73.なおも成長は止まらない
「あたしの可愛さに身が引いちゃうのはわかるけどぉ~、出てきてくれなきゃ引き立て役にならないでしょ?」
「面白いこと言いますね。私のほうが可愛いですが? 学院一の美少女やぞ?」
「それなら私はどうですか?」
「先生は可愛かったら今頃結婚できてますよ」
うわっ、先生が怒った! ちょっと、ナイフ危ない!
そんな先生の背後から《グリム》が。
「あたしを無視しないでって──ば!」
「危ないっ!!」
《グリム》の短刀が当たらないよう先生を突き飛ばし、私も回避をすると、私と先生の間の床に短刀が突き刺さる。
石の床に刺さる短刀って……どれだけ研いでるんですか。
「なんで避けちゃうの~? そしたら殺せないでしょ?」
「いや、殺されたくないから避けてるんですけど……」
なんてこと言うのかしら! ダメよ、人を殺すなんて。お母さん、そんな子に育てた覚えありません!
戦闘には持ち込みたくありませんでしたが……
「先生、やるしかないようです。いけますか?」
「もちろん。私を舐めないでください」
「剣にナイフ、ね……剣なんて戦闘効率が悪いのに。小回り利きにくいし。《アンデルセン》にも言ってるのに」
「戦闘効率なんてどうでもいいんですよ。カッコいいでしょ!」
『ペンは剣よりも強し』なんて言葉があるので本当はペンで戦おうかとも思ったんですけど、やっぱ剣はマロン……じゃなかった、ロマンですからね!
ちなみに栗は英語でマロンではなくチェスナットです。覚えておいてね!
「まあなんでもいいや。──信じていたところで、神様はいつもあなたを守ってくれるわけじゃないってことを教えてあげるよ♡」
「なんとでも言ってなさい。──ここからは私たちの発言の時間です」
ジリジリと睨み合い、どちらからともなく地面を蹴り相手に肉薄する。
「二対一なんて、か弱い女の子相手にヒドすぎるよぉ」
「こんな大層な武器を持っておいて、なにがか弱い女の子ですか。そんなことでは男は寄ってきませんよ」
「先生、戦いに武器はともかく、私情を持ち込まないでください」
しかし、武器を二本も持っているとは、厄介なことこの上ないですね。一気に決着をつけますか。
「──《粗製濫造》、《霹靂一声》!」
剣を二本に増やし、さらに雷を纏わせて斬りかかる。
「こっち、からのこっち!」
「──!? なんで壊れて……!」
「気づかなかったかな? 振っただけで刃こぼれを起こしてたから、たぶんそっちは脆いんだろうなって思っただけだよぉ」
「これだから戦闘能力の高い相手は困るんですよ……」
まさかあんな一瞬で剣の耐久性を見分けるなんて、露ほどにも思いもしませんでした。
どうすれば……。そういえば、ここは狭い通路。であれば……
「──《地水火風》・地!」
行き止まりになっている通路の唯一の通り道を土の壁で塞ぎ、一つの部屋を作る。これであとは……
「さらに──《地水火風》・水、からの火!」
部屋に大きな水球を生成し、火球を飛ばしてあとは逃げるのみ。
「行きますよ先生。──《東奔西走》」
「えっ、あ、はい!」
私たちが部屋を脱出した直後、先ほどの部屋から爆発音が聞こえる。なんとか成功しましたね。
「今の爆発は一体……」
「水蒸気爆発を起こしました。水が非常に温度の高いものと接触すると起きる爆発現象のことです。場合によっては人の身体なんて吹っ飛びます」
「かなり恐ろしいことをしますね。ですが、勝つにはこれくらいしかありませんでしたからね」
土の壁なんてものはかなり脆いため、今の爆発で飛んだようですね。
土煙や水蒸気による霧によって視界が塞がれている。やがて晴れると、《グリム》の行く末を私たちへと報せてくる。
「あはは~、死ぬかと思ったよぉ~」
「なっ……! あの爆発で無事にいられるはずがありません!」
「あの手は読めたから、壁のレンガを蹴り抜いて、爆発の衝撃を外にも逃がして弱めたんだよ~」
普通の人であれば、レンガを抜くなんて不可能なはずですが……。訓練でここまでになるものですか?
