽しそうなんですか? お化けがなにか知ってますか?
突如、外から聞こえてきたガタッという物音。
「ひっ……!」
「セリアさん、大丈夫ですか!?」
「もしかして、苦手な感じ?」
「ぜ、全然? まったく怖くありませんが? 物音に驚いただけですが?」
「必死に取り繕いすぎだよ……」
物音のせいか、なにやら〝いる〟気配がして仕方がない。
すると、アイリスがとんでもないことを言い出した。
「せっかくですし、探検してみません?」
「待ちなさい、なにがせっかくなんですか? 理由ないですよ」
というか、こういうところって勝手に入ったらダメですよね。
私はあわてて一階のボタンと閉ボタンを連打する。
あっさり扉が閉まると、上へと向かう感覚が身体にまとわりつく。
テレビとかでは閉まらずに幽霊バーン! がお約束って聞いたことありましたけど、普通に閉まりましたね。そういうテレビ観ないから知りませんけどね!
「今思ったんだけどさ……」
神妙な面持ちで語り始めるアヴァリティア。なにか重大なことでも……
「B1のボタン押してた気がする」
「え……結局あなたのせいですか! ……まあいいです。なにもありませんでしたし」
「なにかあったほうが面白かったのにー」
そんなこと言うなら霊安室にでも置いてきましょうか? 心優しい私はそんなことしませんけどね。ね!
一階に着き、エレベーターからトボトボ降りる。
こんなやりとりをしている間に外はもう暗くなっており、足下を見るのがやっとなほど。そんなに長い時間いましたかね?
「ウチは仕事なりであんまり来れないと思うから、セリアたちが基本来てくれると助かるよ」
「もちろんです、なるべく来るようにしますよ。さすがに毎日は難しいですけど」
「わたしもご一緒しますよ!」
しかしこの辺りは街灯があまりありませんね……。全然ではないですけど、最低限にした感じですね。
夜に来るのはあまりしたくありません。暗いとなにかと危険ですから。
仕事帰りなのか、あちらこちらへ歩く大人も見受けられるので、特別なにか起こるとは考えづらいですが。もしもは大事ですからね。
「おや、あちらに見えるのは……」
「騎士団の職員だね。なんかあったのかな?」
「最近、事件起きすぎじゃないですか? セリアさんと出会ったくらいからですかね?」
「もしかして私が悪い感じですか? それならごめんなさい」
確かにそんな気もしないでもないですが、直接言われると傷つきます……
なにやら紙を持ってキョロキョロしている騎士団職員。
こちらへ目を向けた途端、紙とこちらを見比べて、二人でコソコソ話し合うと歩き寄ってくる。
「こちらへ近づいてきますが」
「ウチらはなんもしてないけど」
「──少しよろしいですか?」
「はい。私たちになにか?」
難しい顔をしていますが。嫌な予感しかしないんですけど……
「アイリス・フェシリアさんというのは……」
「? はい、わたしですけど」
「なにかお話ですか? 彼女のいる騎士団をまとめているのは私なので、同行してお話を聞かせていただきますが」
「いえ。フェシリアさんのみで結構です」
アイリスに騎士団が接触する理由なんてないはずですが。もしや王女であることを隠していたのがバレた?
彼らの地位であれば、そういったことは知らされないはず。
このまま渡してはいけない気がします。
「待ちなさい。内容をお聞かせ願いますか?」
「そうだね。事情も聞かされずに、はいどうぞとはならないし」
言いづらそうに口ごもったあと、意を決したように口を開いた。
「──アイリス・フェシリアさん。あなたには殺人の容疑がかかっています」




