74.学院最強の最期
地に響く足音の鳴るほうを見てみると、全身が血に染まったように赤く、ところどころ破れた茶色のパンツを穿き、その頭には立派とも言える角を二本携えている。パンツ虎柄ちゃうんかい。
その姿はオーガ──まさに鬼の名に相応しいとしか言いようのないものだった。
「あはは、来ちゃったねぇ~。ねえセリア。見せてよ、ここからどうするかを」
「《グリム》、あなた……!」
「あっ、勘違いしないでよぉ~? あたしはなにもしてないよ。物語に従ってるだけ」
このまま見つかるのは美味しくない。とりあえず隠れてやりすごすしかありませんね。
「先生、城に戻ります」
「なにか策でも?」
「いえ、巨人に見つかってから子供たちを探すのは容易ではありません。余裕を持ちたいのです」
「なるほど、それでは急ぎましょう。木陰にいたおかげで、幸い見つかっていませんから」
……マズい。先ほどは飛び起きたことで、空気の薄さを忘れて感知していませんでしたが、薄いものは薄い。私の胸の話ではないです。
プラシーボ効果とでも言えばいいのでしょうか。思い込みだけで、酸素供給はできませんから。
「早く、見つけ出しましょう……」
「やはり空気の薄さには対応できませんか。わかりました、手分けしましょう」
「はい……!」
私と先生は、それぞれの道に分かれて捜索を開始した。
「いない、いない、いない、いない! どこにもいない……!」
おかしい、どこにもいないなんてはずは……。先生が探したほうにいるのでしょうか。
こちらの部屋はすべて探した。ひとまずは入り口まで戻りましょうか。
「セリア・リーフ! ダメです、こちらにはいません……」
「場所を移されましたか……」
となると、次はどこへ移動したか。
考えられるのは、物語にも登場する『市外の山にある洞穴』。私が目覚めた場所も山ではありましたが、人を閉じ込められる場所はなかったはず。であれば他の場所か。
可能性は低くとも、0でなければ行くしかない。
「先生、どこかに人を隠せそうな山はありますか?」
「人を隠せる山、ですか……。一応、すでに閉山した鉱山はありますが。石室が見つかったとして一躍話題になりました」
石室……おそらくそこで間違いないでしょう。
例の鉱山へ向かおうとしたとき、先生から声をかけれる。
「セリア・リーフ、ここのお宝は持っていってもいいですかね?」
「たぶんですけど、解決したら消えますよ? 物語上のものですし」
「えぇ……ならいいです。──いや、解決する前に売り払えばいいのでは?」
「まあ、いいんじゃないですかね? あとのことは知りませんよ」
そういうのは、アヴァリティアの領分ではないんですかね。
生き生きとした表情で品定めをしていく先生。
まあ、なんでもいいで……よくない!
