80.《言霊》の暴走
私は剣を手に取り、三人を睨みつける。
地面に剣先を置き、ズリズリと引きずりながら近づいていく。
今の私は抑えられない。感情に歯止めが利かない。
なんとか抑えようと胸をわし掴みにするように手を当ててみるも、バクバクと鳴る心臓がそこにあるのみで、他にはなにも感じない。
今なら人を殺せてしまう。ダメだ、それだけは。相手が誰であろうと、それだけはダメだ。
でも、もう無理みたいです──
◇
「チッ……止めますよ、アヴァリティア!」
「あいつら、セリアの前でアリシアをゴミ呼ばわりなんて面倒なことを!」
「セリア・リーフ、止まりなさい!」
いくら呼びかけようとも、止まる気配のないセリア・リーフ。
彼女ともあろう人が感情に踊らされて人を傷つけることはない。まさか──
「《言霊》の暴走……!」
「はぁっ!? 《言霊》って暴走するの!?」
「ええ、そもそも《言霊》というのは──」
言葉の力を顕現する能力。
体内で蟠るその力はまさに言葉そのもの。感情を左右する言葉という存在をより強力な状態にする《言霊》。
もちろん、感情が左右されるかどうかは本人のメンタルなどに依存しますが、影響を受けやすいというのは嘘ではありません。
そんなものを身体に持ちながら、感情が揺さぶられればどうなるか。答えは簡単、感情を抑えられなくなり、《天変地異》のように能力に制御が利かなくなってしまう。
「でもさ、全知の力だよ? そんなことある?」
「全知であるということは、すなわち天才。そういった人たちは、他者から爪弾きにされる。孤独故に心に闇を抱えてしまう」
「孤独って……アリシアがいるのに?」
「なら考えてみなさい。その心の支えをゴミ呼ばわりされたらどうなるか」
「──なるほど、ね。そりゃあれだけ怒るわけだ」
もちろん、全知とは言えど孤独になるのは実際の能力や知識のあるものであり、《言霊》はさほど関係はありませんが……
おそらくは孤独だからというものではなく、セリア・リーフの中で〝アイリス・フェシリア〟という存在が大きくなりすぎた。
心の穴を埋めている唯一の蓋が一部でも破壊されれば、そこから様々な感情が噴き出してしまうのは当然のこと。
「なんであれ……今は彼女を止めますよ」
「あいよ──!」
アヴァリティアとともに飛びかかり、短刀で一気に斬りつける。本当に斬るつもりで。
セリア・リーフの持つ《空前絶後》の効果でケガをすることはない。だからこそできる芸当。
「くっ……止められた!? セリアってこんなに強かったっけ!?」
「おそらく、今は《言霊》に操られているような状態。全能の力で戦っているのではないでしょうか」
「邪魔を……するな──! ──《一刀両断》!」
「あっぶな!」
「攻撃に一切の躊躇がないですね。相当な感情の揺れだと見ました」
殺すことに感情を引っ張られている彼女は、誰であろうと傷つける気概がある。
こちらとて元暗殺者。人を傷つけることなど造作もなく、殺すことには一切の躊躇いはない。
「殺すつもりでいきますよ。──私に不可能はありませんから」
「そーだね、ウチは盗賊。──あんたのその元気も奪ってみせるよ」
今までは手加減しすぎた。学生一人すら倒せない私ではありません。私は彼女の先生なんですから。
アヴァリティアとともに駆け出し、またも刃と刃がぶつかる。キンッと甲高い金属音とともに火花が散る。
「──《一騎当千》、《一網打尽》!」
「マズい……! ──《鼠窃狗盗》!」
「こっちで相殺します! ──《一網打尽》!」
アヴァリティアの《鼠窃狗盗》で《一騎当千》の効果を奪い取ることで消し、私の《異口同音》の能力でコピーした《一網打尽》をぶつけることで、衝撃を相殺する。