「なんとか次の手を──っ……!」
「どうしました、セリア・リーフ!」
「息が、苦しい……。レンガを抜いたせいで先ほどより空気が外に出て薄まって……ですが、今までは大丈夫だったはず」
「それはねぇ、この巨木が成長し続けているからだよ♪」
は……? 成長を続けている? だとすれば、早く解決しなければ宇宙にまで行ってしまう可能性があるじゃないですか。
このまま酸欠になると、さすがの私でも死んでしまいます。なんとかして酸素を確保しなければ。
「さすがのセリアでも、酸欠には勝てなかったかぁ~。じゃ、ここでさよならだね♪」
「くっ、万事休す……じゃない。──《東奔西走》」
なるほど、先ほど使用したからですか。《異口同音》という能力は、使いどころなどが非常に難しいですね。
最後に使用された《言霊》を、本来の効果とは劣化した状態で使用できる能力の《異口同音》。
自身の耳に届く範囲で最後に使用されたものしか使えないのがネックなところ。
「とりあえず外に逃げてきましたが……これからどうしましょうか」
「先生、は……大丈夫なん、ですか……?」
「ええ、過酷な環境でも活動できるよう、身体を鍛えていますからね。もう少し空気が薄くなるまでは問題ありません」
「であれば、攫われた人たちを、助け出さ、ないと……」
「そんな状態では無理です! あきらめることも覚えなさい!」
「そんなことできません! アイリスもいるというのに!」
あの子は……私が護ると、助けると約束したんですから! 私がその責任を、約束を放棄できるわけがない。
でも、だんだんと意識が……
「呼吸が浅い。心臓の拍動も弱まっている。応急措置をします、身体触りますよ」
先生は私の胸元へと手を置き、心臓マッサージを始める。次に大きく息を吸うと、頭を少し持ち上げられる。ま、まさか……
「さすがにそれは……う、んっ──」
人工呼吸による口づけに思わずドキドキしてしまう。
ファーストキスだったのに……いや、人命救助ですからノーカンですよね、ノーカン!
何度かの人工呼吸によって湿り始めた唇同士が触れるたび、ちゅっ、ぴちゃっ、と艶かしい音が耳を打つ。
心臓がバクバク言っているのが、自分でも嫌なほどわかってしまうくらいに拍動している。
ドキドキしている顔を見られるのは嫌なので、まだ目を閉じ起きていないフリをする。
「これでもダメですか。それでは仕方ありませんね」
またも唇がつけられたかと思うと、なにかが口の中に入り込んでくる感覚が。
「んんっ──ちょっと、なに舌入れてきてるんですか!」
「起きないので、大きな衝撃でもあれば起きるかと」
起こし方が独特すぎて驚きましたよ。眠ったフリなんてするんじゃなかった……
先生は自身の唇にそっと指をつけ、イタズラな笑みを浮かべる。
「どうでした? 私の最後のキステクは」
「いやいや、最後は自分がしたかっただけでしょう!」
「そんなことありませんよ。逆にセリア・リーフの女の子とキスしたい願望を叶えてあげたんですが」
「それはありがとうございます。最高です。相手がアイリスなら。ですが、そこまで求めてませんでしたよ」
別にそこまで求めてないけど、横にいられると思い出すようになったらどうするんですか。たぶん香水のせい。
飛び起きた勢いで、空気が薄いのも忘れてしまうほど。
さて、攫われた人たちを探しに行きましょうかね。
そう考えた刹那。空気をビリビリ震わせ、振動が臓腑の奥にまで響いてくる。この揺れは──
「まさか巨人がやって来てしまった……?」




