72.〝私〟という存在
策を練るのはいいものの、そう簡単にはいかないでしょう。
それに体力が戻るとしても、ゼロから一〇〇にしなければいけないため、あと半日はかかってもおかしくない。
「巨木を燃やすのはダメですかね?」
「……どうでしょう。巨木を処理することで物語が終わると危険です」
「──もういっそのこと、あなたがこの世界を書き換えるのはいかがでしょう」
「そんなものは、なんの解決にもなりませんよ。それに、世界を書き換える《教典》の事件を解決するために世界を書き換えてたら、それこそ本末転倒ですよ」
私にはその力がある。でも、そんなことをするわけにはいかない。
元は誰であろうと、人々が作り上げてきた街、国、世界だ。私の一存でやっていいことではない。
そして不思議なことに、これほどの力があろうとも、世界を支配しようと考えることがない。悪感情を抱くことがない。
おかしい……まるで、そういった感情だけすっぽりと抜け落ちたように。
私は────誰だ? 私はセリア・リーフ。
私は────何者だ? 私は日本からの転生者。
ここはハッキリとしている。それなのに、自分が誰かわからない。怖い。自分が怖い。私は──
ある言葉を思い出す。『私は君なんだから』という言葉。
もしかして、本当に私はセルシア・リーフェルと関係がある? そうだとしたら、かつての争いも私が起こしたもの……? 仮にそうだとすれば、謝っても償いきれない。
私は先生に問いかける。
「私は……ここにいてもいいのでしょうか?」
「どうしたんですか突然。当たり前でしょう。いてはいけない人なんて、誰一人としていないんですから」
「仮に私が、かつての魔王と関係があるとしてもですか……? 世界を支配し、滅ぼそうとしていたとしてもですか?」
「もちろんです。だって、セリア・リーフはそんなことをしていないですから。むしろ今のあなたは世界を救う英雄じゃないですか」
英雄、ですか……。なんだか大げさですね。それに、私がそんな大層なものになれるのか。セリア・リーフの英雄譚、ですか。
アイリスはどう思うでしょうか。もし私がセルシア・リーフェルと関わりがあるとわかったら。
幻滅するでしょうか。それとも、いつもみたいに笑って受け止めてくれるでしょうか。
私は怖いです。
「どうしたんですか今日は。いつものあなたらしくない。今日もバカなことでも言って笑わせてくださいよ」
「そんなにいつもバカなこと言ってますか? バカなことばかり、なんちゃって」
「……なんだか顔色がよくなった気がします。それでこそセリア・リーフですよ」
それであればよかったです。私としても、受け入れられるとわかれば、安心する材料になりますし。
「《全知全能》という強大な力を手にし、なおもその力に溺れず呑み込まれず、世のため人のためにと使うことは簡単なことではありません。自分を誇っていいのです」
「ええ、誇りますよ。私は最強美少女のセリアちゃんですからね」
……さて、そろそろ動きますか。あまり休んでもいられませんし。
「行きましょう。いい方法を思いつきました」
「わかりました。ですが無理はしないように」
「もちろんですよ」
私の考えた、体力がないときに、短時間で増やす方法。名付けて、「私のかんがえたさいきょうの体力増加方法」です!
この方法は誰にでもできるので、私と一緒にやっていきましょう。
「まずは──《粗製濫造》!」
このように自分を増やします。それでは次に移ります。
「では、順番に《東奔西走》を使って上まで向かいます。ね、簡単でしょ? 先生」
「それが簡単になるのは、本来複数の人間がいてこそなんですけどね」
「ちょっと待って、私が多すぎて困るんですけど。……美少女ハーレムか?」
「自分で自分を囲ってもモテてるとは言わないのでは。それに自分で美少女と言うんですか……」
ふん、そんなこと知らんもん! 私は自分を使ってハーレムを作るんだい!
え、美少女だよね? そんなことない? まっさかぁ~!
この方法で厄介なのが、《粗製濫造》によって増やした私の欠点がなにかがわからないこと。
この能力のデメリットである、『増やしたものには、元よりどこかが劣る』。ですが、使用者であれ、どこが欠点なのかがわからないところが問題なのです。
「では、参りましょうか。──ここからは私たちの発言の時間です」
◇
「あと一回で──って、もうストックがいないんですか!?」
「大丈夫です。今なら私が使えますので。──《東奔西走》」
これで……届く……!
「ぐぇっ、いっつつつ……」
着地に失敗し、地面を擦りながらなんとか止まる。あぶなぁぁ……もう少しで落ちるところでしたよ。
こんなところから落ちたら痛いでは済みませんよ。「いっぐぉぁぇぁいでぇぇ!!」くらいにはなる。死にはしないです。
「本当に運動音痴なんですから……。着地くらいできなくては、この先の戦いをどうするつもりですか?」
「そこまで重要ですか? 重要ですねすみません。てか運動音痴ちゃうわ」
「そんなことはともかく」
「そんなこと」
確かにそんなことかもしれませんね。早く子供たちを助け出さねば。
怪しいとすれば、天空の城に住む巨人の家である建物ですが……。中にいた巨人はどうしたのでしょう。
考えている暇はありませんか。先を急ぐことにしましょう。
「アテはあるのですか?」
「はい。あの城なのですが、戦闘を想定してください。巨人が残っている可能性もあります」
「了解です。……巨人ですか。面倒な相手ですね」
物語どおりなら、このあと……
そう考えていた矢先、奥からコツコツと足音が聞こえてきた。やはり現れましたか。
「先生、隠れてください」
「? は、はい。……しかし、なんだかホコリっぽいですね」
「まあ、見たところかなり古そうな城ですからね」
物陰に身を隠し、揺れの正体を確認すると、やはり予想したとおりだった。
巨人の城へと向かったジャックは、巨人の妻である女性に見つかる。巨人の妻は「夫はオーガだから」とジャックをかまどの中へと隠す。
彼女自体が襲ってくることはあり得ないですが、《教典》を書き換えられている可能性も考えられるので、安易な行動はできない。
「どうします? 押さえますか?」
「いや、待ってください。あれは──《グリム》!」
巨人の妻のうしろから歩いてきたのは、緑ローブを纏う《グリム》。
手には《教典》を持っているのが見える。なんとか奪い返せれば……。一人になったところを狙いますか。
……いや、ここから直接奪い返せばいいじゃないですか。
「──《出没自在》」
空間を繋げ、手を入れると、すんでのところで躱される。
「なに、手……って、あっははは! やっぱり来てたんだね、セリア! 必ず見つけ出して始末する……! あたしの楽しみが増えちゃったよ~♪」
チッ……なんて瞬発力ですか。私もかなり早く動いたつもりなんですけどね。
しかしバレてしまったものは仕方ありません。ここからは見つからないように行動せねば。
「どうしましょうか。あの反応速度、ただ者ではありませんね」
「行き止まりに来てしまっていますから、こちらに来られては終わりです。なにか考えないと……」
真正面からの戦闘は避けたい。かといって、私たちがいるとわかった以上、《グリム》がここから去ることはない。
「なんて言っている間に、こっちに来てますよ」
「あまり体力は使いたくありませんが。──《曖昧模糊》」
これでなにか物音を立てない限りは見つかることはない。
私は声を漏らさないように、口を手で押さえる。
「うーん、いないなぁ~」
《グリム》が私たちの前を通りすぎた。ホッと安堵したそのとき。
「ぶえっくしっ! ……すみません、くしゃみが」
「ちょっと先生!」
「あはは、そこにいたんだね。もぉ~、あたしから隠れるなんてヒドいなぁ~」
ここまで、ですか……