その衝撃で身体が吹き飛ばされ、近くの大岩に打ち付けられる。
「身体が、動か、ない……」
「セリア……止まって……!」
私たちの声に反して、セリア・リーフはなおも歩みを進める。
ダメです……私の可愛い教え子には、人を殺すことを経験してほしくない。
「あっぶなぁ……フードがめくれるところだったよ~。正体を見られるわけにいかないのにさ。……あー……あたしたち、ヤバい感じ? 逃げようか」
「子供たちはどーすんの?」
「計画の達成が不可能に。達成に必要な素材。持ち帰らないと」
「それでも、死にたくないしぃ~? 増やした王女様だけは回収しておいてね」
逃走を図ろうとする《童の伽噺》。逃がしたくはありませんが、子供たちを置いていってくれるのなら僥倖です。
しかしそれを許さない人物が一人。
「逃げるな……。──《手枷足枷》」
「なにこれぇ~? 動けない~」
「そんなのんきに言える場合じゃないよ! このままじゃ死ぬよ!」
「破壊不可能。逃走手段が絶たれた。死を待つしかない」
「──その首、もらいました」
セリア・リーフが剣を振り上げた瞬間。
「セリアさん? なにしてるんですか……?」
「……アイリス?」
「はい、わたしです!」
そう元気に答えるアイリス・フェシリア。
セリア・リーフの瞳にも光が戻り始め、意識がハッキリとしていく。戻った……のでしょうか。
このタイミングで、どちらの意味でも目を覚ましてくれたのはラッキーです。二人に無惨な光景は見せられませんからね。
セリア・リーフの意識が逸れたことで、《手枷足枷》の効果が切れる。手足が自由になった三人は、足早に去っていく。
「今回はあたしたちの負けだね。子供たちは返すよ。死にたくないからさっさと連れて帰ってよ」
「今回はって言うか、毎回負けてない?」
「う、うるさいよ! 《教典》は取られてないから勝ってるの!」
「現在、一勝・三敗。勝率・約二五パーセント。負け越し」
「分析しなくていいから!」
そんな小さな口論をしながら去っていく姿は、どうにも滑稽に見えた。私たちの圧倒的勝利ですね。
軋み、悲鳴を上げる身体でよろよろ立ち上がり、傍にある岩に手を置きなんとか支える。……ヤバい、死ぬ。
思ったよりダメージが大きいですね……肋骨数本はいきましたよ。
「ちょっとスペルビア、大丈夫!?」
「まあ、骨が数本いった以外は大丈夫です」
「それは大丈夫って言わないよ。まあ、ウチも身体ボロボロだけど、骨とかは大丈夫だしおぶってくよ」
「あはは……面目ないです」
アヴァリティにおぶられ、痛みは一応軽減した。場所が場所だけに、痛いことには変わりませんが。
目を覚ましたアイリス・フェシリアを縛る縄を解くと、涙を流しながら抱き合うセリア・リーフ。その姿を遠巻きで見る。
「よかったです……アイリスが、目を、覚ましてくれて……! うぅっ、ぐすっ」
「もー、泣かないでくださいよぉ~。わたしはいつでも元気ですから!」
こんなやり方が正解だったのかはわかりませんが、生徒の笑顔が見られたのならよかったのかもしれません。
──不正解だからこそ得た結果というものもアリなんですかね。
「ねぇ、スペルビア。ウチはこれでよかったって思うよ」
「どうしたんですか、いきなり」
「いやさ、なんかこの結末に不満もありそうだったからさ。ウチなりの意見だけどね」
「私だって、これでよかったと思いますよ」
私たちは互いに苦笑する。
彼女たちは結果的に笑顔になっている。「終わりよければすべてよし」という言葉もあるわけですし、これが最良の結果だったのでしょう。
……その結果が肋骨数本の骨折とは。くたびれ儲けにだけならなかったのは幸いですね。