「先生、ハープだけは──」
「おや、これが綺麗でいいですね。これに決めました」
「ダメです、それだけは!」
「セリア・リーフ、あなたもこれを狙って? ですが、早い者勝ちですよ」
違う、そうじゃない。私はハープが欲しいのではなく、ハープそのものが問題だから。
そう、このハープというのも──
『やい! オレを持ってこうなんて、どういう了見だ?』
「うわっ、喋るなんて聞いてませんよ……」
そう、このハープ、喋るんです。
知らずに聞いたら、「しゃべったあぁぁぁぁ!!」と狂ったように叫んだあげく、親御さんから「あの子の将来が心配……」とか言われる。そんなのは嫌だ。
別に喋るだけならいいんです。ですが問題はこのあと。
「ダレダ……俺様の宝ニ手を出してイるヤツは……!」
そんな言葉ともつかない声音で放たれた声は、もちろん巨人のもの。
このあとの展開といえば、ジャックが巨木を下り、オノで巨木を切り倒すことで巨人が落下し死んでしまうという話。
ですが、私には巨木を下りきるほどの体力はない。
私は一つ先生に目配せし、再度巨人に目を向けた。
「私にはもう体力がありません。ここは足止めしますので、先生は巨木を切り倒してください」
「あなたはどうするんですか!?」
「《空前絶後》があるので、私は落ちても大丈夫ですよ」
本当は大丈夫なんかではありません。体力がない、すなわち、《言霊》が発動しないことを示す。
……犠牲になるなら私一人でいい。動けない足手まといは置いていくのが戦いでの鉄則です。
空気はまだ吸える高さにいるみたいですし、少しの間なら私も無理して戦えますから、しっかり動ける人が解決まで導くのが一番でしょう。
先生はなにかを考えるようにあごに手をやると、静かに頷いた。
「──わかりました。それでは、あと一時間、なんとか稼いでください」
「任せておいてください。私は最強、ですから」
先生が走り去る背中を見届けると、私は一つ息を吐き、再度巨人へと向き直る。
ここまでの対格差がある相手と戦うのは、遠足でのドラゴン以来ですが、なんとかやるだけやりますか。
一時間、それは数字の上では一であろうと、途方もなく、すぐに過ぎ去る時間の長さではない。ですが、私はやらなければならない。
さあ。
「──ここからは私の発言の時間です」
《出没自在》で剣を手に取り、地を踏み駆け出す。
武器としているのか、私の何十倍とありそうな金棒を軽々振り下ろしてくる。間一髪、なんとか避けることができれば、また近づくために走る。
どうせこれからいなくなる身。多少の無理はしても大丈夫ですかね。……本当は死にたくありませんけど。
それはそうでしょう。転生をして、今までできなかったことをするチャンスを得た。それからはまだ全然やりたいことをやっていない。
……アイリスの笑顔をもっと見ていたかった。彼女の隣にもう少しいたかった。結婚……は欲張りすぎですかね。
本当に、それくらいのことはしたかったんです。
「──《手枷足枷》!」
せめて、あなたの笑顔のために、この命を張らせてください。
悪あがきであろう拘束で足止めを図る。
「ウオォォォオォォオ!!」
体力が底を尽きそうな状態での拘束は紙のように容易く破壊される。バキンと音を立てて、鋼の鎖は崩れ落ちた。
巨人の咆哮で、脆くなっていた城の壁や天井が揺さぶられ、パラパラとコンクリートの破片が私の頭に雨のように降り注ぐ。
砂ぼこりが巻き起こり、私の視界を塞ぐ。
「っ……ごほっ、ごほっ……。くっ、視界が……」
「ウォォオォォオ!!」
「──しまっ……!」
横振りで私に向けられた金棒に気がつかなかった。いや、気がつけなかった。
砂ぼこりの中、私に迫ってくるものに構えを取ることができず、簡単に壁に叩きつけられる。
「うぐっ……、がはっ……! はぁ、はぁ……」
壁にぶつかった際の衝撃で、肺腑が潰れそうな感覚に陥る。
まともに身体が動かず、息すらもままならない。
口を閉じるだけの力も出ず、傍から見たらだらしないほどに、口の端からは唾液がダラダラと流れ落ち、小さな水溜まりを作り出す。
まだ一時間は経たないんですか……!?
なんとか時間を知れないかと考えを巡らせていたとき。
「そう、だ……時計が……」
チラと横目で見てみると、時計は13:27を示している。
先ほど外にいたときの太陽の高さからして、あのときは一二時頃のはず。それから子供たちを探していた時間を考えると、あと数分といったところでしょうか。
あと数分をなんとか耐えるために、最後の力を振り絞る。
「──《曖昧模糊》」
身を隠し、あとの数分をやり過ごそうとしたとき。
「なっ……使えない……!」
もう《言霊》が使えない。それすなわち、体力が底を尽いたということ。
それを見計らったように、城が淡い光に包まれると、城内にいたはずが、周りは一面空色に。
重力に従い、私の身体は地面に向けて落ちていく。
──これが、私の最期ですか。さようなら、アイリス、皆さん。




